Travel 19 大好物な素麺。


 ――正午を迎えた。さあ、学校から飛び出して、まずは素麵を食べよう!



 風鈴が奏でる音色を聞きながら食す素麺は、夏の風物詩となり得る王道のメニュー。記憶に蘇る……そういえば、和美かずみの大好物だったように思えた。テーブル囲んで……


「ニイニイ、ハヅッチ、まずは腹ごしらえからだよ。お家に帰ってお昼してから、今度は電車に乗って大聖寺だよ。……そうそう、予定はいっぱいあるんだからね」


 駆けながら和美は言う。


 振り返り僕らを見ながら。和美の足は速く、ついて行くのもギリギリ……アウトって感じで、僕も葉月はづきも息を切らしながら「ちょ、ちょっとストップ。少し歩こう、素麺は逃げたりしないから。どうしてそんなに急いでるんだ?」と、思わず質問を投げかけた。


 元気過ぎる程、元気な和美……


「今日は八月十五日だよ。特別な日なんだから」


 笑顔? 逆光でよく見えなかったけど、キラリと光るものは涙? 僕は推測する。そのつもりはなかったけど、脳内はその意思とは無関係に思考を始める。我が妹でも多すぎる謎。昨日の今日会ったばかりの筈なのに、もっと前から会っていたような、悉く重なる思い出の風景と彼女。なら、初めて知り合ったのは何処で? それ以前に、彼女は妹?


 そして、お家に着いた。


 和美を先頭に「たっだいまー」と、元気いっぱいな声が響いた。


 そして母さんは、


「さあ、できてるわよ、素麺」と弾む笑顔で僕らを迎えた。ふと思う、こんな時。どうして母さんと父さんは離婚したのかと。元々僕と和美は、この家にいた……と、そう思う。


 僕が大阪の地に来たのは、小学校を卒業してからで、そして何があったのだ?


 ググッと痛む頭。でもそれも「ニイニイ、食べよ。ハヅッチも」と、その和美の声で痛みもその瞬間だけで消え去った。僕は笑みに勤めて「ああ、そうだな」と答えた。


 素麺は和美の大好物。カランと器の中の氷と風鈴の音が、そのシーンを残した。



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