Lesson3

Drum set

#1

 『高校生活最後の』と言えば、なんでも通ると思っているのが最高学年というものだ。


 俺は中間テストに向けて出題された問題集を閉じると、部屋のベッドに雪崩れ込んだ。


 顔面凶器。


 初めて会った人間に、そんな風に呼んで貶されるのは初めてだ。


 ──間違いでは無いがな。


 部室での珍妙なやり取りを思い出して片頬を釣り上げた俺は、そのまま仰向けになって天井を見つめる。


 高校生活最後。

 卒業したら、進学はしない。


 父は大工をしていて、息子である俺をその跡取りにと考えているらしく、進学の余地は最初から皆無だった。それに、我が家は立派な大学と滑り止め両方受験させる程の蓄えも無いし、俺も一発合格できる程の脳みそは持ち合わせていない。


 結論を言ってしまえば、どうせ大工になるのに進学したところで意味など無いし、就職先が決まっているのに進学するのも無益だ。


 そんな事は始めから承知だったし、後悔は──いや、あるな。


 やたら重力の重い掛け布団の上で寝返りをうった俺は、壁に貼られているポスターに視線を寄せる。


『She's do』


 俺が初めて聴いて、初めてライブに行って、初めて憧れて、楽器に触れるきっかけを作ったバンド。そしてそのバンドは俺が高2の春、5枚目のアルバムを最後に解散し、俺は初めて絶望した。


 バンド解散直後は、どこにいるかも分からないメンバーのそれに少しでも近付きたくて、心の穴を埋めるようにひたすら練習していた。


 そんな時、新井兄弟に出会った。


 自信の塊のような目をした昴と、何処か影のある螢。


 2人の第一印象は、名前が物語っていた。


 冬の夜空に輝く華々しい六連星と、夏の灯火のように揺らめく螢──。


 同じ光沢のある黒髪に、柔らかな明眸。

 それなのに不思議なぐらい纏う空気が違う。


 そんな中、迷わず螢をウチのバンドに引き入れたのは、その時気落ちしていた俺の勝手な共感からかも知れない。


 螢は凄い奴だ。


 教えれば貪欲にそれらを拾い集め、次の日には形にしてくる。当時のボーカルは林先輩、螢はコーラスであったものの、少なからず俺はあいつの書くリズムや紡ぎ出す歌が好きだったし、何処となく在りし日のステージを彷彿させる。


 ──自信、持てばいいのに。


 技術は練習で上げられるが、才能は元々持ち合わせたものだ。


 だから俺は螢に才能を見出しているし、俺が目指すことのできないステージに立って欲しい。


 勝手な希望だとは思いつつ、俺はまた寝返りをうってぼんやりと天井を見上げる。


 ピロリン……。


 親以外からは滅多に鳴る事のない携帯が俺を呼ぶ。


 通知はLINEで、送信者は昴だった。

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