#4

 昼間から僕らを頭上で見守っていた太陽が傾き、残暑を追いやるように涼しい秋風が吹き出した頃。


 ミキサーさんの「最終行きまーす」という声を合図に、本番前のリハーサルが執り行われる。


 うちの軽音部は掛け持ちも許可されているので、総勢7組がステージに立つ。


 トータル2時間の尺が与えられたライブは、1グループにつき演奏時間は5分前後としてもなかなかのハードスケジュールだ。


 その中でも、スケジュールを滞りなく進めるにはグループとグループの繋ぎ、転換が重要になってくる。


「てかさぁ、『オカバヤシホタル』の時はMCは林先輩だったよな?」


 工程の紙を見ながら思い出したように口走った昴は、僕の顔を見ながら首を傾げる。


 ──MC、か。


 『マスターオブ・セレモニー』の略称であるこの役割は、平たく言ってしまえば司会進行の事だ。


 これは軽音部の伝統で、演奏が終わるとステージの楽器を順番が遠い部員や、すでに既に演奏を終えた部員で片付け、次のグループの設営をする。その転換の時間を持たせて観客をしらけさせないよう、場を盛り上げるトークを演奏したグループ達がそのまま行う流れだ。


 内容は勿論フリーだが、入れ替えと調整を含めると10分ほどの時間を埋めるなんて、人前で話すのがあまり得意ではない僕は避けて通りたい役割である。


「……MCは昴とか得意そうだよね」


 できる限り遠回しな言い方で拒絶した僕は、昴の目を見た。


「そうかなぁー?まぁでも、得手不得手があるのは当然だし……」


 少し照れたように笑った昴は、「さっきさ……」と神妙な面持ちで言葉を切り出す。


「オーナーがスカウトの話してたじゃん。……俺、あんまり将来とか考えずに、楽しいからバンドしてたけど、その話が出た時に足が竦んだんだ」

「えっ?」

「勿論良いメンバーと最高の楽曲を作れるのはめちゃくちゃ嬉しい!けどさ……」


 珍しく昴は弱音を口にすると、「なんて言えば良いんかな……上手く言葉になねぇー!」と頭を掻く。


「……分かるよ、その気持ち。僕もずっと考えてたし、先輩も柳田君もそう言ってたから。……でもさ」


 僕は覚悟を決めたように言葉を切って喉を鳴らす。


「僕はこのメンバーで作る音が好きだし、思いっきり『カッコいいだろ』って自慢したい。それだけの理由じゃ……駄目かな?」

「……」


 昴は柔らかな双眸を見開いて、僕を静かに見つめる。周りはガヤガヤと煩いのに、ここの空間だけが驚くほど静謐に包まれている気がした。


「……螢、変わったな」


 フッと昴は優しく微笑んで、潤んだ目を擦る。


「そうかな?」


 僕は昴が顔を弄っている間、昴から目を逸らして空を眺める。


 薄暗くなった空に残る太陽の残光が赤い尾鰭を空に描き、僕の鼓動を昂らせた。

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