第27話 企てる錬金術師
「そんなに落ち込まないでください、レイディアントさん。最初は絶望しましたけど結果としてボクにとってはとても良いことなんです」
「どういう、意味だ?」
「魔界原産の尾花蛇と融合したせいで強力な毒を体内で生成できるようになったんです。ほら、ボクって元々薬学を基盤とした錬金術が得意でしょ? おかげでできることが格段に増えました。しかも魔物と融合したことで基礎的な身体能力だって人間の頃に比べたら段違いに強くなってる」
「…しかし、堕ちてしまったその姿では」
「…うん。言いたいことは分かるよ。けど、みんなに守られながら、後ろでちょこちょこと薬をいじっているなんて申し訳ない気持ちにならないで済む。今のボクなら前線にだって立てる。逆立ちしたって弱さが覆らなかったあの頃の惨めさに比べれば、今の方がみんなと同じように戦える。だからボクは自分が堕ちたって実感はないんだ。強くなるために足はなくなっちゃったけどね」
ファリカは健気な笑顔でへへへと笑った。
それ目の当たりにしたレイディアントは言葉がつまり、それ以上は何も言えなくなってしまった。そしてそれは自分の掲げていた悪即斬の信念に躊躇いをもたらす。少なくとも先程のドロマーの提案通り、かつての仲間たちと出くわすことがあったならば経緯と今の心情とを問うてみる必要性は感じていた。
「そうか…魔族達に我以外の八英女はみな魔王の軍門に下ったと聞かされ、裏切られた憤りに支配されていたが、我と同じように救いになっているのか」
「ところでレイディアントさんは、今までどうされていたんですか?」
「追って話そう。お茶を淹れるから、まずは座ってくれ」
レイディアントはそう言って厨房に一度姿を消す。
それを見届けたドロマーとファリカの二人はニヤリとほくそ笑んだ。そしてひそひそとお互いを称賛し合う。
「お見事でした、ファリカ。どうやら目論み通りに私たちや魔王様に対する認識を多少は改めてくれたようです」
「レイディアントさんを誑かす作戦と聞いてなんのこっちゃと思いましたが、そう言えば正義感が人一倍強い方だということを忘れてました」
「ええ。しかも本人が闇堕ちして、その正義感に拍車が掛かってますから。魔王様どころか下手をすればスコアやここにやって来る私たちまで殺しかねない勢いです。偶然とは言え、先にあなたに会って口裏を合わせることができたのは幸いでした」
「それじゃ約束通り、スコアお兄ちゃんの子供の情報は教えてくださいね」
「ええ。レイディアントが戻ってきたら自然な流れで切り出しましょう」
そう。ドロマーは偶然にもクラッシコ王国で再会したファリカと策謀していた。レイディアントの暴走気味の正義から自分や仲間達を守るために。ファリカに会った瞬間、堅物な彼女を説得するには、かつて妹的ポジションとして庇護欲を感じていた彼女からの泣き落としが一番効率的ではないかとひらめいていたのだ。
そしてそれはうまく成功した。
やがてレイディアントが戻ってくると、先程の流れの通りに彼女の身に起こった出来事の説明から話が再開された。
◆
「なるほど。レイディアントさんだけは逃げ仰せてくれていたと思ったのですが、壮絶な目に遭っていたんですね」
「お前達もそれぞれ大変だったな」
「でも経緯はどうであれ、ボクたちは今の自分達の変化に満足している。それでいいと思います」
「ええ。ファリカの言う通りですね」
そうして一旦、会話に間が生まれると三人は息を揃えたかのようにお茶を一口飲んだ。そしてファリカは満を持して一番気になっている話題を二人に振った。
「ところで…見たところスコアお兄ちゃんの子供と一緒にいるようですが」
「ああ、その通りだ」
「しかも今度この食堂が開店した暁にはウェイトレスとして雇ってもらう予定です」
「ボク達のラブコールを無下にしたお兄ちゃんとか家族に復讐するって話はどうなったんです?」
「最初はちゃんとやろうとしましたよ? エッチな事しか考えられないサキュバスの眷族にしてしまおうとね…けど返り討ちに遭いました」
「え?」
「我もスコアの息子とは露知らず、ひょんな事から戦闘になったが容易く沈められた。しかも二度もな」
「は?」
ファリカは何かの冗談かと思った。
ドロマーはムジカリリカ人にして歴代最強と謳われた騎士であるし、レイディアントもキャント国の司祭としては最高位の役職を与えられている修道兵だ。しかも魔道を受け入れた事で二人の実力はかつてのパーティにいた時よりも格段に強くなっているはず。それはファリカ自身にも言えることだし、二人の強化は肌で感じ取ってもいる。そんな二人が口を揃えて敵わないと断言する人間がこの世にいる訳がないし、いてほしいとも思えなかった。
恐らくは魔物や魔道に対してのプロテクションのような能力をもっているのだろうと勝手に思い込んだ。勇者スコアの息子であればそのような素養を有していたとしても不思議はない。
ドロマーは策略を練ること自体は好きだが、世間知らずで知識が乏しいジャンルが多い。レイディアントにしても愚直と言って差し支えがない程に猛進するきらいがある。ひょっとするとそう言った魔物や魔族の天敵とも言える能力の対処法や、最悪の場合はそのような能力が存在する事すら知らないのではないかと邪推をした。
ともすれば、二人を容易く退けたスコアの息子に勝つことができれば自分の評価はうなぎ登りに高まるのではないか。ファリカは本気でそんな事を考えていた。
「にわかには信じられませんね。さっきボクと入れ違いに出ていったピンク髪の少年がそうなのですよね?」
「ええ。あの子がスコアの子供でメロディア君です」
「ちなみにどちらに?」
「城下の外の森に自宅があってな。そこに荷物を取りに行った」
「…ではそこに案内してもらえないでしょうか?」
「構いませんけど…まさか戦うつもりですか?」
「ええ。勝算があるんです」
ファリカの言葉は嘘ではない。彼女には錬金術の研究で培った多種多様な毒の知識があるのだ。魔法や魔族に対しての耐性を持っていようとも毒には無力であるし、万が一にも毒にすら耐性を持っていたとしても毒耐性に反応する毒素まで持ち合わせている。
彼女の妙なやる気と自信の正体は分からなかったが、ドロマーは断る理由を見つけることもできなかったので仕方なく受諾した。
「そう言うことでしたらご案内しますね」
◇
三人は差し当たり準備するようなものもなく、すぐに店を出て森にあるメロディアの自宅へと向かった。
ところで、ドロマーはメロディアがスコアの息子であると同時に魔王ソルディダの息子でもあると言うことを、敢えてファリカには伏せ、レイディアントもそれを暴露しないように上手く会話を誘導させていた。
理由は一つ。
真実を知ったファリカの反応を楽しみたいからだ。
三人は門をくぐり、森の中を進む。道中の街道や森の中でごろつきや魔獣とかち合うことが二度ほどあったが、三人が一睨みするとすごすごと退散していった。
ドロマーとレイディアントは、メロディアと一緒にいたせいで萎縮していた自信のようなものが少しだけ快復した。
そうしてメロディアの家の影が見えはじめた頃、三人は妙な気配を感じ取った。微かな料理の匂いに交じって、並々ならぬ闘気と殺気とが一帯に溢れてきているのだ。もしかしなくても戦いが起きている。
場所から判断してメロディアがいるのは予想がついた。ならば相手は…?
三人は誰が言うでなく気配を殺すと、慣れた動きで駆け出した。そうして都合のいい木陰を見つけるとこっそりと様子を伺う。
そして、メロディアが戦っているその相手を見て三者三様に驚きを表現する。
特に魔王に能力を覚醒された現在のミリーの姿を知らぬレイディアントは目を見開いて驚いていた。
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