閑話 メロディアの仕事2

第29話 牽制する勇者の息子

 食堂にたどり着くと、その頃にはミリーさんもファリカさんも冷静さを取り戻していた。そして五人でテーブルを囲み、お茶を飲みながらひとまずは話し合いにてそれぞれの近況を報告し合うことにした。


「えっと…では改めてですけど、勇者スコアと魔王ソルディダの息子でメロディアといいます」

「ええ。十分承知してます」

「お前みたいな化け物があの二人の系譜じゃないほうが怖いよ」

「…」


 化け物って…。


 ま、納得してくれたならそれに越したことはないと僕は思った。次いで僕はここまでの四人の行動をまとめてみることにした。何だかんだで憧憬を抱いていた八英女のうち、その半分が自分の目の前に現れたのだ。


 実物の残念さ加減はひとまず置いておくことにした。


 とは言っても、レイディアントさんを除いた七人の行動目的は父である勇者スコアへの復讐と一応は団結している。なので話題の中心は専ら久々の再会を果たしたレイディアントさんになっていた。


 無事を喜び、また勇者スコアへ一方ならない思いを持ち合わせているということで、邪なガールズトークが盛り上がっていく。


 しばらく僕はかやの外にいたのだが、ドロマーさんとレイディアントさんが借金返済のためにこの店で働き始めるという話に移ったとき、必然的に矢面に立たされた。


「ふーん。スーと魔王様が食堂をねぇ…」

「思いも依りませんね」

「そうですか? まあ、僕は昔の両親を知らないのでイメージがどうこうとは分かりませんが」

「うふふ。お望みならスコアの事も魔王様の事もお教えしますよ」


 ドロマーさんは善意で言ったのかも知れないが、僕には何とも卑猥な意味にしか聞こえなかった。


 すると、その流れでドロマーがこんなことを提案してきた。


「あ、そうです。ミリーとファリカも働きませんか?」

「え?」

「だって、ここにいればおのずとスコアと魔王様が帰ってきます。どこかに行く宛もないのでしょう? それにミリーは言わずもがなお料理が得意ですし、ファリカだって薬学に詳しいじゃないですか。しかも昔はパーティのお財布係として金銭管理をしていたので経理だってできますよね。どうでしょうか?」


 ドロマーさんは屈託のない笑顔を僕に向けてきた。


 ああ、なんだ。こんな純粋な笑顔も作れるんじゃないか。いっそのこと、このまんまでいてくれたらいいのに、と僕はそんな感想を持った。


 それはともかくドロマーさんの提案は彼にとっても魅力的だ。


「確かにお二人は放ってはおけませんしね。それに厨房が僕だけじゃ大変ですし、経理もやってくれるとなるとかなり助かります」

「じゃあ、決定ということで。制服は任せてください。私が腕によりをかけてエロかわエロいのを作りますから」

「エロを二回も出すな」


 僕のツッコミは軽く流され、テンションの上がったドロマーさんはレイディアントさんの手を取って立ち上がった。


「そうと決まれば早速生地を買いにいきましょう! レイディアント、買い出しに付き合ってください」

「お、おい。ちょっと待て」

「そうですよ。まだ二人の意見を、」


 と制止したのだが、まるで効果はない。ドロマーさんは制服の完成予想図を夢想するとにへらにへらと笑いながら出ていった。そこでようやく悟る。あれは単純にエロい衣装を着るウェイトレスが増えるのを喜んでいるだけだ。


 僕はすっかりと置いてけ堀を食らってしまったミリーさんとファリカさんを見る。


 しかし、二人は何でもないことのように落ち着いてティーカップを傾けていた。


「何だかお二人も働くことになってしまいましたが…」

「みたいだな」

「いいんですか?」

「ドロマーさんの言い分は一理ありますから。確かに闇雲に動くよりも、ここにいればお兄ちゃんと魔王様が戻ってくるわけですし」

「それにドロマーがああなったら何も聞かねーよ。昔から多少は頑固者だったけど、サキュバスになってからは更に歯止めが聞かないんだ」

「お二人がいいのでしたら、僕は歓迎ですよ。よろしくお願いします」


 メロディアはそう言って微笑んだ。


 その瞬間二人はぞくっと身震いをした。脅かすつもりはなかったけれど、僕の裏の意図は伝わったようだ。


 ミリーさんとファリカさんの表情は面白いようにシンクロしていた。


『『 それにメロディア(君)から逃げ仰せられる気がしねぇぇ!! 』』


 恐らくはそんな事を考えているのだろう。


 平静を装ってお茶を飲んだりしていたが、未だよく知らぬ目の前の怪物の機嫌を損ねないように神経を張り巡らせていたのは伝わってきた。怪物じゃないけど。


 するとファリカさんは息の詰まる思いを払拭するために話題を変えた。


「けど、エロかわエロいは別にして制服は着てみたかったなぁ」

「あん? 着ればいいだろ。嫌だって言ってもドロマーは着せてくるぞ」

「そうでしょうけど、この蛇の体じゃ似合うものも似合いませんよ」

「…あー」


 ファリカさんは自分で言って少々ショボくれた。魔界の蛇と同化したことで、肉体的にも魔力的にも数段強化されたのは事実だが、女子力としては格段に下がってしまったと思っている。


 しかも魔界ならいざ知らず、ここは人間界。魔王陥落後、二十年の時を隔てて行き場を失った魔族に市民権を与えようとする動きはあるものの、未だ忌避されるのも現実だ。実際、クラッシコ王国の中を歩くだけでも、何人もの町民が冷ややかな視線を送ってくることは必至。


 僕は少々気の毒になってしまった。


「ファリカさんは蛇の半身に拘りはないんですか?」


 ふと、僕はそんなことを聞いた。


「うーん、微妙かな。他のみんなと同じように魔王様の配下に堕ちた事は誇りに思っているし、ボク自信が尾花蛇の魔力で十二分に強くなれたっていうのも認めてるんだけど…不便な事は多いかな。だから戦いと日常とで切り替えられたりしたら良いなって思って、こういうのを研究してるんだ」


 そう言いながらファリカさんは一枚の丸まった羊皮紙を取り出した。六人掛けのテーブルに広げてもまだ足りなくらいの大きさがある。そして紙面には魔方陣とそれを補助する多種多様な魔法式が書かれていた。

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