第3話 悪魔の果実

 研究資料が渡された時、Saraは頭が真っ白になってしまった。

 こんなことが許されるのだろうか。


 Tのチームは論文の完成を繰り返し、その評価は上がり続けとうとう自給率食料栄養分野の小規模チームで筆頭となった。素行指数も跳ね上がり、Tは55、Saraは45で、他のメンバーも30〜40と非常に高い数値を記録していた。

 GPI (Genotypic Potential Index)で言えばSaraが筆頭で998と大変高い数値である。


 このデータを見た食料保健機構の近藤R守首席事務官は、ある考えについて研究させるようPOPIDに申し出た。


 多忙を極めていたTチームは、ある研究論文の完成で145時間の休暇を与えられた。一同は喜び、出口の見えないトンネルのように、次から次へと湧いて出てきた研究論文にもかすかな光が見えたように感じた。だが、TはSaraのことが気になった。優秀とはいえ、最近たまに上の空になる。その原因を掴むために、全員での打ち上げを提案し拒否された……。


 Saraは自室に戻ると服も着替えずベットに倒れ込んだ。疲れ切っていた。もちろんここ数日の疲れも起因しているが、どちらかといえば生まれついた星について思い煩っていた。精神的疲労が大きかった。

 研究を繰り返すにつれ気になることがあった。今まで託されて来た研究はある1つの仮定に基づいて制作されていると気が付く。それが上手に隠蔽されている違和感を感じていた。

 ――詮索上手な人は気がついているのではないだろうか、……そうかマップの方針に反することなので気になっていても言えないということか。と、Saraは小さく声に出していた。


 今の時代の寂しさというか制限というか世知辛さを思い知るのであった。まるで人々はコンピューターに動かされている1つのコマのようだと感じた。


 Saraの生まれ故郷となる星ノールチタンは4年前に消滅していた。もし、敵組織がなんらかの陰謀で攻撃したにせよPOPIDがいる限り破壊活動遂行は絶対に不可能であった。全ての機械類はPOPIDに繋がっている。だから原因はまだわかっていない、まさかPOPIDが仕組んだのか、それとも知っていて見逃したのか、そもそも気が付かなかったのか。何が起こったかの可能性はいくらでも湧いてくる。だが、どの選択肢にせよPOPIDを信じ切っていた宇宙連合の中枢組織に戦慄が走ったのは間違い無いだろう。

 宇宙最大の食糧危機が起こる、その事実を中枢部はまずは秘匿することに努めた。なんとしても隠し通さなければならない理由は2つある。1つは数百兆人が餓死する可能性のあることを発表すると、混乱が起こる。莫大な規模の騒動がおこり秩序の破壊に治安の崩壊を招く。それ以上に混乱に乗じて敵外組織の暗躍が心配される。さらに、中枢部への攻撃も始まるだろう。もう1つはPOPIDの問題だ。POPIDの脆弱性云々にかかわらずこのような最悪な事態に陥ってしまったこと自体が、そもそもマップ方針自体に問題があると考えられる。それは直接的に中枢部への信頼低下を招く恐れがある。実はこの宇宙は一筋縄ではない。組織とPOPIDがある程度提携しているからといって、それに反目しているグループや、群星連合単位で虎視眈々と隙を狙っている。特に西方群星連は油断できない敵勢力宇宙だ。


 それを気がつくはずもなく、Saraはそのまま疲労の闇に沈んでいき、いつの間にか寝息を立てていた。


 

 ――何これ。

 新たな仕事が始まり数日後の朝であった。研究所に入り資料を見た時、Saraは驚いた。

 Saraは今、Tチームと共に秘匿研究所レベル36に配属となっていた。特に違和感なく、最初は秘匿レベルの高い研究はされなかったが、2つ目の研究で秘匿度が急に上がる。これは、口外など絶対にできない。そうSaraは直感した。

 バイオフード、その作り方に明らかに違法な手段があったのだ。確かにこれなら今までの製法より数倍いや、数十倍の生産力を持つことができるだろう。だが、だが、人の体が持つはずはない。この世の中にこのフードが広まったら、と思うとそれ以上は恐怖で想像が出来なかった。


 Tが言う、さあ取り掛かろう。

「ちょ! ちょっと待ってください、これを本当に作るんですか?」

「そうだ」

「これは、こんなのを作ってしまうと、」

 言葉を濁す。


「問題ない、全ては計算されています」

 Tはこの秘匿研究に入る前から少し性格が変わったように感じる。以前の生産施設で働いていた時に比べたらまるで別人かもしれない。そしてここに転属されてから明らかに様子がおかしい。

「やるってどうやって」

「やるってやるんだよ、どうやってでも」

 Tの語気が荒くなる。


 他の研究員達も、疑念には感じているかもしれないが、余計な小言や私観は素行指数に関わってくる。Saraのような秀才はいつでも挽回できるのであまり気にしていないが、一般の人たちにとっては言動によっては一生に関わってくることもある。全ての行動と言動は管理されていた。


 他のメンバーがそれぞれの場所へと向かっても、Saraは下を向いたままその場を動かなかった。


 ……いつもの癖が出たな。Tはそう思った。

 Tは情報収集やグループ間での繋がりに長けていた。一般にそういった行動は危険だ。すぐに検閲層に引っ掛かり警告を受ける。特にその人の行動マップ以上の詮索は基本禁止されている。だがTはどうも許されているようだった。そうした情報網と繋がりがあるのに、Tは組織からも信頼されていた。そしてSaraの活躍があったからこそ、この秘匿レベルファイブSという最高機密の研究を任されるようになったのだ。もっと優秀なグループはたくさんあったが、少数人数だったことも一因だ。


 ……2人の葛藤は数日にも及んだ。


 

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