第二章
第二章-1話
少女は村の神事を司る、巫女の一族に生まれた。
母は、当時の村で一番力を持った巫女で、父は村長の息子だった。
娘には兄がいた。五つ年上の兄は、両親の才能を受け継ぎ、高い霊力と素質を持っていて、次代の巫女姫の守り人としても、次代の長としても期待されている。
そして、娘もまた、両親の才能を受け継ぎ、母よりも高い霊力を持って生まれた。
両親は神様からの贈り物だと大層喜んだ。
娘はすくすくと育ち、五つにして巫女としての才能を開花させた。
村人も、次代の巫女姫候補を大切に扱った。
優しく、幼子特有の好奇心もあり、真面目で素直な娘は、家族や村人たちに愛される存在だった。
娘が望んだものは、大概手に入った。
恵まれていると、幼心に理解はしていても、一つだけ手に入らないものがあった。
「姫――私のかわいいお姫様? どうして泣いているの?」
優しい母の声。けれど娘は悲しい顔をしたままだ。
「姫よ、何か欲しいものがあるなら、この父に遠慮なく言いなさい」
父の気遣う声にも、娘は涙を溢す。
そして、たどたどしい声で話す。
「お父さま、お母さま。姫はどうしてお名前がないのですか? お父さまも、お母さまも、兄さまも、村の人もみんなお名前があります。どうして姫だけないのでしょう……」
娘は、村で唯一名前がなかった。
両親は顔を見合わせる。
「姫は特別なの。あなたのお名前は、きっと神様が素敵なお名前を贈ってくれるわ」
「ああ、そうだとも。姫は皆から愛されている。きっと神様も……」
そう言って両親は、娘に名前をつけようとはしなかった。
娘はそれでも納得が出来なかったが、両親をこれ以上困らせてはいけないと、ただ黙って泣いていた。
「姫。俺のかわいい巫女姫。そんなに泣いたら、お目々が溶けてしまうよ?」
「ひっく、兄、さまぁ。ふぇ、ふ……ぅ……姫は、兄さまたちと同じように、お名前がほしいです!」
「ごめんね……巫女姫の名前は、神様がつけてくださるから。だから、もう少しの我慢だよ」
「もう少しって、いつ? 姫は、いつまで姫なの?」
「もうすぐだよ」
次代の巫女姫と呼ばれる娘は、代々五つになるまで名前は与えられない。
強い力を持つ娘は神様が好み、連れて逝ってしまうこともあるからだ。
それ故に、五つを過ぎて娘は初めて現世に生きる人間として生を与えられるまで、名前を付けないのが習わしだった。
名前は、自身を縛るものだから、誰にも未練を残さないようにするためでもあった。
だから、家族でも勝手に名前を付けることは許されない。五つを過ぎて、神様に連れていかれなければ、名前をもらうことが出来る、それを待つしかないのだ。
「……でも、もし神様がつけてくれなかったら、俺がつけてあげる」
娘は大好きな兄の言葉に、きょとりとする。
「ほんとう? 兄さまが、姫にお名前くれるの?」
「うん。約束だよ。俺の可愛い巫女姫」
「うん! 兄さまとお約束!」
娘は兄に抱き着くと、兄も嬉しそうに抱き締め返す。
娘は、兄の腕の中でその日を指折り数えた。
そして、その数日後のことだった。
幼い兄妹は祭事場から離れた屋敷で両親の帰りを待っていた。
今日は大事な神事の日だ。
巫女である母が神様の言葉を聞き、村人に伝え、村の方針を決める、大事な神事だ。
兄――
「姫、少し待って。外の様子を見てくる」
「兄さま……、なんだか怖い感じがします」
娘も兄の不安に気付いたのか、兄にしがみつき、恐怖を訴える。震える妹をそのまま放置するわけにもいかず、使用人に引き渡そうかと思った時だった。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
雷のような低い唸りを聞いた。
「雷……?」
月夜は娘を守る様に抱き締めると、その直後――。
ピシャアーーー!! ドガーーン!!
雷が、落ちた。
ビクリと月夜が震えると、抱きしめていた妹の身体が不自然にビクン! と跳ねた。
「姫……?」
恐る恐る娘の様子を見れば、どこかぼんやりと遠くを見るような目をしていた。
そして、瞳が金色に輝き始めると、室内は清浄な空気が満ち始める。ピリピリとした緊張感に包まれると、茫洋としていた娘の口から、女童とは思えないほど低い声音が紡がれる。
『この娘は、これより我が巫女姫となる。名は凰花。我が番としていずれ迎え入れよう』
月夜はその言葉を呆然と聞いていた。
「おう、か……? つがい……?」
十を数えたばかりの月夜だったが、言葉の意味は分かった。
「まさか、神託……?」
娘は、確かに強い力を持っている。けれど、神託の神事も無しに神様をその身に降ろすことは前代未聞だった。
「ま、待って! 番って、姫はまだ五つで、そもそもどうして姫が……」
神に迎え入れられるということは、娘が死ぬということだ。そもそも、結婚出来る年齢でもない。
『愚問だな、人の子よ。この娘の持つ清らかな魂と、質の高い霊力が気に入った。神である我の番として子を産むのに十分な素質だ』
わかっていたはずだった。彼女が神に愛される素質があることを。いつか、供物にされてしまうことを。
けれど、それはまだずっと先の話だと思っていた。
『何、案ずる必要はない。今はまだ娶るつもりはない。娘が育ち、我が子を十分に育てられるようになった頃、迎えに来よう』
娘の身に宿った神は、月夜を視界に捉えるとニィと嗤った。
『ふっ、なるほどな。そなた、この娘がよほど大事と見える。我が番に懸想しているのか』
「けそう……?」
それは、妹へ向ける感情ではない。
けれど、月夜はまだその感情を理解していない。
神は嘲笑うかのように月夜に向けて告げた。
『そなたには、我が番の守り人となることを許そう。そなたは、その想いゆえに身を滅ぼす。その身が破滅するまで、せいぜい苦しむがいい』
月夜は下された予言に、ゾッと背筋が冷たくなるのを感じた。
神という圧倒的な存在に、得体のしれない恐怖に震えた。
月夜が動けずにいると、娘――凰花の身体がぐらりと傾いた。
「っ、姫!」
とっさに凰花を抱きかかえ、様子を伺うとどうやら眠っているようだった。
すぅすぅと、穏やかな寝息を立てていた。そのことにほっとしつつ、神託が降りたことを両親や村長たちに伝えないと、と思って人を呼ぼうと口を開く前に、どたどたと渡殿を駆けてくる足音が聞こえる。
「何事だ!」
「月夜様!! 大変でございます! 巫女様と、若様が火災に巻き込まれ、行方知れずです!」
「……父上と、母上が?」
火災に巻き込まれたという状況が分からない。
この村は神様に守られて、この数十年人災はもちろん天災も起きていない。
しかも、今日は神託を授かる大事な日だ。事故があってはいけないと、一族総出で準備をしていた。けれど、神託を授かる為に必要な巫女の身体がなければどうなる?
「神事は、どうなった?」
伝令に来た使用人は声を落とした。
「それが、神事が始まってすぐに火災が発生したため、中断しているところです。今年の神託は難しい、と村長が仰っていました」
祭事場での神託が始まる前に、既に両親が死んでいるのであれば、巫女姫――凰花の口から発せられたのは、本当に神託だったのだろうか。
あの、悍ましい予言も……。
月夜は凰花の小さな身体をぎゅっと抱き締めてから、意を決したように使用人に告げる。
「おじい様……、村長を呼んでほしい。姫に、神託が降りた」
使用人は驚いたように月夜を見る。
月夜は幼くも聡明な子供だ。そして、一族の中でも凰花に次ぐ霊力の高さの持ち主。たとえ神事を見たことなくとも、人外の気配には敏い。
「わかりました。姫様はいかがいたしましょう?」
「休ませてほしい。まだこんなに小さな身体で、神を降ろしたんだ。きっととても疲れていると思う」
月夜は、まろやかな線を描く凰花の頬と頭を撫でると、使用人に凰花を託す。
それからしばらくして、村長と村の長老たちが長の家に集まった。
「なるほど……、巫女姫が神託を」
「祭事場でもないのに、神を降ろすなんて、前代未聞だ! これで村は安泰だ!」
「して、我らが神は他には何か言うておったか?」
月夜は少し迷ったが、神から授かったもう一つの言葉を伝える。
「はい。巫女姫――凰花の守り人に、私を指名する、と」
その後の言葉は言えなかった。言葉にしたら、本当に身を滅ぼすかもしれなくて、怖くて、言えなかった。
「そうか。では、神託に従い、今これより巫女姫を凰花とする。その守り人は月夜に。兄妹ともに我が村に繁栄をもたらすよう努力しなさい」
「はい」
話がひと段落したところで、渡殿から声をかけられる。
「村長、よろしいでしょうか」
「よい」
「はっ。探していた巫女様と若様ですが、見つかりました。ご遺体はいかがいたしましょう?」
両親が遺体で見つかった。
その言葉に月夜は少なからず衝撃を受ける。
(姫に――凰花にどうやって伝えようか……)
きっと自分以上に衝撃を受ける。しばらくは立ち直れないかもしれない。
その分、自分が守らないと、と月夜は決意を新たにする。
二日後、凰花が目を覚ました。
目を覚ました凰花は、子どもらしく、にこにこと笑っていた。
「あのね、あのね兄さま! 神様が、姫にお名前くれたよ! 凰花っていうだって!」
嬉しそうな凰花は、名前の意味に気が付いていないのだろう。
村の祭神は『鳳凰』だ。鳳と凰、雄と雌で一柱の神。その神様の半分である『凰』の字は祭神の番であること表す。
つまり、『凰花』とは神の番になるべき花、という意味だ。
月夜は長老にそう教えられ、愕然とした。
神託の日に告げられた神は、本気だということに。
両親だけでなく、月夜から最愛の妹まで神は奪おうとしていることに、どうしようもない憤りを覚えた。
けれど、凰花にそんなことは言えず、心の奥に押し込めた。
「うん、俺も神様から聞いたよ」
「そうなの? 夢でね、いっぱい神様と遊んだの!」
「そっか。楽しかった?」
「うん!」
無邪気に笑う凰花に、残酷なことを告げなければならない。心苦しかったが、引き伸ばしても心の傷は大きくなるばかりだ。
「あの、な、凰花」
「なあに?」
「その……父上と、母上だけど……」
「お父さまとお母さまはお帰りになったの!?」
神様に逢ったことを言いたくてうずうずしているのだろう。その期待がとても重い。
「っ、ごめん。二人は神様のところへ、逝ったんだ」
凰花はぽかんと口を開く。
「神様の……?」
「うん。だからもう、っ、帰って、こないんだ……」
苦しかった。凰花に現実を伝えるのが。そして、両親が死んだことを認めるのが。
月夜は、ぐっと手を握り込む。
「なん、で……? すぐに、帰って、きて、くれるって……」
「うん」
凰花は巫女姫候補として、ずっと村人を送るのを見てきた。それ故に、幼いながらもその意味を理解してしまった。
「う、そ……だよ。だって、だって神様は、お父さまとお母さまにすぐ会えるって……」
それは、いつか凰花を連れて逝くという宣言だ。
神の生きる時間はとても長い。人間とは感覚が異なる故に、すぐと言ったのだろう。
「凰花……」
「そんな、そんなの、ひどいよっ! お父さまも、お母さまも、いっぱい、いっぱい神様にお祈りしてたのにっ! 連れてっちゃうなんてっ……!」
「うん」
わあわあ泣く凰花を安易に慰めることは出来ない。
辛いだろうが、これが現実で、月夜にはどうすることも出来ない。
月夜が出来るのは、凰花を抱きしめて、頭を撫でることだけだった。
「姫……。俺のかわいい巫女姫。大丈夫、お前は、俺が絶対に守るから……」
たった二人残された兄妹。最愛の妹はまだ幼く、月夜が守っていかなければならない。
月夜にくだされた予言も、凰花を悲しませるだけだと知っているから、伝える気はなかった。
まだ十歳の月夜にとって、重く辛い責任ではあったが、温かな腕の中の存在が、月夜にとって唯一の心の支えだった。
二人は祖父である村長に引き取られ、巫女として、守り人として修行をしながらすくすくと成長していった。
神託で選ばれた巫女と守り人は、村に恵みをもたらした。天候にも恵まれ、飢饉も起きず、穏やかな毎日が続いていた。
両親が死んでから数年。
十四歳になった凰花は美しく育ち、巫女としての技量も、他の巫女たちとは比べるべくもなく、まさしく巫女姫として相応しい娘に育った。
「兄様!」
次の神事についての打ち合わせの後、凰花が巫女装束のまま月夜のところにやってくる。
頬を染めて、嬉しそうな凰花の表情にどきりと胸が高鳴る。
「どうしたんだ?」
胸の鼓動を隠すように兄としての表情をする。
それから、凰花が着ている装束を見て、彼女が何を言いたいのか察した。
「あぁ、装束を新調したのか。うん、よく似合ってる」
月夜が褒めれば、凰花は花がほころぶように、ぱぁっと華やいだ笑みを見せる。
「ふふっ、はい! 兄様ならきっと気付いてくださる、と信じていました!」
「当たり前だろ、俺の可愛い巫女姫。凰花なら何着ても似合うけど、凰花の可愛さには負けるな」
「まぁ! 兄様、褒めても何も出ないですよ?」
照れてもじもじする凰花の頭を撫でる。それがまんざらでもないのか、凰花はされるがままだ。
「ほっほっほっ、相変わらず仲の良い兄妹じゃ」
「天里の長老……。ご無沙汰しております」
現れたのは、この村の権力者のひとりである天里家の長老だった。
この村一番の年長ということもあり、二人の祖父である村長も頭が上がらない。
二人は揃って頭を下げる。
「よいよい、面を上げよ」
言われた通りにすれば、天里の長老は、二人を見比べ、ふむふむと頷く。
月夜も凰花も、まるで値踏みされているようで少し居心地が悪かった。
「月夜。お主今年十九だったか?」
「はい」
「まだ身を固めるつもりはないと聞いているが?」
月夜はまたこの話か、と内心舌打ちする。
「……はい。俺は凰花の、巫女姫様の守り人であることを誇りに思っています。彼女が引退するまで、彼女に殉じる覚悟です」
「兄様……」
月夜に対して縁談が来るのはこれが初めてではない。
凰花の守り人である一方で、彼は村の次期長でもあるのだ。本当なら、嫁を娶り家を継いでいかねばらなないのだが、凰花の守り人としての役目も大事だからと、頑なに断っている。
凰花は自身が月夜の足枷になっていることを自覚して、何度も月夜に自分に遠慮しなくていいと言ったが、月夜は笑って言うのだ。
――俺が、お前のそばにいたいだけだから気にするな、と。
申し訳ないと思うと同時に、ずっと一緒にいてくれるという約束に、嬉しくなってしまう自分に嫌気がさす。
「ふむ。まぁ、覚悟があることはいいだろう。お主の見目なら引く手あまただろうしな」
一応今回は長老が折れてくれるらしい。それが少し不信感を抱かせる。
「して、凰花よ」
「はい」
「お主の縁談が決まったぞ」
言われたことの意味が一瞬分からず、凰花はぽかんと口を開ける。
「ちょっと待ってください! 凰花はまだ十四です! いくら何でも早すぎます」
月夜が抗議の声を上げる。
「今時十四で婚姻自体は珍しくない。お主とてわかっているだろう」
確かに珍しいことではない。凰花も、巫女姫に選ばれなければ既に婚姻しているか、婚約者がいてもおかしくはない年齢だ。
しかし、凰花は他の娘とは明らかに違う点がある。
「ですが! 凰花は我らが神の、っ、伴侶……でも、あるのですよ」
凰花が五つの時に授かった神託は、村人全員が知っていることだ。それでも言うのを躊躇ったのは、月夜は納得していないからなのだが、こうでも言わないと長老は引かない。
「まぁ、神託は大事だ。だが、何も巫女が純潔でなくてはいけないとの習わしはなかったと思うが?」
「それは……」
純潔の乙女を好む神は多い。けれど、歴代の巫女姫達も結婚しているものは多く、村では純潔は重視されない認識だった。
長老は、凰花の類稀なる才能を次代にも引き継がせたいと思っているのだろう。
けれど、月夜には引けない理由があった。
(――凰花は、俺の巫女姫だ。他の男なんかにくれてやるものか!)
凰花が生まれた時から大事にしてきた、月夜のたった一人の妹であり、愛しい花。血を分けた兄妹であるとわかってはいるが、月夜は凰花を女としてみていた。
「あの、長老……」
おずおずと凰花が声を上げる。
「なんじゃ? おお、そういえば相手を言っておらなんだ。お主の相手は」
「いえ! あの、私はまだ巫女として未熟です。……その、結婚なんて、まだ、よくわからなくて」
夫婦になり、子どもを産むのは知識として知っている。
夫婦とは愛し合ってなるものだと、凰花は教えられてきたし、巫女の多くは恋愛結婚だ。まだ恋をしたことのない凰花には実感がない。
決して、村の人間が嫌いというわけではないが、気が進まない。
(それに、もし、私が結婚するなら……)
凰花はちらりと月夜を見る。
凰花の身近にいる異性は、兄である月夜だけだ。他の男の人と話したことがないわけではないけれど、月夜のそばが一番安心する。
長老は、凰花の様子を見て、ふむ、と顎髭を撫でる。
「何、お主が気にする必要はない。他に思う相手がいるなら、囲っても良いだろう」
とんでもないことを言う長老に、凰花はぶんぶんと首を横に振る。
巫女の血筋を絶やさないため、巫女の多夫は許されているとはいえ、まだ性的なことに疎い凰花には受け入れがたい。
「そういうのは、ちょっと……。あの、なので、もっと巫女として、成長してからではだめですか?」
いつかは自分も結婚するのだろう、と思っていたがまさかこんなに早くに縁談話が来るとは思わなかった。しかも決定事項として。
いくらなんでも横暴すぎる。
(でも……)
戸惑いながら月夜を見る。凰花の前に立ち、凰花を守ってくれる大きな背中に、とくんと心の臓が跳ねる。
(いけないっ、兄様は兄様だもの。好きになっては、いけない……)
結婚すれば、月夜とも離れて暮らさなくてはならない。それが切なくて、胸が苦しかった。
「ふむ。向上心があることはよいことじゃ。確かに、巫女は子を孕めば力が落ちるというしな。婚姻は無理でも、婚約という形ならば文句はあるまい?」
「よくありません。巫女姫に相応しい男でなければ、俺は認めませんよ」
しつこい狸爺だ、と月夜が思っていると、その狸爺から痛いしっぺ返しが飛んできた。
「月夜、小姑みたいなことを言っておると、凰花に嫌われるぞ」
「っ……」
「そ、そんなことありません! 兄様は世界で一番かっこいいです!」
すかさず凰花が援護してくれる。それに励まされながら、月夜は「とにかく」と語気を強める。
「天里だけ特別扱いすることはできません。せめて通例通り縁談を申し込んでからにしてください。その中から、凰花にとって最良の婚姻相手を選ぶのが筋ではないですか?」
「頭が固い奴め……」
長老は舌打ちしながら渋々退室する。
それを見送った二人は、ほっと一息つく。
「兄様、大丈夫ですか?」
「あぁ、凰花が助けてくれたからな」
「私は、何もできていません。……でも、私、結婚するなら兄様みたいな人がいいです」
凰花ははにかみながら月夜を真っすぐ見つめてくる。
その表情が可愛くて、愛おしくて、月夜は思わず抱き締めた。
「お前だけは、俺が守るから」
いつもよりも力強い抱擁に、凰花の心の臓はどくどくと疾走する。
耳元で囁かれた言葉の熱さに火傷してしまいそうだ。
この熱が、愛おしいと思ってしまった。
(私も、兄様を守りたい……)
強く、そう思った。
そして、気付いてしまった。
(私は、兄様が、好き――)
許されない恋だとわかっている。
この想いは秘めなくてはならない。けれど同時にとても苦しくて、涙がこぼれた。
「凰花? すまない、怖かったか?」
月夜が腕の力を緩め、凰花の涙を拭った。
凰花は、ふるふると首を横に振る。
「いいえ、違うのです。私は、きっと悪い子です……」
恋をしてはいけない人に、恋をしてしまった。
想いを伝えられないことが、こんなにも苦しくて、切なくて痛いとは思わなかった。
「大丈夫だ。凰花には俺がいる。もしも凰花が悪い子なら、俺も一緒に堕ちてやる」
「兄様……」
月夜の熱のこもった瞳から目が離せなかった。
どきどきと心臓がうるさいくらいに高鳴る。
――ああ、きっと私たちは、許されない星のもとに生まれてきてしまった。
幼い頃に両親を亡くして、お互いに支え合って生きてきた。
これからも、ずっとそうして生きていくのだと、何の疑いもなく。
けれど、月夜の瞳からは、兄妹以外の感情が含まれていて、凰花はその熱がほんの少し怖く感じた。
凰花が身動ぎすると、月夜の腕の力がほんの僅かに強くなる。
「本当なら、俺は兄としてお前の縁談を喜ばないといけないのだろう。祝福しなければいけないと、わかっている」
月夜の声には自嘲するような、焦りのようなものが混じる。
「誰にも渡したくない」
凰花は、目を見開く。
「他の男に嫁がせるくらいなら、いっそ俺がお前の純潔を散らしてしまいたいと、思っている」
最低な兄だな、と言いながらも、凰花を見る目はいっそう熱を増していく。
「兄様……、私は……」
凰花はどう答えるべきか悩んだ。
月夜への想いは、今自覚したばかりなのに、こんなふうに求められるとは思わなくて、嬉しいのに兄妹だという倫理観が邪魔をする。
「こんな兄は、嫌だよな……」
離れていこうとする月夜を思わず引き留めた。
「っ、嫌じゃ、ないです! ……その、少し驚いてしまって」
幼い頃から、月夜に「俺のかわいい巫女姫」と呼ばれるのが嫌ではなかった。抱き締められるのも、触れてもらえるのも嬉しい。
けれど、好きの種類が月夜と同じだとしても答えていいのかわからない。
「お前を困らせたいわけじゃないんだけどな。少し焦りすぎた」
そんな凰花の葛藤に気付いたのか、月夜は苦笑する。
月夜は凰花の唇を撫でながら、腕の中の存在を確かめるように、自分の気持ちを伝える。
「愛してる、凰花」
月夜の顔が近づいてきて、凰花はそっと目を閉じた。
恐る恐る、けれど壊れ物を扱うような口づけに凰花は切なくなる。
(私も、愛してます。月夜様――)
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