第33話 連れていく勇者の息子


 全員の顔が弛緩しきってだらしなくなっていたが、特にドロマーさんのそれがやばかった。とてつもなくエロい夢を見ているようなニヤケ面で涎をこぼしており、決して人には見せてはいけない寝顔をしていた。


「ちょっと奮発して出しすぎたかな?」


 一瞬、全員をたたき起こそうかとも思ったがそれは止めた。僕は自分にとってもいい小休止になると考えて、少しの間は寝かせておくことにした。


 親の因果が祟っていつしか物静かな生活が一変し、ドタバタと忙しない日常になっていたが実を言うと嫌ではない。むしろ僕は少し楽しんでもいる。兄弟はいないし、両親も忙しく二人が揃っている場面というのはあまり記憶にない。最近は二人揃っていなくなることも多い。


 勇者の息子ということで屈託なく接してくれる年の近い友達だって片手で数えるほどしかいないのだ。


 だからこうやって連日のようにトラブルが起こり、下らないことに一喜一憂するのは大変さ以上に楽しさが上回っている。


 そんなことを思いながら、僕は失神している四人にせめて毛布くらいは掛けてあげたようと奥の部屋に消えていった。


 僕は四人が気絶している間にさっさと身支度を整えた。そして机に向かって留守番を頼むメンバーにやってもらいたいことを箇条書きに書き起こしていたのだが、ぐるぐるとペンを走らせてそれを消した。


 誰を残していくことになっても何か良からぬ事が起こる気がしてならない。とどのつまり僕は四人をまだ完璧に信じきっていないのだ。


 誰かが起こしたトラブルの処理を考えれば、開店の準備が遅れるくらいはどうってことない。幸いにも今の僕にはドロマーさんという移動手段もあるのだから。


 ティパンニは最悪、徒歩でも辿り着けるような距離にある町だが滞在するとなるとやはり準備は必要だ。四人の旅支度は…知らん。女性の旅支度などは皆目検討もつかない。いざとなればティパンニの町で買い揃えても構わないと思っていた。


 そうしてあれこれ考えを巡らせるだけ巡らせると食堂に戻ると、四人とも目を覚ましていた。


「起きました?」

「あ! メロディア君。見てください、このお肌のハリ」

「髪の毛の艶も!」


 と、はしゃいでいる通り確かに全員が全体的にツヤツヤとしていた。そして何故か全員の服がはだけている。寝相悪すぎだろ。


「まあ、皆さんはもう魔族ですからね。魔力を注入されたら健康になりますよ」

「気のせいか、あーしの胸も大きくなったような…」

「それは本当に気のせいです」


 ドロマーさんがそう言うとミリーさんはムッとした表情で睨み返していた。


 すると僕は浮かれ気分の四人にこれからの予定や全員に同行をしてもらいたい旨を伝えた。当然ながら反対や反論は出なかった。


「なので早速、支度を…」

「いえ、すぐに出られます」

「え? 大丈夫なんですか?」


 僕が聞けば四人ともが即答にて大丈夫と返してきた。八英女であるなら少々無理のある旅程にも慣れているだろうと思っていたけれど、流石に即決即答は予想だにしなかった。


 数ミリ単位で彼女らの株が上がっていた。


 すると宣言通り四人は立ち上がり外に出ていく。僕はすかさず魔法を使って色々見えてしまっているアホたちに服を着させた。なんだか認知症で徘徊癖のある老人の介護をしている気分になった。


「では、ティパンニに行きましょう」


 僕を先頭に例によって徒歩で郊外まで移動すると、ギタ村から帰ってきたときと同じようにドラゴンと化したドロマーの背に乗り飛び立っていった。


 ティパンニはギタ村に比べれば近い場所にある。ドロマーの飛行能力をもってすれば近所のコンビニに買い物に行く程度の時間で住む。むしろ郊外へ移動する時間の方が長くかかったかもしれない。


 ところでティパンニの町に世界的に見て三つの大きな特徴がある。一つは宿場町として隆盛を見せている事、もう一つはそこを島にするヤクザたちの凌ぎとして賭博場が乱立するギャンブルの町である事、そしてエルフ族と親交を持つ数少ない交易地としても認定されているという事だ。


 森に生き森に死ぬエルフ族は基本的には選民思想が強く、エルフ族こそが世界でもっとも尊く、高貴な種族であるという思想を持っている。その為に魔族とも人間族とも相容れず、大小様々なイザコザを起こす事が常だった。


 なんてティパンニの特徴を考えていたら到着してしまった。やっぱりあっという間だった。


「父さんの話では、『蜘蛛籠手のラーダ』が一番最後に勇者パーティに加わったんですよね。この町で」


 無事にティパンニにたどり着いた後。僕はドロマーさんから降りながらそんな事を言った。


「あ、そう言えばその通りですね」

「へへっ。懐かしいな、おい」

「あの時は少々大変だった」

「そうですね…」


 と四人がかつての思い出を反芻していると、どんどんと顔と空気がどんよりとしたものに変わっていく。


 僕はそれがえらく気になってしまった。


「え? 何があったんです?」

「ラーダは正式に勧誘した訳ではないのだ。この町で我らに会い、勇者というものに興味を覚えたあ奴は面白半分に我らを尾行してきた。言ってしまえばストーカーだ」

「そう、なんですか?」

「ああ。あーしらも鬱陶しくなって振り切ろうと色々やったけど、八英女で一番狡猾でずる賢いラーダを撒くことはできなくってな。いつの間にかなあなあで仲間になっていた」

「へえ…」


 史実と真実は大分印象の違う話に思えた。


 ラーダはエルフ族ならではの知識と弓の腕前で勇者パーティに貢献したときいている。エルフ族特有のものか、はたまた彼女自身の性格かは分からぬがトリッキーな戦術戦法を得意として、良く言えば質実剛健、悪く言えば猪突猛進の勇者一行の戦いに新しい切り口や考えを持ち込んだと父は語っていた。


「いや、戦いに関して言えばそーなんだけどさ…問題はそこじゃねえんだ」

「というと?」

「魔王様に堕とされる前のボク達は奥手でウブでしたからね。お兄ちゃんのことが気になっていても中々行動に移せずにヤキモキしていたんだ。でも、ラーダさんは唯一ぐいぐい行けるタイプの方だったから…」

「ええ。わざとおっぱいを押し当てたり、わざと下着を見せたりして事あるごとにスコアを誘惑してました」

「しかもスーの方も満更じゃねえみてえな顔していやがったし…」

「全くだ。あのスケベな顔と言ったら」

「顔におっぱいとかパンチラとかって書いてありましたからね」

「一応は息子がいるんだからぼかすとか、オブラートに包むとかしろ」


 などと言いながら一行はティパンニの大門をくぐり、町の中へと入っていった。ティパンニは町の性質上、夜に本当の顔を見せる。まだ日の高い今の時間帯は往来も大した賑わいを見せてはいない。が、宿を探す事を考えたら好都合だ。

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