第25話 拳を耐える勇者の息子

「あーしは孤立した後に単身で捕まった仲間達を救出しに出向いた。ま、呆気なく捕まったんだけどよ。その時に魔王様から提案をされたのさ、十人の幹部と戦って勝つことができたらあーしら全員を見逃すってね」

「それで?」

「どの道戦わなければならない連中だ。そんな提案がなくても戦ってたさ。問題はその後。最初に戦った幹部の一人が負けそうになったときに命乞いをしてきた。そりゃ無様な土下座だったぜ」

「…」

「それを見たとき、あーしの中に味わったことのない快感と力が溢れてくるのを感じた。圧倒的な力で弱い奴を蹂躙して、ねじ伏せて、叩き潰すのが堪らなく気持ちいいんだ。その感情に気が付いたとき、あーしはこの姿になってた。そうして周りを見たら、残りの幹部の連中も死体になって転がってたよ」


 その時の場面を思い出したのか、ミリーはひひひと不気味に笑った。


「魔王様は十人の部下と引き換えにあーしの本性を【覚醒】なさったのさ。圧倒的な暴力で全てを支配するためにな。現にあのスコアでさえ手玉に取れるくらいに強くなれた」

「けど、さっきのあなたは僕に逃げろと言った。つまり、あなたはその力を使うことを望ましく思っていないのでは?」

「ああ、表のあーしはそうみたいだな」


 表? そう表現するってことは、彼女の中では別の人格として認識し合ってるってことか? 


 母さんの魔力と謀略によって生み出された後天的な二重人格、もしくは優越感を強調され力の制御が不能になっている…どっちも昔の母さんがやりそうな手法ではある。


 しかしミリー本来の人格は力の暴走を恐れ、忌避しているきらいがある…なんだかハルクみたいな人だな、と僕はそんなことを考えていた。


 ただミリーが堕ちた原因と手段はさておき、今目の前にいる彼女が放ってくるプレッシャーと強大な魔力は本物だ。あれを拳や蹴りに乗せて撃たれたらマズイことになる。


「さてと無駄話もこのくらいでいいか」

「僕を殺すつもりですか?」

「流石に命までは取らないよ…我慢できたらな。スコアには早いとこあーししかいないって事をわからせてやらないと。それにお前も強いんだろ? ドロマーに会った上で無事に過ごしてるんだからよ」


 言うが早いか、次の瞬間にミリーは恐るべき速さを見せて僕との距離を詰めた。そして魔王から与えられた魔力を惜しみ無く乗せた正拳突きを打ち込む。それはお手本のように僕の鳩尾に決まった。


 殺す気はないとミリーは言っていたが、いざ拳を握ってしまったら制御はできなかったらしい。


 僕の大方の予想通り、もはや別の人格になっていると言って差し支えないほどに彼女は残虐性と他者を蹂躙する優越感とを植え付けられていたようだ。


 …。


 だからこそだろう、ミリーはその全力の一撃を急所に食らっても尚、涼しい顔をして立っている僕の事を信じられないような目で見ていた。


「え?」

「うん。やっぱりすごい威力ですね。僕以外に本気で当てちゃダメですよ」


 そして僕は今の一瞬でミリーの正拳突きの動きを盗み取り、まるで再現VTRのように攻撃を仕返した。


 だがそこは歴戦の魔闘士の面目を保った。咄嗟に魔力を腹に込めると同時に後方へと飛び退いて可能な限りダメージを軽減した。それには流石の僕も驚きを隠せなかった。


 もっとも驚きの度合いで言えばミリーの方が遥かに大きかったのだが。


「あ、あーしの全力だぞ? 何をしやがった」

「何もしていないです。ただ我慢してるだけですよ、ちょっと痛かったですけど」

「が、我慢!?」

「そのぐらい強いんですよ、自分で言うのもアレですけど。ちなみにネタばらししますと、僕は勇者スコアの子供であると同時にあなたを堕とした魔王ソルディダの子供でもあります」

「はあ!!??」


 そんな大声を出した後、わなわなと震え出した。そして徐々に顔が俯いていき押し黙ってしまう。


「まあ、ショックでしょうね。ドロマーさんも同じような反応でしたし」


 僕はミリーの心情を推し量ってそんな言葉をかけた。しかし返ってきたのは恍惚と狂喜を笑顔で塗りつぶしたような表情と不気味な笑い声だった。一瞬、本気で狂ってしまったのではないかと思うほどだ。


「スーと魔王様の子供か…それは予想外だよ。けど、そう考えりゃそれだけ強いのも納得だ」


 そういうと徐々にミリーの魔力や闘気が高まっていくのを感じた。さっきのがマックスではなかったのか?


「弱い奴を蹂躙するのも楽しいけどな、同時に強い奴と闘うのも大好きだ。二人の息子ってんなら相手に取って不足はねえ」

「いや、僕は闘う気は、」

「うるせえ! ここまで盛り上げておいて収まりがつくかぁ!!」


 そう言ってミリーは再び攻撃を繰り出して来た。何とかいなしながら僕は呟く。


「スピードも威力も上がってる…?」

「あははははっ!!」


 感情の昂りを力に変換している。僕はそんな予想を立てた。まだどうにかなるレベルではあるが青天井式に力が上がっていくとなると手がつけられなくなる。


 こうなった以上、物理的にダメージを与えて強制的に制止させるしかない。そう思って僕は攻撃を与えた。それはミリーの体に難なく当たったが、怯む様子はなかった。実際には痛みがあるはずなのに、気持ちが高ぶり、アドレナリンが大量に抽出されてリミッターが外れている。


 この手の輩を止めるには、もう殺す以外の道はない。だが僕は天地がひっくり返ってもその方法は選べない。だから苦し紛れに中途半端な攻撃を繰り出すくらいしかできない。


 その事にはミリーも感づいたようだった。


「無駄だ! 殺さねえ限り、あーしは止まんねぇぞ!?」

「くっ」


 僕はダメ元でもう一撃を食らわせた。すると倒壊した家の瓦礫にミリーの体が吹っ飛んでしまった。見た目には相当なダメージが入ったはず、けど彼女はすぐに起き上がって立ち向かってくるだろう。


 …。


 けれども僕の読みは外れた。


 待てど暮らせどミリーが向かってくることはない。


 まさか当たり所が悪かった? それとも今までのは演技で逃亡でも謀ったのか?


 様々な考えを頭に過らせてミリーが吹っ飛んだ辺りを探し始める。勢いよく飛んでいった先は普段、洗濯場として使っていた部屋だ。二日前にドロマーが訪れてから手付かずになっているので、洗っていない洗濯物も多い。瓦礫を片付ければまだ着れるものも多いだろう。


 そして今となっては見るも無惨なその洗濯場でミリーは横たわっていた。


 しかも、何故だか酔っぱらって。


「はれ? にゃんで? しからが、はいりゃにゃい…」


 呂律も回っていない口でそう言うと、あの【覚醒】での変身が段々と解かれ元のミリーの姿に戻っていく。そしてとうとう酔いつぶれたように動かなくなってしまった。だらしなく弛んだ口元からは一筋の涎が垂れている。


「…どう、なってんだ?」


 僕はミリーの緩急激しすぎる変化とこの状況とにあれこれと考えを巡らせたが、結局答えはでなかった。ここで思案するよりも、自宅兼食堂にいるかつての仲間に聞いた方が確実だろう。


 ミリーをお姫様だっこで抱えた僕は瓦礫を避けながら外に出る。するとそのタイミングで声をかけられた。


「メロディア君、無事ですか?」

「え?」


 声のした方を見ると三人分の人影があった。


 ドロマーさん、レイディアントさん、そして…誰?


 二人に挟まれて、というか二人に隠れるようにして女の子が一人立っていた。蜜柑色の頭巾に顔の半分は覆っているかのような大きな丸眼鏡。二人と見比べると大分幼い印象を受けるが、僕よりかは若干年上だろう。


 などと見知らぬ少女の特徴を挙げればキリがない。


 その中で一際異彩を放つ特徴がある。


 頭巾の少女の下半身は「尾花蛇」という魔界に生息する蛇のソレだったのだ。

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