堕ちたる魔法拳闘士

第22話 帰路につく勇者の息子


  ローナ家の一悶着を見事解決させた僕たちは、多大な感謝の言葉と共に見送られて屋敷を後にした。もちろん、報酬をアガタフホテルの修繕に当てる事で一切の遺恨をも残さない事で決着をつけられた。


 色々なトラブルからひとまずは解放された僕は、その開放感から屈託のない笑顔を後ろの二人に向けた。


「さて。ギタ村での仕事は終わりましたし、クラッシコ王国に戻りますか。」

「そうですね。騎士団に報告して報酬ももらいましょう」

「レイディアントさんを引き渡すつもりはないので、たぶん無理ですよ」

「あら、それは残念」


 そんな僕とドロマーさんの会話にレイディアントさんが割って入る。


「ちょっと待て。我はこれからも行動を共にしなければならぬのか?」

「え? 僕はそのつもりですけど」

「そうはいかん。我にはこの世の悪を裁き、理想の千年王国を築くという崇高なる使命が…」

「…なら僕から離れる前にお金を返してください」

「え?」


 レイディアントさんは鳩が豆鉄砲を食ったような、正しくそんな顔で何とも気の抜けた声を出した。僕はそんな彼女に追い打ちをかけるよう、冷徹に言った。


「え? じゃないですよ。そもそも今回の料理人として仕事を引き受けた経緯はレイディアントさんがホテルの一室をメチャクチャにしたからですよ。そしてその修繕費は僕がローナ家に料理を作ったその報酬で賄っています。とどのつまり、あなたは僕に借金をしているということです」

「あ、う」

「それとも借金を踏み倒すのは悪ではないんですか?」

「そ、そんな訳なかろう!」


 レイディアントさんはムキになって答えた。それを見て僕はほくそ笑みを浮かべながら言った。


 その言葉が聞きたかった。


「だったらお金を返すまでは僕の側にいてもらいます」

「し、承知した。しかし問題がある」

「なんですか?」

「今の我には金銭を稼ぐ手だてがない…」


 シュンとした態度でレイディアントさんは申し訳なさそうに呟く。曲がったことや不正に機敏な彼女は借金というものに心底負い目を感じているようだった。


 そんな顔をさせるのは僕としても不本意だったので、すぐに自分の本意を打ち明ける。


「大丈夫ですよ。レイディアントさんの働き口はちゃんと考えていますから」

「本当か? いったい何を?」


 そう尋ねるレイディアントさんに向かって、ドロマーさんはいやらしい笑みを浮かべてサキュバス特有の淫気と共に言葉を吐き出す。


「愚問ですね、レイディアント。メロディア君は男、あなたは女。借金なんて汚名を雪ぐには彼に傅き、媚びへつらってその体を捧げるのです」

「っく。いっそ殺せ」

「何二人で盛り上ってんだ。ていうか、ドロマーさんも弁償の途中なのをお忘れなく」

「私は借金がなくてもメロディア君から離れるつもりはありませんが・・・具体的に何をすれば?」

「ふふふ」


 僕は意味深な笑みを二人に向けた。彼には考えがあったのだ。というよりも騎士団から調査の仕事の依頼がなければ、今ごろは壊れた屋台の代替案としてやっていたであろう仕事を二人に手伝わせるつもりだった。


「ま、クラッシコ王国に帰ったら話しますよ。準備が必要なのでさっさと帰りましょう」


 そうして僕たちはギタ村の郊外を目指し歩きだした。流石にこんな町中でドロマーさんが本来のドラゴンの姿に変身してしまってはパニックになりかねないからだ。


 行きしなの道中で三人は屋台に立ち寄ってホットドックを買った。ギタ村は近隣の要所のため人の通りが多い。そして訪れる人が口々に誉めそやすのがソーセージと地ビールである。未成年の僕はもちろんアルコールを飲むことはできなかったので二人にそれらご馳走をしつつ、味の感想を聞いた。


 過程はどうあれローナ家の問題を解決するに当たって二人の助力に感謝したいとも僕は思っていたのだ。


 しかし公衆の面前でソーセージを卑猥に頬張ったドロマーさんには鉄拳も食らわしていたが。


 やがて食事もほどほどにギタ村の門を抜け草原に出ると、ここにやって来た時と同じようにドロマーさんは竜に変じて僕を乗せ、レイディアントさんは背中から信仰の翼を生やして大空へと舞い上がった。


 ドロマーさんの背中から次第に小さくなっていくギタ村を見つつ、僕は帰宅してからの仕事に関して思いを巡らせていた。


 それからほんのひと時、空中散歩を楽しんだ。


 例によって民衆の混乱を避けるためにクラッシコ王国からほどよく離れた場所にドロマーさんは降りた。人の形になると、そのタイミングでレイディアントさんが隣に舞い降りてくる。そして彼女は胸壁に囲まれた城下町を見て懐かしそうに呟いたのだ。


「クラッシコ王国か…」


 ドロマーさんはてっきり城下町から外れた森の中にある壊れた自宅に向かうのだろうと予想を立てていただろう。


 だからこそ、それを裏切って街に向かった僕にどこに行くつもりなのかと素直な疑問をぶつけた。


「あれ? お家ではなくて街に行くんですか?」

「ええ。あの家はしばらくは住めないんで、昔に使っていた家に行きます。騎士団への報告もありますからね」


 僕はそう言って二人を町中にあるかつての自宅に案内する。森の中に構えた住居は勇者スコアを一目みたいとか、武者修行目当ての野次馬達を避けるための家だ。正式な来客や友人の来訪に備えて街中にも家は残してあった。


 そしてその住居にはもう一つ秘密があった。


 やがて僕たちはクラッシコ王国の城下町にある主要地区の中でも、大通りに面した中々に良い立地に建った一軒の家にたどり着く。その家こそが世界を救った後に勇者が立てた家であり、僕の生家でもあった。


 ただし、世界を救った勇者の家として見ると少々みすぼらしくも思える。だが勇者スコアの性格を知っている八英女の二人からすれば、きっと様々な特権や報酬を断ったり、貧しい人に施したりしているのだろうと確信めいた予想はできていたように思える。


 二人が僕に続いて家の中に入っていく。途端に淀んだ空気が鼻孔をかすめた。定期的に掃除はしていたのだが、しばらく空気が流れもせず佇んでいたようで湿った埃の匂いがした。


 それは僕も自覚していたので何はなくとも先に窓を全開にして新鮮な風と光を部屋の中に取り込んだ。たったそれだけのことでも家が息を吹き返したかのように生き生きとし出した気がした。


 ◇


 そうして荷物を下ろすと僕は更に二人を家の奥へ連れていった。奥には下に続く階段があり、それを降りると更に広々とした空間が広がっていた。


 並べられた机と椅子。


 綺麗に掃除された厨房。


「もしかしなくても…ここは食堂ですか?」

「はい。両親がほぼ道楽でやっていた食堂です。ここを営業再開させてしばらくの生活費を稼ごうかと思ってます。僕一人ではどうしようもなくて屋台を引いていたんですが、お二人という人手が確保できましたので」

「なるほど。ここで給仕係りでもして借金を返せと」

「ええ。料理は僕が担当しますので、お二人に店の事をお願いしたいと考えています」


 僕が自分の考えを打ち明けるとドロマーがふふふと愉快そうに笑いだした。


「なんだ、その笑いは?」

「いえ、実は密かに憧れていたんです」

「給仕にか?」

「給仕係というか、こうして町で働くことに対してですね。剣を持って戦うばかりの日々でしたから」

「そう言うことか…確かに分からなくはない」

「ふふ。メロディア君の料理を食べて満たされた人を私が食べて満たされる。素晴らしいお店です」

「そんないかがわしい飲食店にするつもりはない」

「ダメですよ、そのような時代遅れなことを言っては。フードポルノという言葉もあるくらいですから」

「意味が違えよ」


 僕は隅から箒などの掃除道具を取り出すと、それを二人に渡した。


 一応はこの店舗の事も気にかけてはいたが、営業を再開するとなると掃除は必要不可欠だ。それに加えて鍋釜包丁などの調理器具は使わないと錆びるので、屋台や普段使い用に森の自宅に粗方持っていってしまっている。野ざらしになっているであろうそれらもこちらに持ってこなければならない。


 それに材料の定期購入をするために業者に連絡をしたり、屋台をやめて再び食堂を再開することを告知したりと、ただ店を開けるだけでもやることは山積みだった。


「で、僕は森の方の家に行って必要なものや無事な家具なんかを持って帰ってきます。お二人は店の掃除をしててください。終わったら今日は自由にしてもらって構いません。二階と三階には部屋も沢山あるので、お好きな部屋を自室にしていいので」

「承知した。借金を返しきるまで大人しく従おう」

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