第23話 料理を振舞われる勇者の息子
「気を付けて行ってきてくださいね」
そうして細かな指示を出し終えると僕は二人に見送られつつ店を出た。道中で騎士団の駐屯所に立ち寄ると先発調査の報告、もとい事件が解決したことを報告した。
まさかこの短期間で事件解決までこぎ着けるとは思っていなかった騎士団は大いに喜んだ。尤もレイディアントさんの身元を預かっている手前、大分事件と犯人像を脚色したのだが。ともあれ平和的に解決したのは間違いないので良しとした。
僕は騎士団の倉庫から木杭と木の板をもらうと、注意書きをしたためた。誰がか森の自宅を訪ねてきたときに街の方へ来て貰うためだ。屋台が潰れ、食堂を再開することを伝えると彼は駐屯所を後にする。この騎士団に宣伝すれば自ずとクラッシコ王国の城下町に情報が伝わることだろう。
やがて思い付いていた用事をすべて済ませた僕は看板を肩に担いで城下を出た。
こうして家が破壊されるのは初めてのことじゃない。魔獣や腕試しが目的の冒険者に家を襲われることは儘あることだったのだ。
そんな事を懐かしみながら、僕は半壊した家へ辿り着く。すると妙なことに気がついた。
誰もいないはずの倒壊した家の敷地から煙が出ていた。火事でないことはすぐにわかった。きな臭さはまるでない。むしろ森の中に漂ってくるのはとても美味しそうな料理の香りだった。
「誰か…来ているのか?」
僕は一応の用心をして家に近づいた。
すると、やはり即席で作られた竈に鍋がかけられていた。しかもこれは僕が家で使っていたものだ。誰かがここを訪ねて来て半壊した家の周りを捜索しながらついでに見つけた鍋釜で料理をしている…といった具合だろうか。
ここに姿が見えないのは森に足りない食材か、薪でも取りに行ったからだろう。
◇
一体誰がいるのか、ということはもちろん気になったがそれ以上に僕の関心を集めたものがある。それはお察しの通り、鍋でグツグツと煮込まれている料理の方だった。覗き込めば家の保管庫に備蓄してあった保存食が入っている。家がこの有り様なのだ、食料ごと放棄されたと思われても仕方がない。
空腹な人のお腹を満たす為に活用されたのなら文句はない。とりあえず来訪者は大いに野外料理に慣れている人物であるということはわかった。ともすれば貴族やお偉いさんではなく、冒険者である可能性が高い。
鍋一つ見ただけでそんな推測をしていると僕は後ろから声をかけられた。
「よう、ガキンチョ。腹減ってるのか?」
僕は少し驚きながら振り返った。声をかけられるまで彼女の気配にまるで気がつかなかったからだ。油断もあっただろうが、ここまで他人の接近を安易に許したのは久しぶりだ。
まるで獲物に近づく猫のように足音がない。
そして声をかけてきた女性の姿を見て、僕はある程度納得してしまった。
そこには脇に薪を担いだ猫の半獣人がいた。
ムジカには半獣人と呼ばれる種族が一定数存在している。彼らはその名の通り犬や猫などの四足獣と人間の両方の性質を兼ね揃えている。動物の能力を有している分、往々にして一般的な人間よりも身体能力に優れ、様々な冒険者ギルドや騎士団等で重宝される存在だ。
もしかしなくてもこの人がこの家を訪ね、鍋で料理をしていた張本人とみて間違いないだろう。
彼女は竈の傍に薪を下ろすと、ちらりと料理の様子を見た。そして木の皿にそのごった煮のようなスープをよそうと八重歯のような猫の牙を見せながら笑い、それを僕に差し出してきた。
「いっぱいあるからよ。遠慮しないで食っていきな」
そう言われて僕は確信した。ああ、この人はいい人だ、と。
特に空腹ではなかったが、僕は料理人として彼女の作る料理に強い興味があった。なのでありがたくそれを頂戴した。保存用に加工した肉とこの辺りで採れる野草や木の実が入ったスープだ。この木の実はジャコロブといって出汁が採れる上に具にもなるのでスープ料理にはもってこいだ。やはりただの料理上手と言うわけでなく、サバイバルの知識も豊富らしい。
さて、肝心のお味は…。
「美味しいです」
「へへ、良かった。もう一品あるんだけど、食うか?」
「え?」
僕はそう言われて辺りを見回した。しかし、目の前の竈以外に料理をしている気配はない。すると彼女は鍋をどけて焚き火の下の土を掘り返し始めた。まだ炎の熱はかなり残っているのに、まるで気にすることなく素手で掘っていく。するとカチカチになった土塊を取り出す。
それを砕くと中から蒸し鶏が出てきた。味付けや香り付けは済んでいるようで、ふわっとした食欲をそそる香りが広がる。
いつかどこかで調理器具を使わない料理の仕方の一つとして聞き齧ったことがある。名前は確か…。
「もしかして乞食焼き、ですか?」
「お、よく知ってるな」
「フライパンも鍋もまだいっぱいあるじゃないですか」
僕はその辺りにまとまって置かれている調理器具を指差して言う。
「たまに作らないと感覚が鈍るのさ。あーしは外で料理することが多かったから、定期的にやらないとむずむずしちまう」
そう言って笑う彼女の顔をみたとき、僕の脳裏に一つの記憶が思い起こされた。それは父、勇者スコアから聞かされていた冒険譚と『八英女』の一人である魔法拳闘士・音無しのミリーの話だった。
音無しのミリー。
八英女の一人にして、勇者スコアと同じくクラッシコ王国出身の魔法拳闘士だ。略称で魔闘士とも呼ばれる。
魔闘士は属性付与を施した拳や蹴りを駆使したり、簡易な回復魔法を使ったりできるので攻防の両面から重宝される存在だ。その上、ミリーは猫の半獣人であり、猫としての五感や身体能力を遺憾なく発揮して八面六臂の活躍をした聞いている。
反面、魔闘士は拳法家として肉体を鍛えつつ、更に魔術の勉強も必要になるので成り手はかなり少ない。
ところで父の話によるとミリーが活躍したのは戦闘に限ったことではないという。彼女は二つの要素で非戦闘中もその存在を際立たせたという。
一つはパーティのムードメーカー。元来、竹を割ったような性格だったそうで誰とでも打ち解ける才能を持っていたらしい。ほとんどが初対面の勇者パーティの橋渡し役をうまくこなしていたと聞く。特に父とは幼馴染みの関係だったそうで、父が聖剣に選ばれ旅に出ることが決まった時も真っ先にミリーに同行を頼んだというのは有名な話だ。
そしてもう一つ。それは料理の腕前だ。
どうしても野営が多くなる旅の間、ミリーはどんなに劣悪な環境でも美味しい料理を作ってパーティの英気を養っていたそうだ。父も「あいつがいなかったら、とっくにパーティが瓦解してた」とよく言っていた。
いざ戦闘となれば魔闘士として中衛を務めて攻防のかすがいとなり、それが終われば料理で疲れを癒してくれる。
曰く、表舞台に出てくる縁の下の力持ちのような奴、だと。
そして父はミリーの話が出る度に茶虎猫のような髪の毛と、エメラルド色に光る両目が好きだったと聞かせてくれた。
…では、改めて目の前にいる彼女を見てみよう。
茶虎猫のように縞模様の入った髪の毛。
エメラルド色の瞳。
手には拳法家が使うような手甲。
今披露してくれた料理の技。
…。
あれ? この人ミリーじゃね?
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