第30話 鉄拳制裁する勇者の息子

 如何にも難解複雑極まりない羊皮紙をみたミリーさんは舌を出して「うえー」と軽くえづいた。


「変身術の魔方陣です。全身を変えるのは簡単なんですが、下半身だけとなると途端に難しさが跳ね上がっちゃって。しかも切り替えを可能にするとなると、ますます複雑化していくんですよ」

「ああ…これは導きたい答えに対して一直線に行こうとするからですよ」

「え?」

「ちょっと、失礼します」


 僕は指先に魔力を込めた。途端に羊皮紙の式が青白く光を出し立体的に浮き上がってくる。そしてそれの式を書き換えたり、もしくは書き足したりしててあっという間に新たな魔方陣を完成させた。


 今、僕がやったのは端的に言えば新しい魔法を作ったのと同義だったのだが、その意味はミリーには今一つ伝わっていない。


 かつて王宮直属の魔法研究機関に席を置いていたファリカさんだからこそ、真に驚き口をパクパクとさせている。百年に一度の天才と言われた彼女ですら頭を抱えるほど困難で複雑な式だったかもしれないが、日常魔法から魔界の秘術まで叩き込まれている僕にとっては大した問題にはなっていない。


 そうして放心状態になったファリカさんに羊皮紙を手渡たして、奥の部屋に連れていった。


「その羊皮紙を床に敷いて乗ってください。それだけで発動するはずです」


 僕はそう言ってそそくさと客席に戻ってきた。ポツンと取り残されていたミリーさんが戻ってきた僕出迎えると、不思議そうに聞いてきた。


「なあ、ちょっといじってたのは分かったけどアレで良かったのか?」

「はい。大まかなところはファリカさんが作っていたので」

「そ、そうか。あーしはよく分かんないけど、ファリカがパーティの中で一番魔術に詳しいってのは分かるぜ。そのファリカが手を焼いていた術なんだろ?」

「確かに複雑でしたけど、手順を整理すればどうにかなります」

「手順?」

「ファリカさんは、言ってしまえば前菜からデザートまでを下拵えもしないで同時に作ろうとしていました。それが無謀な事なのは分かりますよね?」

「まあな」

「あくせくして作るから味も染みないし、前に出来上がったものは冷めてしまう。一個一個のレシピは良くても、コース料理としては失敗です。あの魔法式はそんな具合だったので、逆算して全てのモノが順を追ってに揃うように書き換えたんです」

「な、なるほど」


 僕が説明し終わると同時に奥の部屋から黄色い悲鳴が聞こえてきた。その声は多分喜びを孕んでいて、姿を見なくても術が成功したことが分かる。


 そして蛇の体では到底出せないようなドタドタとした足音を響かせながら、客席の方へ戻ってきた。


「見てください! 足が元に戻りました。しかも自分の意思で蛇に戻れるんですよ!」

「良かったでs…って、わああぁ!!!」


 今度は僕が悲鳴を上げた。


 術は見事に成功し、ファリカさんは人間の足を取り戻していた。そして蛇の下半身が人間のソレに戻ったと言うことは、腰から下はズボンはおろか下着すら身に付けていない状態ということでもある。


 自慢じゃないけど僕は動体視力だって並外れている。ほんの一瞬だったが、一糸まとわぬファリカさんの股間がツルツルで一本の毛も生えていないのが見えてしまった。顔を背けながら、文句を飛ばす。


「なんでそのまんま来てるんだよ! せっかく奥の部屋に連れていったのに!!」


 そんな抗議をしたが、ファリカさんは奥に引っ込むどころか駆け足で僕に近づいてきた、そして手を取り情熱的な視線を送って言う。


「お見逸れしました。あんな簡単にボクの魔法式の欠点を見つけたばかりか、完璧に組み直すなんて」

「それはいいから、早く何か羽織って!」

「ここで働きます。お給金だって最低限で良いですから、空いた時間にボクに魔法を教えて」

「はい?」

「ボクと契約して魔法師匠になってよ」


 なんだ、その可愛いらしいマスコットの皮を被った詐欺師みたいなセリフは。わけがわからないよ。


 どうでもいいからとにかく下半身の露出を止めさせたい。僕はそれしか考えられなかった。


 しかし、それを見ていたミリーが立ち上がってきて、事態は余計に混乱する。


「あ、ずるい。あーしも頼もうと思ってたのに」

「は?」


 ミリーさんは一瞬のうちにブラック・ミリーに変じた。


 てっきりまた暴れるのかと思いきや、まるで正反対の行動を取った。片膝をついてペコッと頭を下げてきたのだ。猫の耳までもうなだれているのが印象的だ。


「さっきの手合わせで実力不足を痛感した。一日にほんの数分でも良いからあーしに稽古をつけてくれ!」


 ブラックに変じたのは降伏を最大限に表現するため。この全力の姿をもって頭を下げるのが、僕には敵わないとする態度の表れだった。


「ちょっとミリーさん。出てこないでくださいよ、ボクが先にお願いしてるんですから」

「あ? うるせーよ、決めるのはメロディアだろうが。調子に乗ってるとぶっ飛ばすぞ!?」

「うるさいですね…えい」


 ファリカさんは例によって僕の使用済みのパンツを何処から取り出した。さっき倒壊した家屋に侵入したときに一枚のみならず二、三枚を失敬していたらしい。


「ちょっとぉ!!」


 僕の制止も空しく、彼のパンツはブラック・ミリーさんの顔にパサリと掛かる。途端に「ふにゃああ」という甘い悲鳴と共にミリーさんが仰け反って倒れた。幸せそうにパンツに顔を埋めては弛緩しきった実に情けない表情を晒してくる。


 すると同時にドサリっと大量の荷物が落ちるような音が聞こえた。


 見れば大量の服の生地を購入してドロマーさんとレイディアントさんが戻ってきたところだった。そしてファリカは帰ってきた二人に嬉々として言った。


「な、何をしてるんですか?」

「ドロマーさん! 見てください。メロディア君がボクの下半身をいじってくれたんです」

「え!? なら私もお願いします!」

「言い方を考えろ、ボケぇッ! あと服を脱ぎながらこっち来んな!」


 その日一番の怒号と共に、僕の鉄拳がドロマーさんとファリカさんに炸裂した。


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