堕ちたる錬金術師

第26話 語り合う竜騎士と守護天使

 時間は少し巻き戻り、メロディアが食堂を出た場面。


 ドロマーとレイディアントの二人は言いつけ通り、いそいそと食堂の清掃に励んでいた。とは言え普段からある程度の手入れはされていたので、本当に大まかな掃除で事は足りた。


 大した問題もなく掃除を終えると、二人は部屋を決める前にキッチンでお茶を淹れて小休止を取ることにした。内面はさておき、見た目だけは絶世の美女といって差し支えない二人は椅子に腰かけてティカップを傾けるだけで絵になっていた。


「ふふ」

「どうした?」

「初めてではないですか? 私とレイディアントの二人でお茶を飲むなんて」

「む。言われてみれば」

「まあ、あの頃とはお互いにとても様変わりしていますけど」


 ドロマーがなんの気なしにそう言うと、レイディアントは自慢の槍の矛先と同じくらいに鋭い眼光を飛ばす。


「我は貴様を買っていた。公明正大で質実剛健。ムジカリリカ人の誇りそのものであった貴様を、だ。それなのに…」

「私も残念ですよ。まさかあなたが殺人を肯定するような修道女になるんなんて」

「上澄みを除いたところで、悪は滅びぬと気がついたのだ。我は貴様を、魔王によって堕とされた貴様らを敵視する」


 殺気を向けられても、ドロマーはまるで気にするでなく再びお茶を一口すする。


「ねえ、レイディアント」

「…なんだ?」

「一つお願いがしたいの」

「お願い?」

「確かに私たちは今のあなたの掲げる正義から遠いところにいるように見えるかもしれない。現にもうかつての八英女はもうどこにもいない。けれどね、それでも私たち八人には二つ共通点があると思っている」


 レイディアントは問答無用と言いたい感情をなんとか押さえ込んだ。ドロマーの言葉は妙に好奇心をくすぐってくる。


 自分を含め、未だに【八英女】を繋ぎ止める共通点とは何だろうか、と。


「どういう事だ?」

「価値観のパラダイムシフトを味わった、それが一つ目の共通点です。昔の自分は如何に下らないものに囚われて生きていたのだろうと思わない?」

「ひしひしと思っているさ」

「それは私たちも同じ。あなたはそれに自分で気がついたようだけど、私たちは教えてもらったんです。魔王様にね。だから私は一度会ってさえくれれば、あなたも魔王様に隷従したい考えるんじゃないかと思っています」

「…バカなこと」

「と、本当に切り捨てられますか? 正義と思っていたモノが取るに足りないもので、悪だと信じていたものが実はこの世の真理だった、という体験をあなたは経験したはずですよ? 」

「…それは」

「それを踏まえてのお願いです。これから先、残りの八英女の面々がメロディア君を逆恨みしてやってきます。私がそうだったようにね。けれど、彼女たちを問答無用で切り捨てるのはやめてください。せめて一度でもあなたが魔王様にまみえるまでは。そうでないと、後悔する未来が訪れる気がしてならないんです。」

「…」

「お願いします」

「…もう一つは?」

「え?」

「共通点は二つあると言っていただろう」


 レイディアントは安易に首を降らず、もう一つの共通点とらやらを尋ねた。すると今までの真剣な顔つきが嘘のように、ドロマーはおちゃらけた雰囲気を醸し出しながら言った。


「ああ、もう一つは八人ともスコアの事が大好きということです」

「ばっ、バカなことを! 我は尊敬こそすれ、そのような浮わついた情念などは持ち合わせておらん!」


 ムキになって否定する彼女を見て、ドロマーはニヤニヤと笑う。それはからかう楽しさは元よりレイディアントが自分の術中に嵌まってくれたのを喜ぶ意味も含まれていた。


 するとその時、カタっと食堂の扉が開く気配を感じ取った。メロディアが出ていった後に鍵を掛け忘れていたのだ。


 利用客であれば事情を説明して帰って貰わなければならないが、二人の心配は杞憂に終わった。


 蜜柑色の頭巾に大きな丸眼鏡の少女が中を伺うように入ってくる。


 訪れたのは二人がよく知る人物であり、八英女の一人である【天才錬金術師ファリカ】その人だったからだ。


「フ、ファリカ!?」

「え? レイディアントさん!? それにドロマーさんも!?」


 まさかの再会に二人は驚愕の表情を隠さずにいられなかった。


「ちょうど良かった。お茶をしていたところです、ファリカもいかがですか?」


 その中でドロマーはやはり冷静だ。レイディアントを除いた八英女の面々は勇者スコアが魔王を討伐した後に結婚をして子供を作っているという話までは聞き及んでいる。だからこそ、スコアに心底惚れ込んでいた八英女達は彼の妻子に並々ならぬ感情を抱いていたのだ。誰が真っ先に復讐することができるかと競いあっている。遅かれ早かれ再会することは分かっていた。


「えと…はい、頂きます」


 戸惑いつつも、ファリカは入口をくぐり店内へと入ってきた。スルスルと大蛇の体をくねらせながら。


「お邪魔します」

「はい、どうぞ」

「ちょっと待てぇぇ!!」


 レイディアントは記憶のそれと比べて変貌しすぎているファリカに向かって怒号にも似た声を出した。半身半蛇のラミアという魔物もこの世に存在してはいるが、彼女が知る限りファリカは人間の少女だ。下半身が蛇になっているのをスルーできる道理がなかった。


「その蛇の体はなんだ!?」

「あ、そういえばレイディアントは知らないですものね」

「ええと…魔界で色々ありまして」

「それは魔王に触発されて悪に堕ちたのと関係のある話なのか?」

「いえいえ、魔王様の事は一端の錬金術師として尊敬していますが、蛇の体とは直接は無関係です。ほら、ボクたちって魔界に到達した後に奇襲に遭って散り散りになったじゃないですか」

「…ああ。あそこから全ての歯車が狂いだした」


 ドロマーとファリカはこくりと頷く。


「その後に孤立したボクは敵の軍勢に囲まれた挙げ句、けしかけられた尾花蛇に足から丸飲みにされてしまったんです」

「なっ!?」

「ボクはすぐに手持ちの薬剤をありったけ錬成して敵ごと自爆してやろうと思った。けど薬剤と尾花蛇の魔力が反応して、想定外の反応が出ちゃったんだ。すぐにボクと尾花蛇の体は融解と融合反応を繰り返して…最後にはこんな人工的なラミアが出来上がったって訳」

「ぐっ!」


 レイディアントは目を丸くして驚き、そしてすぐにその光景を想像して怒りに震えた。ファリカはかつての勇者パーティの中で最年少の女の子だった。仲間としての信頼と尊敬の念はあったが、年齢のせいで全員の妹とのような立場になっていたことも事実だ。だからレイディアントの中には義憤による感情の爆発が起こっていた。


 しかし当の本人はそれとは正反対に飄々とした態度だった。

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