第5話 ロールキャベツ
―メロド村―
ソニアは快楽殺人鬼ジョン・ボルテクスの所在を掴むべく、村の料理店に足を運んだ。
時刻はちょうど昼飯時。その料理店は、村では有名店と見えて長い行列が出来ていた。しかし、それも、赤いニスデール姿のソニアが現れた瞬間、蜘蛛の子を散らすようになくなってしまった。店の中も最初は混んでいたが、すぐに誰もいなくなった。注文をしていなかった者は用事を忘れていたと慌てて引き返し、食事中だった者は掻き込むようにしてご馳走さまとそそくさ出ていった。
かくして、料理店には店主とソニアの二人っきり。カウンターに腰掛けたソニアに、仏頂面の店主はメニュー表を雑に手渡した。
「…何にします?」
ソニアはメニュー表を見もせず押し返した。
「おすすめは?」
「ロールキャベツ」
「じゃあそれで」
会話はそれで事足りた。しばらく待つと、はち切れそうなほど具の詰まったロールキャベツがソニアの前にしずしずと出された。一緒に出てきたチーズリゾットも胡椒が効いていて食欲をそそりにきている。
ソニアはごくりと唾を呑み込み、小さな声で食前の祈りを捧げると、フォークとナイフでロールキャベツを器用に切り分けた。切った瞬間溢れた輝き放つ肉汁に、思わず吐息が漏れる。口に入れれば、甘みのあるキャベツと下味の効いた肉が奏でる味のハーモニーと食感に、あやうく天を仰ぎそうになった。
(「人が並んでるだけあって、やっぱり正解だ」)
美味しい。美味しいのだ。そこに空腹という最高のスパイスも加わって、もう、堪らん。天へも昇る心地とはまさにこのこと。
「できれば死神装束でのお越しはやめていただきたいのですがね。客が減るんで」
腕組みした店主の至極真っ当な一言で、ソニアの心はあっけなく現実に引き戻された。そうだ。ここには聞き込みに来たのだ。決して、いい匂いに誘われて、たまたま入ったわけではない。断じて、ない。
ソニアはナイフとフォークを置き、ナプキンで口元を拭った。
「悪いが、こちらも仕事なんだ…ジョン・ボルテクスという男を知らないか」
「ジョン…ボル…? いや、知らないな」
ジョン・ボルテクスは本名だ。罪人が潜伏先で本名を使うわけがない。店主がその名を知らないのも、また当然だった。ソニアは質問を変えた。
「じゃあ、最近この村に来たものは?」
「最近?」
店主はしばらく考えるようにしていたが、ふいに眉を顰めた。
「最近来た人間は知らない。けど…最近、消えた人間はいる。家族で夜逃げでもしたんだろって噂だったんだが」
そこまで言って、店主はソニアを嫌そうに見下ろした。
「あんたみたいなのがこの村に来たってことは…つまり…」
「だろうな」
ソニアはロールキャベツの汁まで残さずきれいに食べとった。腹の底から温まり、喉は美味しいものが通過した喜びに未だ震えている。そんな中、心だけが、次第に冷静さを取り戻しつつあった。
ソニアは懐から銀貨を取り出すと、昼食代としてカウンターに置き、ゆっくりと立ち上がった。
「で、その家族が住んでいた家の場所は?」
ソニアの次なる目的地が決まった。
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