第6話 ボロ家

 その家は村のはずれにぽつんとあった。壁にはツタが巻き付き、木製の扉の下の方はもはや腐りかけていた。手入れの行き届いていない小さなボロ家。


 料理店の店主の話によれば、そこには4人家族が住んでいた。線の細い父親はあまり力仕事が得意でなく、この家の大黒柱は男勝りな母親だった。子どもは2人いて、上の女の子は7つかそこら。下の男の子は2つくらいのかわいい盛り。家の中の細かい事は父親がやっていて、両親ともに子煩悩な、貧しいながらも、仲の良い家族だったそうだ。


 しかし、ある時から状況は一変する。母親が病に掛かったのだ。父親は慣れない力仕事で家計を支え、看病、家事に育児もこなしたが、あまり上手くはいっていないようだった。元々、外とのコミュニケーションは母親が取っていた。母親がこの家と外との繋がりを保っていた。母親が床に臥せって以来、その役は父親が担ってはいたのだが、元来内向的な父親では、やはり急には上手くいかなかった。


 そうして、しばらく経ったある日。家族は忽然と消えたのだ。食べかけの、具のほとんど入っていない薄いスープそのままに。ついさっきまでここで生活していた、そんな痕跡を生々しく残して。


 どうやら家族は借金をしていたらしい。金を貸していたのはこの村の村長。「返すのはそのうちで良かったんじゃが」と、村長はとりっぱぐれたことをさほど気にした様子もなく、むしろ家族のこれからを心配していたようだった。


 それが4日ほど前のこと。村の人々は、村を捨てた家族のことなど忘れて、すっかり日常生活へ戻っている。


(「咲いている」)


 ソニアの足元に白い花が咲いていた。年がら年中どこにでも咲くその花は、ソニアの足元からボロ家の扉へと続いている。花は朽ちた扉の隙間から家の中へ入り込んでいるようだった。


 そして、気がつけば青白く光る蝶がどこからともなく現れた。蝶は地面近くをふよふよと舞って、扉の前で待っている。まるで、ソニアに早く扉を開けろと促しているよう。


(「まだ、ここにいるんだ」)


 ソニアは剣を引き抜いた。刃先が日差しに煌めく。ドアノブを捻り、中を伺いながら、慎重に一歩を踏み出した。家族4人が座れるダイニングテーブルには、食べかけの食器がそのままになっている。誰かと争ったような形跡もない。静かな不在。


(「たしかに夜逃げと思われても仕方がない。だけど…蝶がいる」)


 白い花は壁を伝っていた。青い蝶は律儀に花の跡を辿っている。やがて蝶は天井にぶつかり、その先にも生えているだろう花を追いかけられず、困惑したように宙を漂っていた。


(「天井裏があるのか」)


 外観から考えるに物置小屋程度の広さだろう。家の中に梯子はなく、あまり使っていなかったことが容易に想像できた。そもそもこの家には物自体が極端に少ない。必要最低限、それがあるだけ。


 ジョン・ボルテクスは上にいる。はず。しかし、人の気配は全くしない。こちらに気づいているのか、いないのか、それも分からない。向こうから仕掛けてくる気配がない以上、こちらから仕掛けるしかあるまい。まずは梯子を探してきて―


 そこまで考えて、一旦家を出ようとしたとき、ソニアの目の前を青白い物がひらひらと落下した。天井に漂っていた蝶が、ソニアの足元で事切れている。


(「なんで―」)


 ソニアの思考はそこで止まった。突然、目の前の光景がぐにゃりと歪み、もう立ってもいられなくなって、眠るように意識を失った。

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