溶けゆく深淵の中で:2

 ひび割れたコアから飛び出してきた影が、僕の体にまとわりつく。

「なんだこれ…?」

 引き剥がそうとしても、それらしいものを掴んだ感覚は無い。

『…ごめんね』

 頭の中に響く、少女の声。

「…誰…?」

『貴女に…宿らせてほしいの』

 自身の正体を明かさずに、少女の声はそう告げる。

「宿る?…それってどういう事?」

『…実演は、許可が欲しい』

「…分かった、いいよ」

 ゲームだから、リアルに危害が出るようなことは無いだろう。そう思った僕は、少女の声からの要求を許可する。

 すると、僕にまとわりついていた影が、するっと僕の中に入っていく。


「…えっと…?」

『ありがとう…。…私の名前は…キュスコート。よろしくね』

 影は僕に自身の名前を告げる。

「えっと、スレア…」

『スレア…うん、よろしく』

 彼女が僕にそう言うと、影が再び僕の体を包み込む。


《Exアイテム:【深淵の神殺しダインスレイフ】を入手しました》


《全身装備を【深淵の神殺しダインスレイフ】に強制変更します》


《称号:【裏切り者イスカリオテ・ユダ】を獲得しました》


『…ごめんね、貴女も共犯者になってしまったけれど…』

 影が収まると同時に、さっきまで装備していた【汎用防具ユニバーサル・アーマー】から、女性のスパイが着るようなスパイスーツの様な【深淵の神殺しダインスレイフ】へと変わっていた。

『…私一人だけの力では、どうすることもできないから…』

 表情は見えないものの、その声色は僕へ罪悪感を感じているようだった。

「…うん、大丈夫だよ」

『いいの…?』

「もう、今更だしね」

 『裏切り者』なんて称号を貰ってしまったんだ、もう今更後戻りなんてできるわけが無い。だったら、最後までやる切るしかないでしょ?

「…でも、流石にこの見た目は…」

 ちょっと…ね、あまりにも体に密着しすぎてると言うか…。

『あ…見た目、変えられるよ…?』

「そうなの?…じゃあ…これ以外なら何でも良いや」

『分かった、ちょっと待ってね』


 服が影に包まれて、形が外衣を羽織った軍服の様な外見に変化する。

『こんな感じでどう…かな?』

「まぁ、良いんじゃないかな?」

『そう…良かった』

「…あ、コアは…」

『大丈夫…もうじき壊れるよ』

 キュスコートがそう言った後に、コアがガラスが割れるような音を立てて砕ける。

奇蹟の模倣者プラエスティギアトレス】の体内から解放された僕の姿に、リアが目を丸くする。

『…スレア、ちょっとだけ、五感を分けてもらうね。その代わり…貴女に私の感覚を少し分けるから』

 …感覚って、分けられるものなんだ。

「えーっと…スレアちゃん、その姿は…?」

「えっと…これは【深淵の神殺しダインスレイフ】って言う装備。【奇蹟の模倣者プラエスティギアトレス】のコアを砕いたらドロップした装備…かな」

「そうなんだ…。スレアちゃん、軍服似合うね?すっごく様になってる」

「そう?」

 僕の全身を見回るリアをよそに、キュスコートが声を掛けてくる。

『スレア、この人は…?』

「あーえっとね、この人は―――」

「ん?スレアちゃん、誰と話してるの?」

「…あれ、リアには聞こえてないんだ」

『うん…私の声はスレアだけに届くから…』

(…じゃあ、これは聞こえる?)

『うん…問題ないよ』

 思考するだけで会話できるんだ…テレパシーっていうのかな。

「…えっと、それで僕が話してたのは…【深淵の神殺しダインスレイフ】の中にいる人とだよ」

「【深淵の神殺しダインスレイフ】の中?…装備に意識があるって言う事?」

「一応…そうなるのかな」



(ねえ、キュスコート)

『何?』

(【溶けた深淵メルテッド・アビス】って、何のために作られた場所なの?)

『…【溶けた深淵メルテッド・アビス】は、人だったものが堕ちる場所。作ったのは…神様』

 人だったもの?って言う事は…【不明アンノウン】も…?

『禁忌を犯した者が人間を奪われて堕ちていく場所…』

 禁忌…。

『私は、戦争のせいで死んじゃったお母さんに会いたくて…ずっと、祈り続けていたの。…でも、死者に遭う事は、生者の禁忌だから…』

(だから堕とされたの?)

『うん…。それで…私は…人を奪われたの…【深淵の神殺しダインスレイフ】になったのは…偶然なんだと思う。貴女達を攻撃したのは…人が立ち入る場所じゃなかったから…だと思う』

(じゃあ、自由意思で攻撃してるわけじゃないの?)

『体が…勝手に動いたから』

 そうなんだ…。

「―――おーい、スレアちゃ~ん。新しい装備とお話しするのもいいけれどさ、私とも話してよ~」

「…あぁ、ごめんごめん」

「それで、何を話してたの?」

「えっと…【溶けた深淵メルテッド・アビス】について聞いてた、かな」

 リアにキュスコートから聞いた情報を簡潔にまとめて伝える。


「…神様って、残酷なんだね」

「神は上位存在であって、慈悲があるわけじゃないからね…。堕落した天使や邪神の方が慈悲があるのかも」

 ルールを遵守せずに逸脱し、堕落したものの方が、融通が利く、だから、慈悲もあるのだと思う。

 全てがそうだと言うわけでもないと思うけれど。

『………』

(…どうしたの、キュスコート?)

『キュスで…いいよ』

(どうしたの、キュス?)

『…体…ちょっとだけ、借りてもいい…?」

「…リア、ちょっとだけキュスに変わるね」

「キュス?…【深淵の神殺しダインスレイフ】の中にいる子の事?」

「うん、そう」

(いいよ、キュス)

『うん、ありがとう…』

 感覚を残して、体が動かなくなる。

 勝手に口が動いて、言葉を紡ぎ始める。

「…二人、とも。私の…神殺しの…手伝いをして、欲しいの」


――――――――

作者's つぶやき:えっとですね、結構神様に対して冒涜をしてる気がするんですけど…まあ、個人の感想と言う事でお願いします…。

ちなみになんですが、キュスコートの名前を並び替えるとコキュートスになるんですよね。だから何だって話ですが。

神殺しという奇蹟を模倣したものが、コキュートスの深淵で待っている…。なんて、ストーリーがあったりなかったりします。

神殺しを奇蹟と言う辺り…これが皮肉っていうやつですかね。冒涜を感じます。

それと、こちらの投稿が遅れてしまって申し訳ございません。ネタが浮かび次第執筆、公開しますので、お楽しみに。

――――――――

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