堕ちたるドルイド と 堕ちたる射手
第31話 話を聞く勇者の息子
「「あうう…」」
と、僕の拳骨が炸裂した場所を手で抑えながら、ドロマーさんとファリカさんの二人がそんな声を出していた。するとそんな二人にレイディアントさんが近付いて如何にも嘆かわしいような声で言った。
「…これが世界に名を轟かせた『竜騎士』と『音無し』と『天才錬金術師』の成れの果てとは。いや、あの堅物と粗暴と小心者をここまで淫猥にしてしまう魔王を恐れるべきか」
「そこですよ。実の母親が元凶ってのがまた質が悪い」
僕とレイディアントさんはそろってため息をついた。
するとその隙をついて、ドロマーさんとファリカさんの二人が息のあったコンビプレーでレイディアントさんに襲いかかる。片方が足を突っかけ、もう片方がドンっと背中を押した。
「何を!?」
「あぶなっ」
バランスを崩して倒れそうになるレイディアントさんを僕は反射的に抱き締めて助けた。その瞬間、レイディアントさんは蕩けた顔になり同じくらい蕩けた声で僕に甘えた。
「ダディの抱っこだぁ~♡」
そしてすっかりメロメロに変貌したレイディアントさんの様子を端で見ながらドロマーは言う。
「かつて一蓮托生を誓ったパーティです。誰かが醜態を晒したらみんなで醜態を晒しましょう」
「仲間なら醜態晒す前に止めてやれ」
かつての英雄らがそんな集団コントを披露していると、店のドアが開き恐る恐る誰かが入ってきた。
「お、お邪魔しま~す」
「あれ? サトウさん?」
「お、よかった。やっぱりメロディアか」
安心した声を漏らしながら、中年の冒険者風の格好をした男が入ってきた。その胸には自警団ギルドの一つである「アレグロ」のシンボルがあった。この人は僕の屋台の常連の一人であり、そのシンボルに偽りなく自警団の一人だ。アレグロさんは主にクラッシコ王国の東側の小村や宿場町の依頼を受けて警護防犯を受け持っている。
ところで、サトウさんが店内の様子を確認するその前。
僕は恐ろしい程の速度でふにゃふにゃのレイディアントさんとミリーさんを椅子に、下半身を露出しているアホ二人にピッコロさんのアレ的な魔法を使って無理矢理に服を着せた。
そして何事もなかったかのように彼を出迎えた。
「なんだよ、水くさいな。こっちの店を再開したんなら声をかけてくれりゃいいのに。二、三日屋台が出ていなかったから心配してたよぅ。万全の装備を整えて森の家にまで行ったんだから」
「そうでしたか、すみません。屋台が壊れちゃいまして、それでこっちをオープンできるように支度をしてたんです」
「なるほど、そう言うことか。」
「けど、家に来たって…何かあったんですか?」
僕の…もとい勇者スコアの家は野次馬を避けるために魔物や魔獣の闊歩する森の中にある。そんな場所に危険を侵してまでやってくるということは、余程の用事があるということになる。
案の定、サトウさんは神妙な面持ちで頷いた。
「ああ。最近、俺たちアレグロの島で奇妙な…恐らく二人組が出没するようになってな」
「奇妙な二人組、ですか?」
「そう。世界樹伝説に根付いた『ワルトトゥリ教』の教えは知ってるだろ?」
「勿論です。勇者スコアの子供がワルトトゥリ教を知らなかったら嘘ですよ」
この世界には世界樹と呼ばれる樹木が複数の国や地域に映えており、そこを拠点に人々が文明を発展させてきたという歴史を持つ。他ならぬクラッシコ王国もそうして繁栄をしてきた国の一つである。
そればかりか、世界樹は伝説によると天地創造と共に最初の若木が芽吹き、その種子を風に乗せて世界へ広げたとある。ムジカに存在するあまねく全ての草木は世界樹から始まったと言われている。
今、話題に出たワルトトゥリ教は正しくその世界樹信仰によって生まれた宗教であり、ムジカ大陸に住まうほとんどの人間が信仰し、また多数の国で国教と定められている。その為信徒の数も多く、学校や教会などの教育機関において倫理道徳の規範とされる場合がほとんどだ。
長い歴史を持つために数多くの教派に枝分かれをしているが、その中でも群を抜いて多くの信者から信仰を集めるのが「ソルカナ派」と呼ばれる教派閥だ。なぜこの派閥が根強い信仰を集めるか。それは時折、崇拝の対象たる世界樹の意識が「ソルカナ」という名前と一人格を持つ精霊として顕現するからに他ならない。
現世に顕現したソルカナはその圧倒的な魔力と知識とでその時代々々に巻き起こっていた数々の困難を解決し、人々を救ってきたと歴史書に記されてる。そして、そのソルカナこそが勇者スコアのパーティで八面六臂の活躍を見せた八英女の一人なのである。
しかし、ソルカナはいつ如何なる時でも人格と姿を得てこの世に顕現することができる訳ではない。
彼女がこの世に顕現するには唯一にして絶対の条件が一つある。
それは『聖剣に呼応した人間が現世に存在している』ということ。つまりは勇者の存在が必要不可欠なのだ。
聖剣に選ばれた勇者とある意味で一心同体の存在であるソルカナは、顕現する時代やその世代の勇者の性質によって別々の自我に目覚めるという。事実、勇者スコアの前に現れたソルカナと170前の勇者の元に現れたソルカナにはいくつも相違点が見られた。
僕が勇者の息子としてワルトトゥリ教を知らないはずがないといったのは、つまりはそういう意味合いでの事だった。
そしてサトウさんは話を続ける。
「奇妙と言わざるを得ない理由は大きく分けて三つある。一つはそのワルトトゥリ教の教えを別解釈で布教しようとしている点だ」
「別解釈?」
「俺も報告を受けただけだから詳しいことは知らないんだが、端的に言うと欲望を解放して道徳や倫理に縛られずに生きろ、というものらしい」
「なんですか、それ。邪教だってもう少し全うな教えをしますよ」
「全くだな。しかもな、そいつは女であろうことか自分の事をソルカナだと名乗っているらしい」
サトウさんがそういった瞬間、メロディアだけでなく黙って話を聞いていた四人もピクッと肩を動かした。
僕は少しだけ顔を強ばらせて、サトウさんに続きを話すように促す。
「それで? 他には」
「もう一つは、その偽ソルカナを取っ捕まえようとすると必ず邪魔が入る。なんでも現場には複数の矢とスライムが暴れたような痕跡が残っているらしい」
「矢とスライム?」
全然関係が結び付かない要素にさんは首を傾げた。
しかし同時にドロマーさん、ミリーさん、ファリカさんの三人が妙に納得した顔になったのを見逃さなかった。
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