第32話 Hな事をする勇者の息子
「多分だが仲間がいる。恐らく二人組と言ったのはそう言うこった」
「なるほど。じゃあ最後は?」
「そいつらが最初に目撃されたのは今から一月前のカスタネト、次はスズリンベル、マラッカス、モキンテキン、ドラムボンゴ、タイコバチの順なんだ」
「…! だんだんとクラッシコ王国の城下町、つまりはこの町に近づいてきていると?」
「ああ。ということは次に現れるのは恐らく…」
頭の中に地図を思い浮かべる。その不審な二人組の現れた町々を線でなぞり、どんどんとそれを引っ張ってくる。すると一つの町の名前が連想された。そして答えを導き出してその町の名前を口にすると、自然と僕とサトウさんの声が重なった。
「「ティパンニ」」
僕たちがそう言うとしばらくの沈黙があった。
僕はここまで聞いて、何故サトウさんがこんな話をするためにわざわざやってきたのかを考えた。アレグロは腕に覚えのある者が多くいる自警団ギルド。そのアレグロが六つの町を練り歩く不審な二人を捕まえられないということは、向こうもかなりの手練れということだ。
つまり、サトウさんを含めたアレグロの面々は手練れには手練れで対抗するという、当たり前の結論を導きだしただけ。
そのお鉢が回ってきたのが、他ならぬ僕というだけだ。
正直、この状況であれば断っていたかもしれない。しかし、僕はその不審者が八英女の一人である『母性樹のソルカナ』の名を騙っている事がとてつもなく気になってしまった。サトウさんは意図せずに言った言葉かもしれないが、結果として自警団的にはかなりのファリンプレーだった。
現に既に四人の八英女から命を狙われるということを経験した。しかも残りの四人も僕を狙っているということがドロマーさんの話で判明している。段々とこの町に近づいて来ているという点も、本人だと考えれば納得のいく話だ。
だから僕はサトウさんに皆まで言わさず、口を開いた。
「わかりました。ティパンニに行って何とかその二人組を捕まえてみます」
「おお! そういってくれると信じてたぜ」
サトウさんはこれでもかと言うくらいに分かりやすい安堵の声を出した。そして落ち着きを取り戻したところで見たこともないような美人集団にチラチラと視線を送った。そして散々に気になっていたであろう事を僕へ尋ねたのである。
「…ところで、そっちの美人なお嬢さん方は?」
「あら、お上手ですね。おじ様」
「お、おじ様!? なんか、そんな呼ばれ方されると照れちゃうなぁ」
「ボク達は再開するこのお店の従業員でーす」
「そうそう。あーしらがたっぷりサービスしてやっから、オープンしたら毎日通えよ?」
「あはは、こいつは凄い。メロディアの料理にこんな綺麗所がそろったら鬼に金棒、勇者に聖剣だな!」
「ははは…」
まさか本当の事をぶっちゃける訳にも行かず、僕はひきつりながら乾いた笑い声を出すしかなかった。
◇
肩の荷が一つ降りたような顔になったサトウさんは機嫌よく店を出ていった。僕は笑顔で彼を見送ると、店の扉に鍵を掛けて四人の下に戻る。そして何の前振りもなく聞いた。
「どう思います? 今の話は」
「どうもこうも、相手はソルカナって名乗ってるんだろ? 決まりじゃねーの?」
「ボクもそう思いますよ。現れ始めた時期もボク達が魔界から抜け出してきて別れた後と考えれば辻褄が合います」
「なるほど…じゃあもう一つ。さっきサトウさんが現場に矢とスライムの痕跡が残されていると言ったとき、微かに反応しましたね」
僕が言及すると先程の三人が再びピクリと動いたのが分かった。やはり思い当たる節があるのは確かなようだ。
「何に気がついたのか、教えてもらいましょうか?」
「…あまり言いたくないですね。仲間の事なので」
さっきのコントが嘘のように仲間を慮った発言に、僕は驚くと同時に若干嬉しくなった。仲間を売らないドロマーさんの姿勢は僕が八英女に対して抱いていた憧憬を呼び戻してくれそうだった。
そして、そんな態度を取れば僕が油断するだろうというのがドロマーさんの謀でもあった。
しかし。
当然ながらそれも僕には筒抜けだった。
「教えてくれたら、エッチな事をしてあげますよ」
「はい! ソルカナと一緒にいるのはラーダだと思います。彼女はスライムに【寄生】されて悪堕ちしたので」
と、小学生のように手を挙げて元気溌剌と教えてくれた。全てを言い終わった後でドロマーさんは「しまった」という顔になったが、もう遅い。他の三人の「ダメだ、こいつ」という憐れみの視線がそれこそ矢のように彼女の全身に突き刺さっていく。
「…ま、矢という時点で弓の名手の『蜘蛛籠手のラーダ』じゃないかなとは思ってましたけど」
「ひどいです! そんなやり方!」
「いや、引っ掛かる方が大概だろう…」
「けどけど、嘘をついてまで…!」
「別に? 嘘はついてません。ちゃんとエッチな事はしてあげますよ」
「え?」
っと、目を見開いて驚きを表したのはドロマーさんだけではない。レイディアントさんもミリーさんもファリカさんも一様に信じられないというような顔を僕に向けた。
そして当の僕は右腕を四人に向かって大きく突き出しては、意識をぐっと集中させた。途端に対面にいた四人を魔王ソルディダから直々に受け継いだ濃い魔力が包み込む。
僕が放つのは悪に、そして魔に魅せられた者にとっては至福をもたらす極上のオーラ。
鼻から、口から、髪の毛から、耳の穴から。至るところから否応なしに僕の魔力が彼女らの体内に入っている。それは全身をくまなくまさぐられる感覚にも似ていたかもしれない。一人は喘ぎ、一人は身を捩り、一人は悲鳴をあげ、一人は悶えている。
四人はそれぞれの反応を示しながら、それを受け入れる…というか強制的に注入されていた。
ただ全員が共通して人間には味わうことのできない多幸感に満ちている。
「魔力の補給。HokyuのHってことで」
僕が魔力を分け与えたのは、純粋にお礼の気持ちでしかない。些細なこと、冗談染みたことではあったが、それでも仲間を売ったというような思いにはなってほしくないと、罪悪感を薄めるための行為だった。
僕は何をどうしたって八英女の大ファンなのだ。それはそう易々とは変わらない。如何に本物が残念であろうとも。
「ともあれ、さっきの話の通りティパンニへ行きましょう。真偽のいずれにしても、放っておけないのも確かですし…あれ?」
そして調査に行きたいからミリーさんとファリカさんに同行を、ある程度勝手を知っているドロマーさんとレイディアントさんに留守番を頼む、と言おうとしていた。ところが四人はいつの間にか椅子から滑り落ち、地面に横になっていた。そしてとても幸せな夢を見ているような顔で眠って…もとい気絶していた。
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