#3

 家に辿り着いたのは、きっと5分もかかってない。珍しく全速力で走ったせいか、今年に入ってから一番息が乱れている。


「ただいま……って」

「遅い」


 玄関の上がり端に仁王立ちした昴は、腕を組みながら僕を見据えた。


「悪かったって」


 言葉とは裏腹に悪びれる様子のない僕に呆れて溜息をついた昴は、神妙な面持ちで「螢、ちょっと話がある」とだけ言って踵を返す。


 ──そんなに怒ることじゃ無いじゃん。


 珍しく兄貴ヅラの昴に憮然としつつ、僕は靴を靴箱にしまって部屋に向かう。



「あのさ……俺の事、ウザい?」

「は?」


 部屋に入って早々口を開いた昴は、僕の想像の斜め上をいく質問を投げかけた。


「いや……まぁ、そんな事は無いっていうか……」

「誤魔化すな……本当の事を言えって」

「……まぁそうだね」

「いや少しは否定しろよ」


 ──どっちだよ?!


 遠慮したらしたで「言え」といい、言ったら言ったで「否定しろ」という支離滅裂さに、今度は僕が溜息を吐く。


「そーいうとこだって……。ほら、いつも昴は強引じゃんか」

「それは螢が……っ」


 二の句を継ぎかけた矢先、昴はハッとして口篭る。いつもなら一を言ったら十は返ってくる性格なのに、今日はどうも様子がおかしい。


「……じゃあ、螢はどうしたいんだよ」


 気不味そうに目を逸らす昴は、モゴモゴと言葉を口の中で転がしていじける。


「雅楽……」

「えっ?」

「いや……曲を作りたい」


 やりたいなんてこれっぽっちも思っていなかったはずなのに、なけなしの反骨精神が僕の中で大きく声を上げる。いつも勝手に遠慮して諦めていたのに、いざ聞かれるとこうも容易く言葉になるのか。


 反射的に言葉になった希望を聞いた昴も目を丸くしている。


「やれよ……!螢、前のバンドん時作ってただろ?」

「まぁ、下手くそだけど」

「そんな事ないっ!」


 さっきまでの愁傷さがどこにも見当たらない昴の瞳は輝き、僕の手を勢いよく取ってキラキラと見つめる。


「俺、螢が作る曲聴きたい!!」

「……昴だって作ってんじゃん」

「いや、俺は螢の作る曲が好きなんだ!……あっ、そうだ!文化祭の演奏曲、螢が作ったのにしようぜ!!」

「はぁっ?!」


 いきなり勝手な事を言い出す昴の言葉に思わず声が裏返った僕は、ブンブンと首を横に張って「嫌だよッ」と対抗した。


「いや、そうしよう!それが良い!!」


 ──だからそれが鬱陶しいんだってば!!


 なんでこうも自分勝手な人が集まってくるのか。


 僕は一番の元凶である狐神を忌々しく思い浮かべると、つい唇の柔らかさも連想する。綺麗な瞳に吸い込まれ、優しく触れた慎ましい感触を思い出し、僕は真っ赤になって俯く。


「岡部先輩にLINEしといた。あー、あと、うちのバンドもう1人増えることになったから……って、どーした?やっぱ体調悪いんじゃ……?」


 的外れな心配をして僕を覗き込む昴に答えることができないまま、僕はニヤける口元を手で覆った。

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