第28話 下着を取られる勇者の息子

「あれは…ミリーなのか?」

「ええ。彼女も…まあ色々あったんですよ」

「しかし、何があったかは知らぬがこの魔力と殺気は尋常ではないぞ」

「そうですね。単純な強化と言う意味ではミリーさんが一番悪堕ちの恩恵を受けたんじゃないですか? 純粋な一撃の攻撃力はおそらく八英女で随一かと」


 そう告げたファリカはちらりと二人を見て、改めて言う。


「それはそうと早く止めに入りましょう。息子君が死んでしまいます。お兄ちゃんへの復讐は考えてますが、あの子を殺すつもりはないですし」

「うーん。それでは私たちが危険ですし、返ってメロディア君の邪魔になるかもしれません」

「はい?」


 何を言っているのか、まるで分からないファリカであった。


 しかも二人の目はスコアの子供ではなく、むしろ覚醒状態のブラック・ミリーの方を心配している風にも見える…まさか、あの子が勝つと思っているのか。あのブラック・ミリーは魔界にいる時に勇者スコアを完膚なきまでに叩き潰したこともある。レイディアントはともかく、ドロマーはその事を重々承知のはず。


 なのに、なんでこんなに余裕でいられるのかファリカには分からなかった。


 そうこうしている間に痺れを切らせたミリーが全身全霊の拳をメロディアの鳩尾に叩き込んだ。


「!?」


 ファリカは思わず口を押さえた。あれだけの魔力を乗せた魔闘士の正拳突きがまともに入ってしまった…運がよくても悪くても即死、背中から内蔵が飛び出したとしても不思議とも思えない。


 だが、実際はそんな想像以上に不可思議な光景が広がっていた。


 正拳突きをまともに喰らったメロディアは何でもないように話を続ける。この時、ミリーとファリカは表情のみならず、得たいの知れない少年に対して抱いた恐怖までもがシンクロしていた。


 そして強化されたミリーを更に上回る圧倒的な実力で吹き飛ばしてしまう。もうファリカには絶句以外のリアクションが許されてはいなかった。


 そうして一抹の終息を見届ける。こうなってはメロディアよりもやはりミリーの安否の方が気がかりだ。そろりそろりと倒壊しかけている家屋へと近づく。すると衣服をはだけさせ、昏睡寸前のミリーを抱えたメロディアが出てくるところだった。


 ◇


 あられもない姿で放心しているミリーを抱えていた僕は、一度に処理しきれないほどの情報が多すぎて少し混乱してしまった。そして追い討ちのようにドロマーさんが余計な一言を発してくる。


「…事後?」

「んな訳ないだろ」

「けどミリーは酔っ払ってますし服ははだけてますし、どうみても昏睡レイ…」

「違う! 凶暴化してたから少々強引に吹き飛ばしただけだ!」

「じゃあ酔ってるのは?」

「そ、それは…」


 僕自身も唯一分かっていない事だった。悔しくも、しどろもどろになって言い訳のような返事しかできない。


「よく分かりません。吹き飛ばしたらどうしてか変身が解除されて、しかもこんな状態に」

「吹き飛ばした衝撃で酒ビンでも上から被ったか?」

「いや、それにしてはお酒の匂いはしません。それに台所や貯蓄庫ならいざ知らず、ミリーさんがいたのは洗濯場でしたし」

「洗濯場ですか? ちょっと失礼」


 そう言ってラミアの女性はスルスルと瓦礫の間から家の中に入っていった。彼女の尻尾まで全て見えなくなった後、僕は改めて二人に尋ねた。


「で、あの人は誰ですか?」

「我らと同じ八英女が一人、錬金術師ファリカだ」

「ファ!? え? え?」


 衝撃的な事実を打ち明けられて、とうとう混乱を体で表現するまでに至ってしまった。書物を読む限り、八英女の中でも取り分け華奢でか弱い表現をされることが多い。二つ名の通り天才的な頭脳の持ち主で、肉弾戦は苦手としていたが錬金術や魔法の扱いを高く評価されていたとか。


 いずれにしても想像していた花のような少女のイメージとは乖離し過ぎている。


 パクパクと口を動かして、悪堕ちした八英女に対して事情通のドロマーさんを見た。


「ああ、ファリカはですね……」


 ドロマーさんは掻いつまんで魔界でファリカの身に起こった事を言って聞かせてくれた。


「…なるほど。そんな事があったんですね」


 ドロマーさんの話を聞き終え、酩酊しているミリーを適当な場所に寝かすと丁度よいタイミングでファリカさんが一応の原因を突き詰めて戻ってきた。


「ふむふむ」

「何かわかりましたか、ファリカ」

「はい。ミリーさんの様子と吹き飛ばされた場所、そして残されていた物品などから判断して原因は恐らく…これです」


 ファリカさんは手に持っていた物を高らかに 突き出して見せつけてくる。それを見た瞬間、僕は大きな声を出した。


「ちょっとぉぉ!! なに持ち出して来てるんですか!?」


 僕は恥ずかしさのあまり絶叫した。ファリカさんが持っていたのは洗濯かごに突っ込んでいた僕のパンツだったからだ。しかも使用済み。


「どういうことですか?」

「ミリーさんは猫の半獣人で、匂いには人一倍敏感です。彼の体臭がミリーさんと相性がいいんだと思います。マタタビと似た物だと考えれば分かりやすいですかね?」

「ミリー…あなたクンカーだったんですね」

「ふ、ふざ、けんな。あーしにはそんな趣味はねー、よ」


 ファリカさんはポイッと僕の下着をミリーの顔面に投げつけた。避ける余力もない彼女の顔にそれは容易く乗っかった。


「んんっ〜〜〜っっっ!!?」


 すると下着の匂いで恍惚の表情になり、そのまま泥酔状態になって地面に仰け反ってしまった。


「決定的だな…」

「助かりましたね。ミリーがああやって暴走したときは力づくで止めるしかなかったんですが、これからはメロディア君のパンツが使えます」

「…」


 何とも名状しがたい感情が僕の中を渦巻いていた。


 憧れの八英女のイメージがボロボロと崩れ落ちていく。まあ、それは今に始まったことではないのだが…。


 するともう一人、初対面の八英女がいた事を思い出した。


「はじめまして。勇者スコアと魔王ソルディダの息子でメロディアです」

「あ、ご丁寧にどうも。ボクはファリカとい……ってえええっっ!!?? お兄ちゃんと魔王様の子供!?」

「あれ? 聞いてませんでした? 三人で来たからてっきり…」

「そのリアクションが見たくて黙ってました。ところでファリカも愛情を無下にされたことでスコアとメロディア君には思うところがあるそうです。勝算もあるそうですから、是非戦ってもらえませんか?」

「え?」


 ドロマーさんは笑いを堪えながらそんなことを促した。ファリカさんから闘志のようなものが消えているのにあえて煽ってきているようだ。何かしらの企みがあるらしいので乗っかってやった。


「…僕は構いませんよ。町中で暴れられるよりも、鬱憤があればここで聞いておきます


 僕は聖剣バトンと魔剣メトロノームを取り出して臨戦態勢を整える。それを見たファリカさんも反射的にとぐろを巻き、戦う姿勢を取った。


 …。


「…って、いやいやいや! 戦いませんよ!」

「え?」

「覚醒したミリーさんの攻撃を受けてピンピンしてる相手に勝ち目あるわけないじゃないですか! 自慢じゃないですけど、ボクの直接的な戦闘力は八英女の中でも最弱なんですからね!?」

「ならば、何故戦うなどと言った?」

「きっと息子君が特殊な耐性を持っていて二人はそれに気がついてないと思ったんです。ごめんなさい。許してくださいぃ」


 文字通り蛇の如く地に這うように頭を下げて許しを乞うてきた。


「ふふ。私も舐められたものですね。けどその這いつくばる姿が可愛らしいから許してあげます」

「ああ、ドロマー様ぁ。ありがとうございます」

「…何をしてるんだ貴様らは」

「悪の幹部と部下の謝罪懇願レズプレイの導入ごっこです」

「言っている意味が一つも分からん……」


 拍子抜けを喰らったが、戦わないに越したことはないとメロディアは剣を納めた。そして人の家の前でふざけたママゴトをしている二人を一喝すると、酩酊状態のミリーを担いで一旦街に戻っていった。

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