第21話 焼うどんと勇者の息子

「いやアンタ、何考えてんの?」

「だってせっかく作ったのに勿体ないじゃないですか。皆さん、お腹空いているでしょう?」

「今、食事とか会食がどうとか言ってる場合じゃないのは見たらわかるでしょ!?」

「ヤタムさんこそ、見たらわかるでしょ? シャニス様は大分お腹空いてますよ」

「だからって…」


 そこまで話すと僕はスタスタとシャニスのところへ料理を運びに行ってしまった。まるで掴みどころのない性格にヤタムさんはすっかり毒気を抜かれる思いだ。ま、計算なんですけど。


 僕は決してペースを崩さない。部屋に入ってきた段階から、既に全員が知らない内に僕の雰囲気に飲み込まれている。


「はい、どうぞ。お待たせしました」


 そう言って差し出された料理はシャニスさんと彼に近寄っていた五人の子供たちにしか見えなかった。こんな状況になっても…いや、だからこそ。エンカ皇国の情緒を感じさせるような気品溢れる懐石料理を期待していたはず。


 だが実際に出された料理は気品らしさとは程遠いようなみすぼらしい料理だったのだ。


「な、なんですか。この料理は!?」


 次兄のマズナイは自分でもビックリするほどの大声で僕を叱咤する。


「焼きうどんです」

「や、ヤ、ヤキウドン??」


 見たことも聞いた事ない料理に五人の子供らは茫然とすべきか、怒りを露わにすべきか判断しかねた。しかし、その中でヤタムさんだけが衝撃的な表情を惜しみなく僕に向けている。


「はい。エンカ皇国の庶民料理です。シャニス様が喜ぶと思いまして」

「バカな! こんな粗末な料理を喜ぶわけがないだろう!」

「そうですわ! エンカ皇国の料理なら懐石料理や本膳料理を出すなら分かりますけど」

「いやいや、この状況を見てくださいよ。とても懐石料理なんて楽しめる雰囲気じゃないでしょう?」

「き、君がそれを言うのかね!?」


 するとその時、誰かが素早く動いたのを全員が目の端で捉えた。見ればシャニスさんが箸を取り、満面の笑みで焼きうどんを頬張っていた。


「美味い! これは美味いぞ!」

「お、お父さん…」


 それを見て僕はニヤッと笑う。そして配膳台からとてもよく冷えた一本の瓶ビールを取り出す。


「シャニス様。こちらもいかがですか?」

「おお! 若いの、分かってるじゃないか」

「ありがとうございます。でも僕がお酌をするのは恐れ多いので…ヤタムさん。お願いできますか?」

「ふぇ?」


 ただ事の成り行きを見守っていただけのヤタムさんは不意に名前を呼ばれて、どこから出したのか分からない声を出した。そして僕に手を引かれると、言われるがままにビール瓶を持たされシャニスさんに酌をさせられた。


 すると在りし日の思い出が彼女の中に思い返されたようだ。夢の中で記憶を覗いた限りは半年に一、二度しか訪れることはなかったが、家にいる時はこうして楽しそうにご飯を食べてお酒を飲んでいた。


 ヤタムさんは母の庶民的な料理を満面の笑みで食べるシャニスさんの事が本当に好きだった。ヤタムさんたちといる間のシャニスさんは、ひょっとしたら貴族というのは嘘なのではないかと思えるほど、愉快で砕けた男だったのだ。


「それにしてもいい味だ。クウカが作ったのか?」

「いえ、こちらのメロディア…え?」


 分かりやすく固まったヤタムは焦燥の色を抑えられず、慌ててシャニスさんにもう一度確認した。


「待って、パパ。今、ママの名前を…?」

「違うのか? この味はクウカの作った焼きうどんだと思ったんだが。ひょっとしてヤタムが作ってくれたのか?」

「…」


 記憶が戻っている。その事実に気が付いただけでヤタムさんは今までの全てが報われたような、そんな気分になってしまった。


 そして感傷的な気分になり、色々と考えを粗めさせられているのは五人の子供たちも一緒だった。言葉を失って、一体どうすべきかを全員があれこれと思案している。


 ここでもやはり彼らを動かすことができたのは僕だけだった。


「皆さん」

「え?」

「いっぱい作ったので、モノの試しに召し上がってはみませんか?」


 そうしてローナ家始まって以来の事となる、庶民的な料理での当主の誕生を祝う席が設けられた。もっとも五人の子供たちにはキチンと準備した懐石料理も振る舞ったのだが、むしろ五人の方から自分たちにも焼きうどんを出してもらえるよう請願があったのだ。


 子どもたちは何とも神妙な面持ちで料理を口にしていた。あれほど口やかましかったのに、今となっては黙々と味わいつつかつての厳格さとはかけ離れて笑顔を見せる父親の顔を見ていた。


 やがて食事が終わると、長兄のゴローイが意を決したように言う。


 なんとヤタムさんをギタ村のローナ家に正式招き、シャニスの面倒を見てもらいたいというのだ。弟妹達は驚きこそしたが、全員が心のどこかでそれが叶えばという期待があったのも事実。反射的に異論を唱えようとしたが、十分な理由が見つけられない。むしろ決定権はヤタムの方にあるのだから。


 彼女も彼女でまさかそんな申し出を得られるとは思っていなかったようで、目を丸くしていた。嬉しくはあったが同時に複雑な心境でもあった。目の前にいる五人の事は長年憎々しく思っていたし、その反動から没落を企てていたのだから無理からぬことである。調度品の数々は返却売却ができるにしても、並々ならない損害をこの家に与えてしまっている。素直に受け入れられないのだった。


 だから彼女はずうずうしい提案をし返した。それは自分の当初の目的だ。


「母が一緒でもいいのでしたら」


 きっと断られるとヤタムさんは思っていた。いくらなんでも不貞を働いた自分と、その母親…しかも当主の不倫相手を堂々と迎え入れるなんてことは起こりえないと思っていたのだ。しかしヤタムさんの予感は当たることはなかった。


 ゴローイが毅然として断言したからだ。


「勿論。私はそのつもりでしたよ」

「う」


 ジョーカーを失ってしまったヤタムさんは少々困惑した。しかし何故かまた黙してしまっている父の笑顔を見るとその隣に母の姿がちらついた。そうすうと心のつかえが取れ、自然と五人の子供たちに向かって頭を下げていた。


「これまでの不貞をお詫びいたします。それでも私を許していただけるのでしたら、是非お願いいたします」

「こちらこそ」


 そんな約束が交わされた後、ヤタムさんは改めて僕たちを見た。そして軽やかな心持を必死に抑えて飽くまでも気品を保ちながら近寄ってくる。そして僕たちに向かって恭しくお礼の言葉を述べた。


「レイディアント様、ドロマー様、そしてメロディア様。ありがとうございました」


 礼を言われて参ったのはドロマーさんとレイディアントさんだった。二人とも名実ともに何もしていないという自負があったから当然と言えば当然だが。困ったように視線を右往左往させ、最終的には僕に行きつく。


 僕は朗らかに笑み、


「なんてことないですよ」


 と言った。


 そんな彼を見た途端、ドロマーさんとレイディアントさんは少々胸にチクリとした痛みを感じたように一瞬だけ眉をひそめた。


 まるで記憶の中の勇者スコアの笑顔と僕の笑顔は堕ちてしまった今の自分が直視してはいけないもののように思えてならない。そう言いたげだった。

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