4話
凰鳴神社――その歴史は長く、前身となる
主祭神は“鳳凰”であり、二神一体で一柱の神である。
鳳凰は別名、火の鳥や不死鳥、四神相応になぞらえ朱雀とも呼ばれる。
火を司り、死と再生の象徴である。
巫女――凰鳴神社に仕える巫女は、大きく分けて二つの呼び名がある。
“巫女姫”は、神託で神に選ばれた巫女、もしくはもっとも神に近い霊力を宿した巫女に与えられる特別な呼び名で、長い歴史を持つ凰鳴神社でも、そう呼ばれた娘は、歴代で片手で余るほどしかいない。
“巫女”は、巫女姫以外を指す。巫女姫に選ばれなくとも、その代でもっとも強い霊力を持つ巫女は、“巫女筆頭”となり、数多いる巫女の代表となる。
守り人――巫女に仕え、巫女を守るモノ。
基本的に霊力の高い男が選ばれ、力の近い巫女にあてがわれる。
理由は単純で、巫女と同等の力が無ければ、巫女を霊的な存在から守れないからだ。神託で守り人に選ばれたのは、ただ一人と言われている。しかし、記録が少なく不確実だ。
それ以外にも巫女自ら指名して守り人を選ぶことがある。
借りてきた本の一部を要約するとこんな感じだろう。
唯から聞いていた話と一致するものも多い。
光留は、天井を見ながら、小さく呟く。
「神託で守り人に選ばれたのは、ただ一人……」
それが、夢の中の自分――月夜、なのだろう。
幼い頃は純粋に兄として、妹を愛していた月夜。
妹が成長するにつれて、家族としてだけでなく、唯一の女性として愛した。
月夜はただ、愛する妹を守りたかっただけだ。
なのに、いったいどこから間違ったのか。
そもそも、妹を愛したのが間違いだったのか。
きっと、考えても正解なんてわからない。
光留は再び本を手に取る。
凰鳴神社に仕える巫女は、能力の個人差はあれど、炎を操る事ができる。そのため、“火の巫女”と呼ばれることもある。
炎は神から力を借りているため、引退した巫女や死んだ巫女は使えない。神の力の宿った清い炎で神事を行うからだ。
巫女の主な仕事は、札を作り、神に祈りを捧げ、村の結界を維持することだ。巫女の結界があることで、村は盗賊や野犬、霊的な存在や大きな天災から守られる。また、年に数度ある祭りの炎を灯すのも巫女の役割だ。
他にも儀式で奉納舞を納めたり、村人の病や怪我を祓うなど、様々な仕事をこなす。
そして、一番大きな仕事は、年に一度ある
ここまで読んで光留は、「ああ……」と納得した。
唯から、巫女は高待遇と聞いていたが、この本を読む限り確かに重労働だろう。本に記載はないが、厳しい規則もあっただろうし、修行もしなければならない。
常に死と隣り合わせの仕事なのだ。当時は今ほど医療も進んでいないし、若い娘が亡くなれば子供も増えない。だから、巫女も婚姻が許されたのだろう。
「閉鎖的な村だって言ってたし、妥当なところだよなぁ」
けれど、よく生贄の条件は純潔の乙女だというが……。
『あぁ、それね~。うーん、神様は今でいう高次元の存在だから肉体の純潔は関係ないんだって~。魂の清らかさが純潔の条件なんだって~』
朱華に聞けばその答えはすぐに返ってきて、これもなるほどと思う。
確かに、神が現世に干渉するには巫女の身体を借りなければならない。逆に人間が神に干渉するなら死ぬしかないのだから、肉体は正直どちらでもいいのだろう。
『そうだよ~。でも、確かにときちゃん、昔よりは力落ちたかも~。やっぱりいろいろ経験しちゃうと、人によっては魂の在り方そのものが変わっちゃうからかも~』
それも一理ある、と光留は思う。
『それにね~、女の子は恋をした方が純潔を保てるんだって』
「え……」
『ほら、よく言うじゃない? 女の子は恋をすると綺麗になるって。女の子は好きな人の為にいくらでも努力するから、そういう純粋さが神様にとって好ましいんだって~』
「なるほどねえ……」
神様が好む娘というのも様々だ。光留にはよくわからないが、そう言うものだと受け入れるしかない。
「で、守り人は……っと」
守り人は、巫女を守る存在である。
村の要である巫女を守るための剣であり、盾である。時に巫女の受ける傷や呪詛を肩代わりをする依り代となるため巫女の対となる存在である。
巫女の守り人となるには、対となる巫女の血をしみ込ませた持ち物を持つか、あるいは血そのものを体内に入れることでより強力な繋がりとなる。苦楽を共にすることからそのまま伴侶となることも多い。
「え、これだけ……?」
巫女よりもざっくりした説明に、光留は嘘だろ、とぼやく。
しかし、唯の守り人として認められる方法はわかった。
「血、ねえ……」
血縁が守り人になりやすいのは、巫女と血のつながりが強いからだろう。全くの赤の他人が、他者の血を飲むなんて怖気が走ると考えるものも多い。だから、巫女と違って名誉とは言い難いのかもしれない。
『あたしの守り人だった人もね~、血を呑むの、すんごい嫌がられたぁ。だからお守りにあたしの血をしみ込ませたお札を仕込んで渡したよ~』
と、朱華も言っていた。
その点、月夜は彼女の実の兄という誰よりも強い血の絆がある。両親を亡くし、幼い妹を守らなければという強い責任感もあり抵抗も無かったのだろう。
それはそれとして、今の光留では彼女と血のつながりは皆無に等しい。朱華が言うには魂にその縛りがあるからあとは唯が認めればいいだけらしいのだが、結局のところ唯に逢わなければ何も出来ないのだ。
他に守り人について何かないかと思って探したが詳しいことはほとんどわからなかった。
「手詰まり、か……」
あと考えられるのは、凰鳴神社に行って聞くしかないのだろう。
今週末にでも行こうと光留は本を閉じる。
「てか、お前は何時までここにいる気だよ」
光留は朱華をじろりと見る。
『ん~、大丈夫。お風呂とかトイレとか覗かないよ~? あ、えっちな本とかも気にせず読んで大丈夫だよ~』
からかうように朱華に言われ、光留はイラっとする。
「出来るかっ!」
『えへへ~、冗談だよ~。うん、さすがに唯ちゃんの大事な人に手は出さないよ~。あたしは外に行くから気にせず寝てね~』
そういうと朱華はするすると壁を抜けて外に出ていった。
光留ははぁ~とため息を吐くと寝る支度をしてベッドに潜り込む。
思っていたよりも疲れていたのか、すぐに眠気はやってきた。
「これより、対従ノ儀を行う。巫女姫――の守り人となるは、神託で選ばれし月夜である」
老人の厳かな声の響く広い部屋の中央へまだ幼い彼女は、びくびくとしながら前へ進む。
それを心配そうに見つめる自分に、「あぁ、これは夢だ」と光留は瞬時に悟る。
慣れた夢への感覚ではあるが、いつもと雰囲気が少しだけ違った。きっと月夜の記憶なのだろう。
光留はそれを追体験するように、その感覚に身を任せた。
「月夜、前へ出なさい」
「はい」
月夜は少女の反対側に立つ。不安そうな少女に大丈夫だと安心させるように笑いかける。
部屋の中央には祭壇があり、その上に小さな器がある。
月夜は、少女の前で膝を折り、服従の意を示す。
「我、月夜はこの時より巫女姫様の忠実なる
幼子にもわかりやすい言葉だが、少女にとって月夜は実の兄である。それが自分の僕になるというのは実感もないが、僅かに抵抗がある。両親と共に、守り人の最期を看取ったこともあるから余計にそう思うのかもしれない。
戸惑いながらも、いつまでも頭を下げ続ける兄の顔を上げさせるにはこれしかないのだと、わかっている。
何度も兄本人や周囲から言われていたし、何度も練習したから出来る。
でも、本当にいいのかと、幼いながらにも思ってしまうのだ。この言葉を言ってしまえば、兄を一生自分に縛りつけることになる。
結婚だって普通にできるだろうし、少女が死ねば解放されるのもわかっているが、兄に見捨てられたくないというのも本音だ。
少女はちらりと周囲を見渡す。誰もが早くしろと訴えているのがわかる。この状況に居たたまれなくなり、少女はぐっと手を握り込む。
「わ、我、巫女姫たる――は、あに……じゃなくて、つ、月夜を守り人として認める。わ、我が眷属としていかなる時も我を守れ」
つっかえ、間違えながらもなんとか練習通りに言い切る。
緊張で心の臓が飛び出してしまいそうだった。
このあとは、えっと……と、という緊張のあまりど忘れしている少女の声が頭上から聞こえ、思わず吹き出しそうになった。
(いけない。これは神聖な儀式だ。笑ったら――がかわいそうだ)
けれど、一生懸命な妹が可愛くて、今すぐに抱き締めてしまいたい。まだ五歳の少女に酷なことをしているのはわかっているが、この先二人を守る誓いでもあるのだ。
月夜はこっそり少女に器の横にある小刀を指さす。「あっ」という声が聞こえ、思い出したように震える手が小刀を握った。
これには月夜の方がはらはらさせられた。幼い娘に刃物を握らせるのはどうかとも思ったし、指先に小さな傷をつけるのも本当は嫌なのだが、儀式なのでぐっと堪える。
少女は痛みに備えてぎゅっと目を閉じて小刀を指先に走らせた。
「いっ……!」
痛みに悲鳴を上げて、月夜に泣きつきたかったが、周囲の目が怖くてできなかった。涙目になりながら、じわりと溢れた血を器に垂らす。
ほんの数滴の雫。真っ赤な血は、不思議と嫌悪を感じない。むしろ喉を潤す恵みの水のようにも見えた。
少女が差し出す器を、月夜は恭しく受け取り、口をつける。鉄が錆びたような、普通の血の味だ。決して美味しいものではない。
けれど喉を通ると酒を飲んだかのようにかっと身体が熱くなり、少女との繋がりを深く感じた。身体も、魂までも少女の物になったのだとわかる。それが、嫌だとは思わない。
(これで、――を守れる)
いない両親に代わり、これから先もずっと自分が少女を守っていくのだ。
それが自分の矜持であり、一生涯の役目。高揚した気分になり、月夜はどこか夢見心地だった。
「巫女姫様の為に、生涯この身を捧げます」
十歳とは思えないほど、強い感情のこもった決意表明。
儀式は恙なく終わり、こうして巫女と守り人としての生活も始まった。
あの儀式から二年が経った。
まだ修行中の身ではあるが、神託で選ばれた巫女姫として、日々立派に務めをこなしている。
月夜も、大切な妹を守るため鍛錬を欠かさない。もともと得意だった弓を始め、体術や剣術の訓練の傍らで、次期長としての勉強もして、忙しい毎日を送っている。
今日は何度かある儀式の為、巫女姫である彼女は祭壇で祈りを捧げ、月夜は座敷で弓鳴らしをしていた。
巫女姫が儀式に集中するため、彼女が張った結界が解かれているからだ。他の巫女の結果があるとはいえ、彼女を守り、邪気払いをするのは自分の役目だ。
一晩中鳴らすのももう慣れていて、指が痛くとも、腕が痺れていても、気にならない。――ただ、彼女が無事であればいい。それだけを祈って弦を鳴らす。
どれくらいそうしていたのか、ふっと外に違和感を覚えた。
「……なんだ?」
嫌な予感がする。巫女姫や巫女の結界があるため滅多なことではこの村に外敵は訪れない。けれど、肌を刺すような空気を感じる。これは邪気だ。
結界が弱まっている今、弓を鳴らしていても、完全に邪気を祓えるわけではない。
びぃん……びぃん……と一定間隔で弓を鳴らし、周囲を伺う。近い。
「狙いは、巫女姫か……」
月夜は弓を鳴らしながら、座敷を出て面している廊から外に出る。
(いた)
廊の向かいにある対屋の屋根の上。黒い靄のような影が、いる。
月夜は弓を鳴らすのを止めた。代わりに手のひらに炎を纏った矢が現れる。
この矢は、対従ノ儀の後から扱うことのできるようになったものだ。どうやら、彼女の守り人になったことの恩恵らしい。
影はまだこちらに気付いていない。浄化の炎を纏った矢を弓につがえ、狙いを定めて一呼吸の後、射た。
シュッと風を切る音の後、『うおおおおおおっ!』という断末魔が響く。だが、そのすぐ後背後に気配を感じた。
「なっ……!」
巨大な影が、そこにいた。油断していたわけではないが、強い気配に注意を逸らされていたせいで、気付くのが遅れてしまった。
もう一体の影は月夜を通り過ぎ、真っすぐに儀式場へと向かった。
「しまった! 巫女姫!!」
狙いは月夜が守るべき存在である妹。彼女の結界さえなければ、悪霊や落神、盗賊や野犬などこの村を蹂躙することは容易いからだ。
月夜は影を追い、儀式場へと踏み入る。
「巫女姫!」
「え……兄、様……?」
先程から外が騒がしいとは思いつつも、儀式を中断するわけにはいかない。
けれども気になって仕方なかった少女は、兄に呼ばれて集中力が完全に切れ、つい振り返ってしまい驚きに目を見開く。
「落神っ……!」
月夜が焦った顔で落神を追っていたが、わずかに落神のほうが早かった。儀式中とはいえ、迫る邪気に気付かず接近を許してしまった。
神聖な場だ。すぐに祓わなければと、少女も身構えるが戦闘の訓練の無い少女が取れる手段は少ない。祝詞を唱えようと口を開くが、それより早く影が手のようなものを振りかざす。
『死ネエエエエ、巫女姫エエーーー!!』
「っ!」
とっさに目を瞑った。その直後、何かが覆いかぶさるように押し倒された。その衝撃以外は痛みもなく、恐る恐る目を開けると、苦痛に顔をゆがめる兄がいた。ぽたり、と少女の顔に生温い液体が当たった。
「兄、様……?」
これは、血だ。少女の顔からみるみる血の気が引く。
それを見た月夜は、安心させるように微笑む。
「大丈夫か?」
「は、い……」
頷くしかなかった。月夜の頭や身体から、血が溢れている。叫びだしたいくらい痛いのに、それを我慢しているのが分かる。
月夜は「よかった」と心底安心したように呟く。どうやら間に合ったようだ。
「兄様……怪我を……」
少女が震える声と手月夜の袖を引く。
「これくらい、っ、平気だ……」
正直、息をするのも辛いくらい痛いが、泣き言を言っても状況は変わらない。何より、自分がすべきことは、月夜の可愛い妹を守ることだ。
(流石に、一人で倒し切るのは無理か……)
思った以上に傷が深いのか、血が止まらない。他の巫女や守り人もそろそろ騒ぎに気づくだろうが、他にも落神がいるなら、ここへ来るまでに時間がかかるはずだ。
なら、自分達でやるしかない。
巫女としても、守り人としても未熟だけれど、霊力だけは誰よりも恵まれた。
「巫女姫、戦えるか?」
月夜は敢えて肩書で呼んだ。まだ七つだが、彼女は立派な巫女姫だ。自分なんかよりもよほど強い。
少女は、震えながらもこくり、と頷く。
「いい子だ。俺の、可愛い巫女姫」
月夜は、ぐっと弓を握り直し、背中の痛みを振り払うように弓で影を薙ぎ払う。影――落神は舌打ちしながら数歩分の距離をとる。
弓では接近戦には向かない。かといって今の月夜は武器になるようなものはこの弓しかない。
炎の矢を手のひらに出現させ、そのまま投げつける。弓につがえる時間を惜しんだがための判断だが、弱った身体では勢いは出ず、落神は身体の形をぐにゃりと歪め、炎の矢を躱す。かすりもしなかったことに月夜が舌打ちする。
(何か、手はないか……?)
せめて、清めの炎が届けばいいのだが、月夜が負った傷から徐々に呪いも入り込んできている。おそらく、本来は巫女姫に向けられた呪詛だろう。
巫女姫の依り代である守り人の月夜が肩代わりするのは当然のことではある。
(こんな悍ましいものが、俺のかわいい妹に向けられるなんて、腹が立つ)
小さな妹に害がいかなくて本当に良かった、と心の底から思う。
とはいえ、このまま放っておけば月夜は確実に常世の住人になってしまう。早く決着をつけなければ。
何かないかと周囲を見渡すと、妹が不安そうに、心配そうに月夜を見ている。
「兄様、ここは私が……」
胸元で両手を握る妹を見て、ふと思い出す。
彼女には、両親の形見である小刀を渡している。
だが、この子に危険なことはさせられない。やるなら、自分しかいない。
「ああ。俺が時間を稼ぐ。出来るな?」
多分、落神を確実に倒すなら、巫女姫の言葉以上に効くものがない。
彼女もそれが分かっているから、神妙に頷く。
「はい」
泣きそうな妹の頭を撫でようとして、やめた。今の自分の手は血で赤く染まっている。穢れさせてはいけない。
「小刀を貸してくれるか?」
彼女は頷いて、お守り代わりに懐に仕舞っていた小刀を月夜に渡す。
両親の形見の小刀は、月夜の手にもよく馴染んだ。
「頼んだぞ」
月夜は改めて落神に向き合う。正直勝てる気がしない。しかし、今この村で最も強力な力を持つ守り人は月夜であり、それよりさらに強いのは巫女姫である彼女だ。ここで、二人で食い止めるしかない。
まだ十二歳で実戦経験も多くない。それでも、村を、大切な愛しい妹を守りたい。
月夜はずきずきと痛む背中を無視して、小刀を構える。
『小童ガ、我ニ勝テルト思ッテイルノカ』
「落神ごときが、巫女姫に敵うわけ無いだろ」
月夜は小刀に炎を纏わせる。すぐ後ろから、巫女姫の謡うような、澄んだ声が祝詞を唱え始めると、月夜の痛みをやわらげ呪いの進行を遅らせる。
(これならもう少し動ける!)
月夜は落神の気を引くように複数の炎の矢を空中に出現させ、一斉に射た。
慣れない術は簡単にかわされてしまったが問題ない。
『小賢シイ。ソノ程度の炎ガ我ニ届クト思ッテイルノカ!』
落神が一喝すると大地が震えた。ビリビリと肌を刺すような悪寒に背中の痛みと呪いが疼く。
(落ちてもやはり、元は神なだけあって相当な力だな……)
月夜は冷静に状況を判断しつつも、炎の矢の攻撃を止めない。
これはただの足止めに過ぎない。少しでも巫女姫と落神の距離を稼ぐために。
だが、時間はない。巫女姫の祝詞が痛みを鈍らせているだけで、傷そのものは塞がっていないし、徐々に頭痛や疲労が体力を奪っていく。正直、今にも意識が飛びそうなのを、痛みが引き止めている。
(巫女姫だけは、絶対に守る)
月夜は手のひらに炎の玉を作り、落神に投げつける。が、やはり当たらない。
「ちっ、すばしっこい」
だが、巫女姫との距離を十分に稼げた。
儀式場という狭い場所では、おそらくこれが限界。巫女姫の祝詞は祓詞になり、もうすぐ完成する。
(たった一撃……いや、かすり傷でいい。それさえあれば……)
月夜の炎が届く。その炎を媒介に、巫女姫の清めの炎が落神を焼き尽くす。
月夜は腰を落として足に力を込める。
体力的にもこの一撃が決め手になるだろう。
深く息を吸い込んで、月夜は駆け出す。
「はあああっ!」
低い位置から、落神に小刀を打ち込む。
『フッ、コノ程度カ』
(――浅い)
わかっていた。けれど、月夜の今の力ではこれが精いっぱいだった。
それでも、小さくとも傷を、炎を仕込むことが出来た。
「燃えろ」
月夜が小さく呟くと、小刀を通して、落神が燃え上がる。
『グアアアアアアーーーーッ!!』
月夜は数歩離れ、膝をつく。その直後。
「急急如律令――」
少女の澄んだ声が、儀式場に響き渡り、場が清められる。
邪気に包まれている落神には効果覿面で、炎はさらに大きくなり、瞬きの後完全に灰となった。
それを見届けた月夜は力が抜け、その場に倒れ込む。
「兄様!!」
少女が駆け寄り涙を流しながら「誰か、誰か来て!!」と叫ぶ。
体中が痛かったが、守れたことに満足して月夜は意識を手放した。
ここで、光留もハッとして夢から醒めた。
寝る前に読んだ本の影響だろうか。
光留が見たかったものの一端が見えた気がした。
「弓でも習えってか……?」
いや、そういうことではないとわかっている。ただ、守り人とは本当に命がけだ。
守り人の役目は、想像以上に過酷だ。
月夜は、守りたいものややるべきことが明確だったがゆえに、固い決意が強くさせた。
今の光留にないものだ。
(でも、実の妹にあそこまで命かけられるか?)
光留自身は兄弟姉妹はいないが、友人たちの中には上や下がいる。裕也にも確か姉と弟がいた気がしたが、月夜ほど執着はしない。
月夜の異常とも言えるほどの妹への想いは、両親を亡くしたことに由来するのか、はたまた別のところにあるのか、今の光留にはわからない。
いつかわかるのだとしても、結局のところ、唯に逢わなければ何もならないのだろう。
光留は寝起きにもかかわらず、盛大な溜息をついた。
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