Travel 06 密室での二人。


 ――チェックイン。


 ホテルの中に二人。しかもこの後、密室中の密室に身を置くことになる……なんて予想も想像もしていなかったから。荷物を整理する。僕も葉月はづきも黙々と。ベッドは其々、シングルが二つ。でも消えないことは、男女が同じ部屋という事実。思えば、よく怪訝とされなかったと思う、ホテルマンから。高鳴る心臓はスリルを感じた証。


「あ、あの、何か喋ってくれないと、その……」


 と、葉月は俯きながら言う。密室だけど密着はしないと距離を置いている。それでも彼女の顔の火照りが伝わってきそうだ。でも、そんな時に限って、言葉が浮かばない。


「な、何かつけようか、テレビ」と言いながら、僕はリモコンを手にしたけど、滑らせて床に落としてしまった。一応はフローリングで……つまり洋室。リモコンを取ろうとした手に彼女の手が触れた。そのために、距離はググッと縮まった。


 クラブの時はこんなことはなかった。このような緊張感。種類の異なる緊張感。彼女の顔は赤くどころか真っ赤になって、カチッ……と、リモコンのスイッチを押した。すると映ったものは、何とキスシーンで、彼女は挙動不審な動きへと、


「バ、バラエティーがいいかな?」


「そ、そだね」と、何とか対応できたものの、ちょっと気まずい状況。


 お互いの顔を直視できなくなって、何でこうなったのか? 一見は気ままな旅行に見えるようだけど、実は計画を齎したのは令子れいこ先生だった。このホテルの手配も、ディナーで使ったレストランの予約も、令子先生が手を回していた。それは一週間前のことだ……


 僕は呼び出された。放課後に西原にしはら宅へ。


 この夏休み、僕は休部を申し出たから。届けは受理された。その目的について問われたことが始まりだった。つまり休部の理由。僕には決心したことがあったから。葉月にも言わなかった密かなる決心。僕には母親がいない。正確には離婚していたから。姉も二人いる。そんな母親の行方が漸くわかった。そのことを話した。そのことを知る者は、令子先生だけとなる。父にも内緒の旅だから。そこで令子先生は合宿という形にしたのだ……



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