#2

「……で、柳田君はなんで入部を?」


 相変わらず喋り方に癖のある彼は話は、聞いているだけで少し耳につくが、俺は先を促した。


「だーかーら、僕は元々ピアノやってるんですけどー、音楽部のレベルが低すぎるからここに入部しようと思ってー」

「ピアノとキーボードで少し違うんじゃ」

「まぁ確かにー?……キーボードだとグランドピアノみたいな繊細さを表現できるかって言ったらアレですけどー、でも、右も左も分かってない低レベとおんなじにされるよりはマシかなぁってー」


 ──マシ、って……!


 正直な感想「なんだコイツ」が口をついて出そうだったが、とりあえず飲み込んでおく。


「そう……なんだね。まぁ、グループによってはキーボード欲しがってるところもあるし……」

「あの顔面凶器の先輩はどこなんですかぁ?」

「えっ……?」


 顔面凶器。


 言い得て妙な表現をする彼の言葉に、先輩の目の前でありながら俺は吹き出した。しかし、そんな事もお構いなしに練習を続ける岡部先輩は、きっと心臓に毛が生えている。


「こら、仮にも先輩だぞ!」

「『仮にも』って言ってる辺り、アウトじゃないですかー」


 ケタケタと笑う柳田に、俺は怒る気力も失せる。


「あの人は岡部先輩、俺と同じバンドだよ」

「えーっと、ドラムが顔面凶器で、先輩……アレっ、名前なんだっけ?」

「新井 昴」

「そうそう、新井先輩がー?」

「ギター」

「ふーん、あとベースは?」

「……俺の弟。……ってか、なんでタメ口なんだよ!」


 今まで普通に会話していたが、コイツ、かなり常識がなってない。俺はいつもの螢さながら大きく溜息をつくと、柳田を睨む。


「あーあー、分かりましたよ、新井先輩。……ってか、弟って事は僕とタメじゃん!」


 一人で納得して手を打った柳田は、「ふーん」と考え込む様に手を顎に当てて首を捻った。


「違う……俺、双子だから」

「ウッソ、マジ?!」

「またタメ口」

「あぁ、はいはーい」


 一向に直す様子がない。


 ──厄介な奴が来たもんだ。


 俺は内心、呆れ返っていた。


「ねぇねぇ先輩、僕、先輩んとこ入るー」

「……は?」

「だーかーらー、顔面凶器と偽善者ニキのバンドがいいなーって」

「お前しばくぞ」

「弟さんってどんな人?その人も先輩みたいな八方美人なの?」


 どうしよう。

 俺は初めて日本人でありながら、日本語が通じない奴に出会ってしまった。あからさまに眉間に皺を寄せた俺が「あのなぁ……」と言い掛けた時、さっきまで自分だけの空観で練習をしていた岡部先輩が「違う」と答えた。


「弟の方は、もっと卑屈な顔をしてる」


 ──いや、訂正する所ソコ?!


 柳田が来てから初めて言った言葉がソレですか?!


 俺は心の中で螢に同情した。


「あー……ソレって偽善者ニキが良い人ぶってるせいとかー?」

「多分な」


 ──いやいや……ってオイ!


 なんでココは会話が成立してんだよぉ?!


 それに、俺が「良い人ぶってる」ってどういう意味だよ……?


 言葉が通じない二人と、その二人が軽く会話している内容に、俺は今までの人生で一番むしゃくしゃした。

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