第24話 驚く勇者の息子


 僕がそんなことを考えていると、ミリーとおぼしき彼女が質問をしてきた。


「ところで、お前はクラッシコ王国の子か?」

「はい。そうです」


 その言葉に嘘はない。戸籍の上では僕はクラッシコ王国の出身だ。だが勇者スコアの息子ということを打ち明けるべきか迷っていた。もしも自分の予想通り八英女のミリーだとしたら、自分や家族、知人達に危害を加える恐れがあるからだ。


「あーしは、その…勇者に用があって来たんだけど、この有り様だろ? 何か知らないか?」

「ああ、二日前に壊されたんですよ。よく魔獣とか腕試しの冒険者とかにやられるんで、勇者の家の崩壊はある種の名物ですね」 

「…やな名物だな」


 僕たちは苦笑いを浮かべる。すると彼女は別の質問をしてきた。


「なら勇者は城下町に?」

「いえ、旅に出てますよ。奥さんと一緒に」


 僕がそう言ったとき、ほんの一瞬空気が固まった。より具体的に言えば刹那ほどの短い間ではあるが、尋常でないほどの殺気がミリーから発せられた…ような気がしたのだ。


 だが本当にそれがミリーの殺気だったのか確証は持てない。それほど一瞬の出来事だった。


「…結婚したってのは本当だったんだな」

「ええ。子供もいますし」

「そっか。そっちも本当か」


 彼女は目に見えて消沈した。そしてため息を吐いて空っぽにした胃の中にガツガツと鍋の残りと鶏の乞食焼きを押し込んで平らげてしまう。


 少々、粗野な印象は受けるものの本質的に悪人とは思えない。僕の個人的な哲学から言っても他人に無償で料理を振る舞うことのできる人物は信用に値する。それに考えれば考えるほど、音無しのミリーその人に思えてならない。状況証拠が揃いすぎている。


 しかし仮に本人だった場合、一つ不可解な点がある。


 ドロマーさんの話によると、守護天使レイディアントを除いた八英女の全員が母である魔王の策略によって魔道に堕とされているはず。ま、結果としてレイディアントさんも堕ちていたのだが。


 ともあれミリーも堕落しているのは確定事項だ。けれど目の前の彼女はとても魔の眷属とは思えない。そうなるといよいよ本人に尋ねるくらいしか確かめる術がない。仮に暴れられたとして街中や家では被害が大きい。


 となると、やはりこの場で確かめるのが一番だった。


 僕は覚悟を決めた。


「もしかしてですけど…」

「ん?」

「あなたは八英女のミリーさんではないですか?」

「…」


 沈黙。否定しないということは肯定だった。ミリーもミリーで何かに感づいたのか、それとも白を切り通す事は無理だと思ったのか、あっさりと白状した。


「なんで分かったんだ?」

「父から聞いていた音無のミリーの話と被る点が多かったので」

「父って…まさかとは思うけど」

「勇者スコアの息子でメロディアと言います。言いそびれてしまってすみません」

「…マジかよ」

「一応、証拠として」


 僕はそういって収納空間から聖剣バトンを取り出した。ドロマーの時もそうだが、勇者スコアをよく知る者にとってこれは相当な身分証明になる。案の定、ミリーも目を丸くして驚き、同時に納得した顔つきになった。


 そこで僕は質問を仕返した。


「反対に尋ねますけど、あなたは本当にミリーさんなんですか?」

「…」


 返事はない。ずっと俯いてしまって動かない。


「先日、ドロマーさんとお会いしました。その時にあなたも魔王の手によって堕落させられたと聞いています。けど一向に魔族の気配が、」

「メロディアって言ったな」


 その時、僕の言葉が乱暴に遮られた。見ればミリーが脂汗を書き、苦悶の表情を浮かべていた。まるで激痛か何かを必死に堪えているかのようだった。そして乞うように言った。


「逃げろ。なるべく、遠くに」

「何を、」


 言っているんですか?


 と聞く事ができなかった。


 突如としてミリーがどす黒く、それでいて強大無比な魔力を発したからだ。それは爆弾のように拡散し、周囲の残骸もろとも僕を大きく吹き飛ばした。寸でのところで後ろに飛び退いていた僕はその勢いを殺して、何とか着地することはできた。


 鍋釜が吹き飛んだとか、半壊で済んでいた家が完全に倒壊したとか思うことは色々あったが、まずは目の前の脅威に対応しなければならない。


 闇よりも黒い魔力の煙が徐々に収まるとミリーらしき誰かが現れた。姿形はさっきまで対峙していた彼女のそれと同じなのにまるっきりの別人が立っている。


 髪は魔力と同じく真っ黒に染まり、両目は紫色の眼光を放っており、冒険家仕様になっていた拳法着も妖艶な魅力を醸し出す黒のチャイナ服になっている。スリットの隙間からはニーソックスに仕立てられたアーマースキンが見えた。


 それよりも何よりも全身から発せられる殺気と魔力が尋常ではない。わざわざ確認するまでもなく破壊と殺戮を求めている者の気配だった。それを感じ取ったのか、近くの森にいた動物達がこぞって逃げ出すのが雰囲気で伝わってくる。


 変身した、と言葉で言うのは単純だったが変化の落差がありすぎて理解が追い付かない。


「驚いたか? スコアのガキ」

「…一応確認しますけど、ミリーさんですよね?」

「ああ。正真正銘、あーしが八英女の一人、音無しのミリーだよ。ついさっき聞いてきただろ? 堕落したはずのあーしから魔族の気配が漂ってこないって。今はどうだ?」

「漂いすぎて痛いくらいです」


 唖然とする僕を見たミリーは「ククク」と愉快そうに笑い、鋭い犬歯を光らせた。そして自分の身に起こった堕落の経緯を話して聞かせてきた。


「ドロマーと会ったと言ったな? あーしのことはどこまで聞けたんだ?」

「守護天使レイディアントを除いた全員が堕ちていること、蜘蛛籠手のラーダが裏切ったこと、孤立無援の戦いを強いられた後に一人ずつ捕まり堕落させられたこと、そしてその全員が僕の命を狙っている、くらいの事ですね」

「ほとんど全部じゃねえか」

「そうでもないですよ。八英女個々人がどうやって堕ちたかは知りません。ただ父からは音無しのミリーは何よりも正義を信じ、弱者の為に拳を振るう戦士だったと聞かされてました。あなたは何がきっかけでそれを捨てたんです?」

「弱者の為に、ねえ」


 そう呟きながら、ミリーは足元に這っていた一匹の虫を嗜虐的な笑みを浮かべながら踏み潰した。


「あーしとしては今も昔も堕ちたとは思っていないんだ。魔王様に力の本当の使い方を教えてもらったってだけでね」

「力の使い方?」

「ああ。魔王様には元々十人の幹部がいた。いずれも名うての精鋭揃いさ、全員ぶっ殺してやったけどな」

「…」


 その話は知らない。そう言えば自分は母親が勇者スコアと出会う前にどんな暮らしをしていたのかほとんど知らない事を僕は思い出した。




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