スキル無しの無能冒険者、試練に打ち勝ち勝利を掴め

風鈴

第1話

「君はここで追放だよ雑用係くん。僕たちの囮として最後まで抗ってくれたまえ」


 どうしてこうなってしまったのだろうか。眼前には死の宣告を言い渡してきた望月馨もちづきかおるが余裕そうに駆け出し、そのパーティメンバーは惑うように逃げて行く。唯一人囮となっておいて行かれた俺のことなど気にも留めずに。

 しかし、そんなに悠長にしている場合ではない。後方へと振り返り、剣を引き抜いて、つい先刻までは遥か後方にいたはずの眼前に迫る暴徒の如く押し寄せる魔物の大群を目に据える。目に見えるだけで百は下らないであろう圧倒的質量を誇るその大群は今にも俺を潰さんとして足を止めることなく迫ってくる。

 恐らく俺はここで死んでしまうのだろう。そもそもの話、こんな大群を相手に生き残ることができるのであれば、高くもない金を貰いにこんなところへは来ていない。

 恐怖心で塗り潰され、押し潰れそうになっている己の心を律し、逃げだすことなどできる筈がないのにも関わらず、今にも駆け出してしまいそうな己の足を抑えつけ、それでも尚、俺が憧れた理想の冒険者の最期のような状況に少なからず興奮している俺がいる。

 決して強くなく、ましてや最弱と揶揄されても仕方のない弱者である俺ではあるが、根はやはり冒険者。未知と苦難を前に興奮するなという方が酷というものだ。


「最期くらい全力で足掻いてやるよ!」


 そうして俺は負け、つまり死が確定している俺対大量の魔物の戦いの火蓋が切り落とされた。





「おい雑用係! 新しいゲートが見つかったらしいから特別にお前も連れて行ってやるよ!」

「分かりました。給金はいくらですか?」

「あぁ? 一万だけだ! むしろもらえるだけありがたいと思えよ!」

「分かりました。ありがとうございます」

「ふん! わかってるならいい。俺たちのパーティに入れて光栄だと思えよ!」


 とある冒険者協会の一角にて、炎城勝えんじょうまさるという上位冒険者に虐められている男、雑用係こと忠邦定峰ただくにさだみねは今でこそ『無能』やらなんやらという蔑称で親しま虐められているが、冒険者になる前はそれはもう天才といって差し支えない程、優秀な人物であった。


 学校では成績は最低でも十位、基本的には一位であった。短距離走の記録は陸上部員の殆どに勝ち越す程で、持久走に至ってはは学年でぶっちぎりの一位であった。さらに、人間関係も良好で、友人も多く存在しており、信頼できる親友も居た。

 しかし、世界にゲートが現れてから、その幸せな人生は幕を下ろした。


 誰も彼もがD級やC級、ましてやB級スキルを手にし、狂喜乱舞していたのに対し、定峰だけは何も得ることはできなかったのだ。

 最初の頃はまだ良かっただろう。特に付き合いのない奴らが勝手に定峰に対しての評価を下げただけであったのだから。友人たちは変わらず接していたし、親友も何も気にすることはないと定峰を励ましていた。

 しかし、必然というべきか。何のズレもなく動いていた歯車は急速に狂い始めたのだ。その理由は、世界のスキル至上化によるものだ。スキルには一般社会においても有用なものが多数確認されており、そのような人たちは悉く成功を重ねていった。

 そんな中でスキル無しな奴が活躍できるであろうか。否、できないであろう。そうなると、まるでドミノのように、鼠算式に一人、また一人と定峰の前から離れ、遥か遠方より定峰を揶揄し、蔑んだ。


 そんな定峰の心の拠り所は最早親友しかいなかった。風邪で休んでいたらしく高校に来ていなかった親友の家へ定峰は向かった。しかし、そこにはいつもの様な穏やかで微笑みかける親友の姿はなく、怒り心頭といった様相で、物に当たり散らかしている今までに見たこともない親友の姿だった。

 そんな親友は何かを叫んでいるようだった。全ては聞き取れなかったものの、聞き取れたほんの少しだけであっても、それは俺の心を折るには十分すぎる言葉であった。

 曰く、「折角後々大成功するであろうと思って唾をつけておいたのに、何なんだあの無能は!」と。



 定峰がこのような扱いを受けることとなった元凶であるスキルは世界を革新させる程の力を誇っていた。ゲートの攻略にスキルは必須なのだ。剣術や魔法を使うこともできるが、そんなものよりも圧倒的な力を持つのがスキルだ。

 A級スキルホルダーともなれば、一人でB級スキルホルダーを10人相手したとしても圧勝できる。ちなみに、B級は10人で一国と同等の戦力を持つとされている。


 又、ゲートに入ると、ダンジョンにつながり、そのダンジョンからはアダマンタイトやヒヒイロカネなどの幻の鉱石、ダンジョン鉱石が産出したり、魔物を倒せば魔石が落ちたりするのだ。

 ダンジョン鉱石は建築などに広く使われ、魔石は新たなエネルギー源として活用されている。

 もちろん一般社会においてもスキルは重要な役割を果たしている。

 そんな中でスキルを持たぬ無能となれば、それはもう無価値に等しいであろう。如何したって人の身では神には逆らえぬように、風鈴が会得した単純な技術や魔法なんぞでは到底追いつくことのできないものなのだ。


「勝君、あまり定峰君を虐めないであげてくれ。彼も頑張っているんだよ」


 定峰のことを虐める炎城を、宥めるかのように叱っているのが炎城の所属するパーティー『希望の剣』のリーダーの望月馨もちづきかおるだ。

 望月は『月光の加護』という珍しいスキルを持っており、それに加えカリスマ性も十分であり、実力も確かな正にリーダーとなる為に生まれてきたと言っても過言ではないといった男だ。

 そんな望月がリーダーを務める『希望の剣』というパーティーは新進気鋭の新人パーティで、リーダーの望月がB級冒険者、副リーダーの鬼崎剛介おにざきごうすけは限りなくB級に近いC級、炎城は攻撃力だけB級のC級、その他のメンバーもC級を超えているパーティーだ。

 普通、パーティーランクをG級からC級に上げるのに1年はかかるのだが、『希望の剣』はわずか1か月程でC級までのし上がったのだ。期待の星と呼ばれ、今最も注目されている新人パーティと言っても過言ではないだろう。


「チッ。分かったよ馨さん」


 炎城は望月に謝罪だけすると、不貞腐れながらも恐らくゲートがあるであろう方向へと歩いて行った。風鈴はズシズシと歩く炎城を背後から一瞬睨み付けるも、すぐさま柔和な笑顔に戻り望月へと向き直る。


「助かりました、望月さん」

「いや、いいんだよ。勝君が失礼をしたみたいですまないね」

「いえ大丈夫ですよ。もう慣れたものですから」

「そうか……なにかあったら言ってほしい。力になるよ」

「ありがとうございます。そんなこと、起きないのが一番うれしいですけどね」

「ははは。違いない」


 望月はB級の中でもトップクラスの実力を誇っており、定峰のような『無能』と蔑まれるような底辺に対しても差別することなく接する聖人君子のような人物で、多くの人から慕われている。世辞ではあるだろうが、そんな人物が力になると言ってくれているのだ。定峰にとってこれ以上ないくらいには嬉しいことであろう。


「それじゃあそろそろ行こうか。ちゃんとついてきてね」

「分かりました」

「すこし離れの山の中まで行くからね。疲れたら言ってね」


 現在、大量のゲートが発見されているが、今でも未発見のゲートはたくさん眠っていると考えられている。今回のゲートも新発見のゲートだ。

 ゲートによっては攻略が遅れると、ダンジョンブレイクという災害を引き起こすことがある。いずれの国も、ダンジョンブレイクで大きな被害を被ったため、現在ではゲート攻略が世界各国の最も優先される事柄で、世界各国では不戦条約が結ばれており、疑似的な世界平和が続いている。

 脆く、いつ千切れるか分からないような鎖ではあるが、それでも無いよりかはマシであろう。きっとこの条約が無ければ世界はもっと混沌としていたであろうから。


 定峰は暫く望月との談笑に花を咲かせながら歩いていた。周囲に流れる深緑や、いつの間にか空を覆っている曇天には気づくことなく、ただ望月との談笑を純粋に楽しんでいる様子であった。

 漸くゲートの下へたどり着くと、そこには異様な光景が広がっていた。緑色の木々に囲まれた、穴のようなものがそこにはあった。

 いや、亀裂といった方が正しいのかもしれない。どちらにせよ、普通の自然界では起こり得ない、それこそ超常現象としか思えない程の光景であった。


「遅れてすまない。さて、最終確認としよう。いつもの通り僕は後方からの魔術支援と司令塔の役割を受け持つ。戦線が厳しくなれば大技を放つからそこだけは把握しておいてほしい。そこの定峰君は荷物運搬人ポーターだ。ぞんざいに扱うことはしないで上げてほしい。それと、気軽に頼ってあげてほしい。勝君がメインアタッカーで……」


 望月が次々とパーティーメンバーへと指示を出していく。普段はこのような細かい指示は出していないのだが、まだ誰も足を踏み入れたことのないゲートなのだ。慎重にならざる負えないのだろう。

 望月の指示を横目に、定峰は雑用係としての仕事を行っていた。


 揶揄や蔑称として雑用係と言われているが、そう言われるには言われるだけの理由があった。最初の頃の定峰は『千里』というパーティーに所属していたのだが、余りに弱く──今でも弱いが──すぐにでもパーティーを追放されそうになっていたのだ。

 定峰は追放されまいとほんの些事でもいいからと、自ら雑用係を買って出て、暫くその役割に甘んじていたのだ。しかし、この行為は寄生と思われてもおかしくなく、一週間程度しか続かなかったわけだが。

 それからというもの、定峰は『雑用係』としてパーティーメンバーではなく荷物運搬人ポーターという名目の下、低賃金で働かされているのだ。


 さて、この話は一度おいておくとして、まずは持ち物の管理だ。ポーションにロープや、野営セットにマッチ、ツルハシやランタンなど、任された荷物に抜けがないかチェックしていく。

 備品に不備がないことを確認し終えたら、次は装備品の管理だ。刀剣類に刃毀れがないかチェックし、あれば報告をする。定峰は一つ一つ丁寧かつ慎重に確認していたが、特に見当たらなかったようだ。


 定峰は確認を終え、望月たちの準備を遠目に眺めていた。もちろん準備と言っても不備がないかの確認と、作戦の確認くらいのものであるが。今更大規模な準備をしていたとしたら、それは少しばかり悠長にしすぎである。


「最終確認は終了だ。みんな準備はいいな? 出発だ!」

「「「おおおおおおお!!!」」」


 パーティーメンバーが準備を終えたのを確認した望月が普段の口調とは違った、皆を鼓舞するような口調で声を張り上げる。パーティーメンバーたちもそれに応え、空気が張り裂けそうな程の声量で叫んでいた。

 心なしか空元気に見えないこともない『希望の剣』の面々の雄叫びだったが、そんなことに気付く暇も無い程に定峰は興奮していた。

 今から向かうゲートは、誰も足を踏み入れたことのないダンジョンなのだ。危険に満ち溢れているはずなのだが、定峰の目には期待しか宿っていなかった。その表情はまるで新しいことに興味津々な子供の様で、何処か危なっかしく見える。見る人が見れば庇護欲を刺激されるような表情であろう。


 たとえ、いくら弱かったとしても定峰は冒険者なのだ。冒険する者と書いて冒険者。そのままではあるが、冒険者を表す言葉において、これ以上ないくらいに冒険者という人種のことを表しているだろう。

 未知を求め、危険を搔い潜り、時には難敵に挑む。そんな人種のことをひと昔前の人々は冒険者と呼んでいたのだ。本の中の御伽噺でしかなかった冒険者という職業が、今現実にある。

 好奇心に勝てぬ、未知を求める人々はこぞって冒険者になっただろう。今でこそ最も稼げる職業として名を馳せている為、そういった人々は少ないが、それでも存在はしているのだ。

 風鈴もそんな中の一人であった。決して安全ではない道のりではあるが、未知を既知に変えることができるというのであれば、落ち着いてはいられないという冒険者変態であった。


 この先には何があるのだろうか。あらたなダンジョン鉱石が眠っているのかもしれない。はたまた未発見の魔物がいるかもしれない。そんな期待を裏切り、特段変わったことのないただのダンジョンかもしれない。

 風鈴は淡い期待を胸に寄せながらゲートを潜った。



_________________

望月馨

『月光の加護』

月魔法が使えるようになり、威力がn%上昇する。

月の満ち欠けによって倍率が変動し、満月では1000%、新月は上昇なし。

日食時では無制限の魔法使用が可能になる。

月食時は、魔法の使用が不可能になり、身体能力も著しく減少する。



世界観の設定? バランス調整? 合理性諸々? プロットの作成? そんなの知らねぇよ!

と、はい筆者の風鈴です。ほぼほぼ何も考えずに執筆していますので急に更新が止まったり、行方不明になったと思ったら帰ってきたりと慌ただしいと思いますがどうかお付き合いください。

この作品について気になった点や助言など御座いましたら何でも言って下さい。多忙の身ではありますが、できる限り要望に応えますし、助言も私自身の成長にもつながりますのでどうかよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る