第2話 RR基地


「残念ね、リーダーになれなくて」


「またそういう言い方から始めるのか?」


 少しイラッとしながらも、Tは口角を上げ笑顔を作り続けた。


「これは大きなチャンスなんだ。あんな小さな地区でリーダーになるよりも、有名なRR基地の試作研究所で働けることが嬉しいよ」


「ポジティブね」


「学習通りだよ」


 SaraはTが時折見せる根拠のない自信に満ちた笑顔が好きだった。言い返そうと思っていた怒気が薄まり、少し顔が赤くなって言葉が詰まる。


 ――――


 急に話が来たのは、Uを2000頭ほど移動させていた時だった。丸さんが「おおい」と手を振って来た。声を大にして大袈裟に呼ぶことは珍しくなかったが、今日は息も切れていた。何かが違うと感じた。


「大変、大変よ!」


「どうしたの?」


「緊急マニュアル51〜82までを履行せよ、だって!」


「どういうこと?」目を丸くする。


「食糧危機かも……。詳しくは情報に載ってなかったけど、多分そういうことよね」


「緊急マニュアルを見ることなんてほとんど無かったから、内容確認しないと……」


 調べると、その重要性がますます明らかになった。地域の食糧難など軽い話では無い。宇宙全体の食料安全保障の問題につながる案件だ。


---


 2人が忙しなく書類を見回すところにTがようやく来た。どうせモニターばかり見ていたTを見て、Saraは小馬鹿にするように冷たい視線を送る。Tは露骨にため息をついて視線を向けるSaraを無視して言った。


「珍しいね、2人で何見てるの?」


 だが、2人ともその問いにめんどくさそうに答えない。流石にイラッときて強引に近づきその書類を見る。その書類を見て思わず声が出る。


「え!? 緊急マニュアル」


 事情を話すと、Tもようやく事態の深刻さを理解した。3人であれこれ話し合い、とにかく一般作業を終わらせようと決めた。


 SaraはロボットをB区画に入れて作業を早く終わらせた。そして、書類の山を高速でスクロールさせ状況をつかむ。大抵このような情報は一方通行で、まず行動するしかないのだ。


 その日は遅くまで会議を続けた……。


 ……明くる日の夜も結局、これからどうするかを思案し続けていた。具体的な作業を考えるというより、最悪の想像とそれに準ずる弊害についてだった。


 いつの間にかSaraは眠っていた。


 その夢の中で不思議な体験をした。次の日の朝にはぼうっと白いモヤのようなものに変わっていたが、思い出せない。なんとなく、昔よく遊んでいた女の子を考えていたんじゃないかと結論づけた。その子と不思議な幅の広い塀の上を歩いていた。途中バランスを崩しながらも2人で顔を合わせて笑った。そんな夢だったと思った。


---


 事件の連絡が入って僅か5日後のことだった。その日から大きく生活が変わった。それは不快なものだけではなく、少しの喜びも混じる。


 作業ロボットのグレードが急に上がったのである。こんな小さな地区にもここまで性能の良いものが来るとは、少しテンションが上がる。思わずTと手を合わせるところだったくらい。そして、さらなる不安と期待が入り混じる情報も数日後に来た。それは、なんと! への異動であった。


 一時的とはいえ、場所の移動はここ最近していない。新しい環境に少しの不安と緊張、そして明るい期待が不思議な感じ、まるで体重が2%くらい消えたような。


---


 その後、Tと2人で異動と聞き、少し安心した。1人で行くより、Tでも一緒にいてくれた方が嬉しい。そう感じながら帰り道を歩いていた。部屋に着くとさっそく準備を軽く済ませ、荷物をまとめたが、独り身の彼女にはそれほど必要な物は特に無かった。


 異動する前の数日はただ作業ロボットの様子を見るだけであった。働く人はいなくなり、作業ロボットの数が増えた。以前のような忙しい光景は無くなった。動物たちに対する世話も人がしていた時よりも優しく丁寧に思えた。だがそこに愛はあるのだろうか。


「でもそういうのって本当に必要だったのかな……」


 ついぽつりともらし、初めて寂しいという感情に気がついた。


 ――もう戻ってこれないのかもしれない。


 そう予感がした。戻ってきても自分の居場所がここにはないように感じた。いつの間にか時間が経過したのだろうか。陽が紅くなり始めている。その光が緑の大地を照らし、一つ一つの草葉が涼やかな風に靡きながらそれを喜ぶように光っていた。


---


 研究所での作業は多忙を極めた。78%まで仕上がっている研究を、5人のメンバーで完成させる。リーダーはTだ。頼りないリーダーにメンバーも困っていたが、逆に自分たちが動かなければ進まないと意気込む。リーダーをカバーするというよりはリーダーにはなるべく発言をせずに現場に出てこないようにしてもらい、研究を進めていくことに専念していた。


「Tさん、最終研究の論文できました。これって検証したりするんですか」


「え、どうだろうね。Saraは聞いてないの?」


「聞いてませんよ。てか、Tさんいつも何してるんですか? そういうこと調べてくれないと本当に怒りますよ」


「わかってるって。俺のしていることなんて想像もつかないだろう」


 いつも何かしているように雰囲気は出しているが、結果が出てこないのだ。その結果はどこに行っているんだろうか、と特に興味もないことに頭を使ってしまう。


---


 研究は、120,000以上の機関で行っているらしい。この星ができて以来の大規模ミッションとなっているらしい。Sara達のような5名の少数のチームや、数百人を超える大規模なチームなど様々あるらしい。


 ジャンルの違いや研究種類もあるが、研究の真の目標は宇宙自給率の維持らしい。そしてこの研究の主宰は宇宙唯一のマザーコンピューターPOPIDが直接関与していた。

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