Travel 09 異なる状況に。


 ――異なるシチュエーションに戸惑う心。でも今は、その身を葉月はづきに委ねていた。



 静かなる時……


 水の音が主となる程。高鳴る胸の鼓動は、意外と落ち着いてきた。お互いが全裸ということだから。やや慣れてきて緩和されたのか? ただ懸命に僕の背中を洗う葉月の息遣いが、たまらなく健気に思えてきた。そのため、どちらかといえば……


「やっぱり広いね、男の子の背中」


「じゃあ、葉月は僕以外の男の人と、このような……」と訊くも、ちょっぴり意地悪なつもり。援助交際の線は極めて薄いということは……僕がよく知っていることだから。


「パパと比べて。それも小さな頃だったから。それにしても、怜央れお君の背中を流せるなんて変な感じ。それにアトリエで絵を描くのとは違うね。このシチュエーションって」


 お湯に流す音。お湯に浸かる音。お月様の視線が、まっすぐに降り注いでいる。見上げている僕らの顔。解れた感じの君の顔。普段とは違う素の感覚。


 僕も釣られて、フーッと深く息を吐いた。浸かるお湯、君と横並ぶ。風の涼しさと、若干な暑さのお湯。気怠い感じの丁度良いハーモニーが、時間の流れを忘却させていた。


 葉月の身体が密着した。


 見た目は華奢だけれど、柔らかな感触……


「あの、葉月さん、それやっちゃうと、もう引っ込みがつかなくなるよ?」と、僕自身が何を言いたいのか、どう言葉にしていいのか、声にして発したものが意味不明で……


「満月の夜だし、狼になっちゃうのかな? きっと猫被ってたんだね、こんなことアトリエではなかったのに、このシチュエーションで目覚めちゃったんだね、怜央君は……」


 吐息交じりの葉月の声。


 解れたのは涙腺もかな? 目には涙も浮かんでいて……


 そんな葉月の表情に、僕の唇は重なった。葉月の唇と重なった。いつしか葉月は、僕への質問を忘れていたように思えた。或いは言葉を越えた何かを、体で感じたかのように。



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