第2話
初めての執筆なので筆が踊り狂ってしまい、文章量が爆増しました。こんなはずでは……
──────
定峰たちがゲートを潜ると、空気が一変したように重苦しい空気が漂い始めた。先程までの気楽な空気とはうってかわり、何かが風鈴たちのことを威圧しているかのような空気だ。眼前には汚れのない純白の階段が遥か遠くまで続いており、階段の先には、威厳のある美しく神秘的な、純白の神殿が悠然と佇んでいた。
天井には本物ではないものの、燦然と輝く星空が広がっており、美しくも儚いように感じる三日月が風鈴たちを淡く照らし出していた。
「ここが新しいダンジョンか」
『希望の剣』のパーティーメンバーの一人が声のトーンを下げてそう言った。
「チッ、ここじゃ魔石すらも出てこねぇ! 俺は帰るぞ!」
「待て勝。此処は等級すらも分かっていない何もかもが不明なダンジョンなんだ。もしお前が抜けて望月が死にでもしたらどう責任を取るつもりだ? それに、此処を調査するだけで金はもらえるんだ。なにも損はない」
炎城は不承不承といったように苛立ちを隠さず最前列を駆け上がっていった。その様子からは早く終わらせたいという意思を明確に表していた。まぁ、此処にいる定峰以外の誰もがそう思っているのだが。
何故かというと、神殿型ダンジョンではダンジョン鉱石はおろか、本来ならばどの魔物からでもドロップする魔石すらも魔物からはドロップしないのだ。
冒険者の収入の源であるダンジョン資源も出ないのに対し、神殿型ダンジョンの魔物は一体一体が異様に強く、大量に出てくるため、メリットとデメリットが釣り合っていないという訳だ。
そのため、一部の物好き以外の冒険者からは嫌われ、敬遠されている。もちろん風鈴は神殿型ダンジョンに旨味がないことくらい知っているが、それよりも新たなダンジョンに対しての興奮が強すぎるようだ。
「はぁ……いつも思うのだけれど、この階段は何のためにあるのかしら……」
前を歩いていた斥候職の女がそう愚痴を漏らす。実際、嫌がらせにしか思えない程にただただ疲れるだけの階段が続いているのだ。それに加え、魔力の温存のためとはいえ素の身体能力だけで上っているのだ。幾ら体力があるとはいえこの階段を上るのは苦行というほかないだろう。
「本当にね。登り切っても安全区域があるだけだし」
望月の隣を上っている胡散臭さを感じる笑顔を浮かべた男、
『希望の剣』に加入以来、決してその盾は破られたことがないという、鉄壁を誇るこのパーティーの
文句や愚痴が飛び交う中、漸く終わりが見えてきた。ちなみに風鈴は何も考えず黙々と上っていた。
いくら冒険者とはいえ、身体能力は一般人とそこまで変わることはない。もちろんスキルや魔法に影響されていなければだが。何故かと言えば、魔物を殺しても身体能力は上がらない為、経験や訓練を積むことでしか体力を持続させる方法はないのだ。
その為、全員が息せき切らせて必死の思いで階段を上っていた。
「やっと……終わった……」
前の斥候職の女が登り終え、そう言いながらいきなり地面に突っ伏した。それを見てか彼女と同じように寝転ぶ者、柱を背に座り込む者や、どこに隠し持っていたのか読書に励むものまででてきた。
「お疲れ様。それじゃあ、ここでしばらく休憩してから先に進もうか」
その言葉で、死屍累々としていた広場に活気が広がる。全員疲れている為、騒がしいという訳ではないものの、和気藹々と静かに休憩を楽しんでいた。
何故ダンジョン内でこんなにもくつろいでいるのかというと、神殿型ダンジョンでは、今休憩している場所を第一層と呼ぶのだが、第一層では魔物が現れないのだ。
この法則は、どの神殿型ダンジョンでも共通しており、おかげで第一層は最初で最後の休憩所にして不可侵の安全区域として重宝されていた。
「やぁ風鈴君。疲れてはいないかい?」
「少し疲れましたが大丈夫です。体力だけはある方なので」
「そうか……扉を超えて二層に入るけど、疲れたら言ってほしい。僕が言えばみんなも納得するだろうしね」
「俺なんかのために……いいんですか?」
「臨時で雑用係とはいえ今は立派な『希望の剣』のパーティメンバーだ。僕たちはみんなで『希望の剣』だ。誰一人として見捨てたりはしないよ」
望月が心配そうに定峰に尋ねる。しかし、定峰は元々体力が多い方の人間であった為、百段弱の階段ではそこまで疲れはしない。ある程度長いこと『希望の剣』の
対する定峰は最初の頃こそ遠慮して気丈に振舞っていたが、毎度の如く望月が心配そうに尋ねてくるため、空元気に振舞うことはせず、純粋な本音を告げていた。
「ありがとうございます」
定峰はただ一言、感謝の言葉だけを述べ、柱に寄りかかって座り込んだ。望月も、それを見届けてから周囲のパーティーメンバーの下へ歩いて行った。
▼
「そろそろ出発しようか」
10分程度休み、皆の体力は全快とはいかないものの、大体は回復していた。ランタンを取り出し、斥候職の男に手渡す。
「全員準備オッケーです」
「了解。風鈴君も大丈夫そうだね。勝君、扉を開けてくれ」
炎城が無言で扉を開ける。大きな見た目とは裏腹に、簡素だが重厚そうに見えるその扉は拍子抜けするほど簡単に扉が開いてしまう。汗が頬を伝い、この場にいる全員が固唾を呑んで見守る。
扉が完全に開き切り、奥の暗闇が映し出された瞬間、何らかの影が炎城を襲った。姿は暗闇のせいで全く見えず、神速の如く放たれる一撃は炎城を殺すかのように思えた。しかし、そうはならず、何かの攻撃が炎城に届くまであと一歩といったところで誰かの矢が何かを貫いた。
炎城はそれがさも当然の如く無反応無抵抗な様子だった。
当然、対策していたためこのような不意打ちなど喰らうはずがないのだ。炎城を襲ったのは『
『
「だからここは嫌いなんだよ……。毎回毎回飛び出してきやがってよ!」
炎城は魔物の死体を蹴り上げつつ不機嫌そうにそう叫んだ。
「気持ちはわかるが、死体を蹴るな。死者への冒涜はやめろ」
「ああ? こいつは魔物だろうがよ。別にいいじゃねぇか。それに、不意打ちとかいう卑怯な手段を使ってくるクソ野郎なんだぜ?」
「例え魔物でも、生き物なんだから尊重するべきよ。それに、それが『希望の剣』の方針でしょ」
『希望の剣』に限らず、最近ではほとんどの冒険者がこの方針をとっている。
その理由は、とある上位冒険者が魔物の調教に成功したからだ。もともと魔物には自我があるとされていたが、魔物の調教に成功したという事実が決め手となり魔物には自我があると立証された。
もちろんすべての魔物がそうであるとは限らない。例えばゴーレムはプログラムでしか動かない魔物であり、自我はないとされている。
「喧嘩する暇あったらさっさといくぞ。早けりゃ早いほどボーナス出るかもしれんしな」
「剛介君の言う通りだね。それに、僕たちが早くにここを調査し終えれば、協会や他の冒険者に余計な心配をされないで済むしね」
2人の言葉に騒がしく喧嘩していた炎城たちも途端に黙り込む。野次を飛ばしていたパーティメンバーも静かになり、この一瞬だけ辺りを静寂が支配した。
しかし、その静寂は一瞬にして破られることとなる。だが、その静寂を破ったのは望月でも、鬼崎でも、炎城でもなく、炎城達が話している間に二層へと偵察に向かっていた男であった。
「逃げろ! 多分全階層の魔物がここ目掛けて走ってきてる! このままじゃ全滅だ!」
その言葉に全員は一瞬呆けてしまう。何故なら、全階層の魔物が一層目指して走ってきているなど、普通はこんな早くに起こり得る訳がないのだ。
「走れ! 死にたくなけりゃさっさと走れ!」
「死ぬ気で走れよ! 望月ならまだしもお前らは間に合うか分からないんだ!」
斥候の男と、鬼崎の言葉により漸く再起動を果たした『希望の剣』のパーティーメンバーが一心不乱に走り出す。無論、定峰もその流れについて行った。
先程までの静寂は無数の足音によって破れ去り、死の恐怖がこの場を包み込んだ。魔物の足音に被さるように風鈴たちの足音も暴れるように鳴り始める。
「風鈴君。話がある」
望月が横から定峰に対し、切羽詰まった様子で話しかける。
「このままじゃ、みんなは間に合わない。だから、君に一つの役割を託したい」
階段へと向かう足を止めず、望月はその手で一つの魔法陣を描きながら普段以上に真剣な目で定峰を見つめていた。
(まさか……望月さんは囮になるつもりなのか……?)
「……そう。今この場には囮が必要なんだ。恐らく、皆が逃げ切るためには少しばかり時間が足りない。」
「それじゃあ、やっぱり……」
定峰は心配そうな目で望月を見つめながら気遣ったような台詞を吐き、俯いてしまった。
「うん。囮になるんだよ。まあ、囮になるのは僕じゃなくて風鈴君だけどね」
定峰の顔が一瞬呆気にとられたような表情へと変化する。恐らく、言われたことに対して脳が理解を拒んだゆえであろう。しかし、その表情はすぐさま驚愕へと、先程以上に恐怖に染まったものへと変化する。血の気が引き、青白く見える定峰は、心の中でも圧倒的な絶望から何も考えられなくなっていた。
「で、でも、みんなで『希望の剣』なんだって、望月さん言ってたじゃないですか……なんで……」
「うん。そうだね。それでも正規メンバーはいつでも家族だけど、臨時メンバーはそうじゃない。メンバーでいる限りは僕たちは家族だよ」
嘘だ! とでも今にも叫びだしそうな定峰を横目に、風鈴など元から眼中になかったかのように望月は魔法を行使しはじめた。
「長く戦えるように支援してあげるよ。今は三日月だから、あんまり効果はないけどね。『月の加護』『月の結界』」
定峰は体が軽くなるのを実感した。それと同時に決して逃げることはできないという事実を直感した。定峰自身は『月の結界』の効果を知らないが、このスキルの効果は、対象物が破壊されるか、一定時間の経過でしか壊れないというものだ。
当然望月は自由に出入りできる。即ち、定峰が死ぬまでこの結界は持続し、強制的に囮にさせる極悪非道なスキルということだ。
▼
「君はここで追放だよ雑用係くん。僕たちの囮として最後まで抗ってくれたまえ」
どうしてこうなってしまったのだろうか。眼前には死の宣告を言い渡してきた望月馨と、そのパーティメンバーが逃げてゆく様が映し出される。今更追いかけたところで生き残ることなど到底できそうもない。
剣を引き抜き、後方から暴徒の如く押し寄せる魔物の大群を目に据える。地震によって生じた津波がかわいく見えてしまうほどの質量を誇ったその大群の足音が鼓膜を震わす。
きっと俺はここで死んでしまうのだろう。こんな大群を相手に生き残ることができるのであれば、高くもない金を貰いにこんなところへは来ていない。
どうせ死ぬのだ。魔物どもは俺には目も向けず、ただ逃げてゆく者どもを殺すために俺を轢いてゆくのだろう。
であれば、せめてもの足搔きとしてこの魔物たちに俺を敵だと認めさせてやろう。決して無視できぬ存在であると脳に刻んでやろう。
誰も俺のことを冒険者としては見てくれなかった。ただ雑用係としてでしか価値がないと言われ続けてきた。たとえ魔物であったとしても、最後くらいは俺は誰かに認めてもらいたいものだ。お前は決して弱くはないと、お前は勇敢な冒険者であったと、お前は侮ることのできない強者であったと。
「ははっ」
思わず乾いた笑みがこぼれてしまう。これは虚勢などではないのだろう。死を前にして、生存することなど不可能な筈なのに、俺の心は高揚していた。
漸く冒険者として剣を振るうことができるのだ。当然と言えるだろう。男児なら誰しもが一度は憧れたであろう生死を分かつ戦いが、漸く実現するのだ。
やはり、俺はどうしようもなく馬鹿なのだ。心の内側に秘めたる憧憬がこの絶望的な状況においてもこの身を鼓舞する。
魔物どもが此処へ到着するまで後数秒といったところか。俺が今握っているこの剣には悪いことをしたな。剣として生まれてきた以上斬る為に使われることこそ本望であろうに。幾年も鞘で眠らせていてしまった。
それも今日でおしまいだ。最初で最後の大戦だ。生きることは考えるな。ただ敵を切り裂き、強者たれ。
遂に其の時がやってきた。最初に相対するは空を飛ぶガーゴイル。持ち前の爪を容赦なく振りかざしてくる。その攻撃を受けてめんと剣を突き出し、初撃は辛うじて受け止める。しかし、一撃で仕留められるとははなから思っていなかったのだろう。すぐさま二撃目が身体を切り裂かんと振るわれる。
一撃を受けきった反動で反応が遅れ、ぎりぎりでの防御となってしまう。ミシリ、と嫌な音が響き渡る。長らく使っていなかったから忘れていたが、この剣は上等なものではなく、品質は最悪なものであった。
当然D級のガーゴイルの攻撃に耐えることなどできるはずもなく、どれだけ磨いても決して取れることのなかったくすんだ刀身は砕け散ってしまった。
ただ、相棒が砕かれてしまったからといって絶望している暇などはない。最後まで戦い抜くことこそが我ら二人の願いなのだ。
刀身が砕け散っても尚侮ることなくこちらを注意深く警戒してくるその姿には心のなかで思わず賞賛を送ってしまう。注意深く慎重に少しずつ削り取ってくるその姿は狩人と呼ぶにふさわしい。
刹那の間、見つめあった後お互いに敵を殺しきらんと動き出す。数瞬の後、お互いに数十と読み合いを続けたが遂にガーゴイルが俺の身体めがけて振り下ろしてきた。
しかし、本来であれば当たるはずだったその攻撃は当たることなく宙を裂く。次の瞬間にはガーゴイルの右羽は地に落ちていた。
何をしたのかは至極単純なことで、一度ガーゴイルの左半身の懐に潜り込み、ご自慢の羽を切り裂くふりをして、右側へと移動し切り裂いただけなのだ。
運動エネルギーをほぼほぼ反転させている為、膝への負担は馬鹿にはならないがどうせ尽きる命なのだ。最大限利用してしまおうではないか。
空を飛ぶ力を失い、地に伏しても尚その爪を振るってくるガーゴイルに止めを刺し、次なる刺客に備える。
先鋒のガーゴイルが一人の人間により殺されたことで魔物たちがうるさいほどにならしていた足音が突如として小さくなる。
魔物の方を見ると、無鉄砲に突撃すれば命はないのかもしれないと気づいたのだろう。先を急いでいた第一陣と思える集団が脚を止めていた。
集合するまで待つというのであればこちらにも策がある。設置型の魔法を複数設置してしまう。そこまで時間が無い為簡易的なものしか用意できないが致し方無いだろう。
『
「さて、そろそろかな」
この場を支配していた静寂が、今までとは比にならないほどの騒がしい足音により砕かれる。
先導していた大盾を持った魔物が魔法陣を踏み抜き、火柱が上る。しかし、その火柱は大盾の魔物の焼死体によってせき止められてしまい、期待通りの成果は出せなかった。
だが攻撃が通りそうになかった魔物が倒れてくれただけでも僥倖だろう。
大盾の魔物の焼死体を橋にしてビッグラットの大群が襲いかかってくる。そんなビッグラットどもを燃やし尽くさんと『
大半は燃やし尽くすことができたが、ぎりぎりで生き残った者、回避した者などが俺の足に食らいつく。当然易々と許す筈もなく、足の肉はかみちぎられてしまったが、ビッグラットを殲滅することはできた。
安堵の息を漏らす暇もなく次なる魔物が襲ってくる。正気など既に残っているのか分からない。勝機などある筈がない。ウォーウルフなどの様々な魔物の大群が歩みを合わせて襲ってきたのだ。
ウォーウルフが左腕を切り裂いてきたが、仕返しと言わんばかりに首をねじ切る。そんな風にして地獄のような戦闘は何時間も続いたように思えば一瞬のようにも感じてしまう。
既に四肢はボロボロで、それでも尚油断することなく攻撃を繰り出してくる。それがなんとも嬉しくて。きっと今の俺は笑っているのだろう。見る者すべてが恐怖で後ずさるような狂気を宿した笑みを浮かべているのだろう。
最早握力など皆無に等しい右手で剣を握りしめ、辺りの魔物を引きはがさんと体を捻り、回転する。
しかし、それが終わればすぐさま四方八方から飛びかかってきた。漫画やアニメの世界なら、ここから上方に跳び、攻撃を避けつつ敵を切り裂いてゆくのだろう。
しかし、現実はそんなに甘くはない。いかに優れた者でも、血を流せばそれだけで動きが鈍るのだ。
少しだけなら何も支障はない。肌を撫でる液体の感触が少しばかり不快なだけであろう。しかし、大量に失えば人は簡単に死ぬし、死にはしなくとも意識は朦朧とし、想像の通りに動けなくなる。
そうなあれば後はない。だが今の俺はどうだ。体中傷だらけで、医者に見せたならばよく生きているなと言われてしまうほどだろう。
だから、漫画やアニメの世界のように華麗に生還することなどできない。できるのは精々魔物の一体や二体道連れにすることのみであろう。
前方からはまたしてもウォーウルフが我こそがこの人間を殺さんと爪を突き出してきている。せめてそのウォーウルフだけでも葬ってやろう。
振れてあと一撃。その一撃にすべてを賭ける。精神を研ぎ澄まし、ただ一体のウォーウルフを注視する。
この身にその爪が降りかかるまで残り一〇センチ、いやまだだ。九、八、七、六ときて遂に五。最小限の動きで躱しきる。
半身を翻し、眼前に爪が振り下ろされる。そして足に力を込める。全身の筋肉が悲鳴を上げるが、──アドレナリンのおかげでその影響はほぼない──無理をして最後の一撃をウォーウルフへと放つ。
刹那、胸に違和感を覚える。ふと下を向いてみれば心の臓を守っている左胸が一本の槍によって貫かれていた。振り返ってみればリザードマンが俺の胸に刺さった槍を引き抜こうとしていた。
俺がウォーウルフの首を落としたのと同時にリザードマンもまた俺の心の臓に風穴を開けていたということだ。槍が引き抜かれ、血で満たされた地面へと投げ出される。
先程までは感じる余裕のなかった身体の感触が、今では鮮明に感じることができる。肌を伝う血の流れが、使い物にならなくなった四肢が圧し潰されてしまった痛みが、むき出しになった内臓が空気に触れるせいで感じる耐えがたいほどの痛みが、そして倒されてしまった悔しさが死にゆくこの体を突き動かす。
最早握力など皆無に等しいほどに衰弱してしまった手は命を燃やして剣を握りしめ、骨は折れ、肉は抉れてしまった腕を痛みに耐えながら動かし、最後の敵を殺さんと全てを振り絞って剣を突きつける。
リザードマンは数拍遅れて回避行動を行ったが、もう遅い。俺の腕に赤黒い液体が滴り落ちる。
殺しきったぞこの野郎。とでも思いながらもう動かすことすらできなくなった腕を地面に叩きつける。
剣がすぐ隣に落ちてきて金属音を鳴らす。
仲間と思っていた人には見捨てられ、尊敬していた人には裏切られ、相棒の剣は折られてしまった。
なんとも虚しい側だけの人生であったな。
朦朧とする意識の中、上を向いた眼球には周囲を取り囲む魔物が俺の顔を覗き込んでいるのが見えた。
その目はまさに強者を称え、敵にも関わらず死を悼む敵兵のようであった。最後の最後で俺は認められたのだろう。悔いがないと言えば嘘にはなるが、死ぬ間際に認められたことが大層嬉しくて、満足だ。
意識が沈みゆく最中、誰が発した声かは分からないが、謎の声が聞こえてくる。しかしもう死んでしまうのだ。あまり関係のないことであろう。
そうして俺は非常に短い人生に幕を下ろしたのであった。
──────
全然弱くねぇじゃん! と思いの読者様へ
主人公は弱いです。ええ、断言しますよ。主人公は弱いです。何故魔物に太刀打ちできているのかは後のお楽しみということで。それほど面白いものでもないですがね。
それと、私は如何して前編と後編に分けなかったのでしょうか。
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