第19話 覚悟を決める勇者の息子
そうして迎えたローナ家現当主、シャニスの誕生会当日。
厨房にはレイディアントさんは元よりドロマーさんの姿もあった。しかもどこから手に入れたのかこの屋敷のメイドの格好までしている。何でもヒカサイマを適当に言いくるめて厨房に入る許可を貰ったらしい。ただ外で待たれるよりは給仕など頼めることも増えるので僕に取っても良い機転だった。
「ところでメロディア君。私、一つ見落としていた事に気が付いたんですけど」
「何ですか?」
「ヤタムさんとシャニス様を含めたこの家の確執は夢で調べられましたけど、もう一人の執事の方の事をすっかり忘れていませんか?」
「クナツシさんの事ですか?」
「…そう言えば、あちらの御仁の事をすっかり忘れていたな」
「ええ。今日の会食をしっちゃかめっちゃかにするつもりですけど、あの人を放っておいて支障があるのではないですか?」
「忘れてたわけじゃないですよ。どの道、クナツシさんの夢には入れなかったと思います」
「なぜ、夢に入れないんだ?」
その質問に対して僕はキョトンとしながら返事をした。
「あれ? 気が付いてませんでした? あの方はジュエリー・サーヴァントですよ」
「「ジュエリー・サーヴァント?」」
耳慣れない言葉に二人の疑問の声が重なった。
「はい。ヤタムさんが指輪をはめていたでしょう? あの指輪の精霊です。先祖代々の装飾品とかを持っている貴族や王族なんかの家にはたまにいますね。多分、シャニス様が罪滅ぼしか何かを思ってヤタムさん達に色々と援助をしていたんじゃないでしょうか? 高級な装飾品なんかを娘に送ったとしても不思議はありませんし」
そう言ったタイミングで壁掛け時計が鳴った。
まもなく本邸から子供たちがここに訪れる頃合いだ。
「それじゃあ、そろそろ仕上げに入りますか」
僕はそう言って包丁を持つ。そしてドロマーさんとレイディアントさんが目を見張るほどの素早さと手際の良さで料理をし始めたのだった。
◆
その頃、ヤタムは覚悟と祈りを込めた表情で会食会場の最終チェックをしていた。
実を言えばヤタムの目的はシャニスの命を奪う事でも、ローナ家を没落させることでもなく、別のところにあった。それは父であるシャニスを母の待つ『エンカ皇国』の我が家に迎え入れるという事だった。
本来であればシャニスから送られた指輪を証拠にして、父のシャニスを説得するつもりだった。仮に自分の条件を飲んで母と一緒に暮らすと約束してくれるのであれば、積年の恨みを全て水に流してもいいという覚悟も持っていた。
しかし十数年ぶりに顔を合わせた彼は初期の認知症が始まっており、ヤタムの事も母親の事もエンカ皇国での出来事の事もかすんだ程度にしか覚えていなかったのである。
その事実に諦めることのできなかったヤタムは、絶望するよりも先にどうすればいいのかを模索した。
結果、シャニスの認知症を反対に利用してしまおうと考えた。まだ辛うじて自分たちの事を覚えていたシャニスを言いくるめて、半ば無理やり専属の侍女としての立場を得ると簡単なマインドコントロールを施しながらローナ家を裏で操ってしまおうと画策したのだ。
シャニスの名の下にこの家の財産を食いつぶしてローナ家を破滅させる。
そうすればやがて行き場をなくした父を自分の家に連れ帰ることが容易になるし、母親が違うだけで日陰を歩まされた自分の人生の復讐も熟すことのできる両得の名案だった。
しかし、その為にはシャニスの認知症を外部に絶対に漏らしてはならないという条件が必須だった。そう言った意味では仕事や任務のために家を空けることの多い息子たちは格好の存在でもある。
これまでの催事は老齢による体調不良という事で誤魔化してきたが、それもいよいよ難しくなっている。だが、この誕生会さえ家族に悟られずに乗り切れば取り返しのつかない程の損害を与えられるはずだった。
「待っててね、お母さん」
ヤタムは窓の外のはるか向こうにいる母親に思いを馳せながら、自分の耳にも聞こえない程の小さい声で呟いたのだった。
そして様々な思惑が渦巻くなかで、いよいよシャニスの誕生会が始まった。
◆
僕たちはヤタムさんと共に玄関に立って五人の子供たちを出迎えた。子息たちは離れにくるなり、建前上は今回のシェフであるレイディアントに激励や奨励の言葉を掛けた。
「アナタが今日のシェフさんね?」
「レイディアントでございます」
「昨日のジェラードは大変おいしく頂戴しました。今日の料理も楽しみにしていますよ」
「しかもあの『八英女』の一人と同じお名前だそうで。縁起がいいことこの上ない」
本人だけどね、と僕たちの胸中は図らずもハモっていた。
やがて五人の子供たちを会食用の部屋に案内させると、ヤタムさんが懇ろに一礼をした。
「本日はようこそお出でくださいました。これよりシャニス様をお呼びいたしますので、しばらくお待ちください」
「うむ。今日は離れの中に入れたから文句はいいませんよ」
次兄の皮肉めいたジョークに子供たちは笑った。
それを背中に受けつつ、ヤタムさんは部屋を後にする。それに従って僕たちも配膳の支度と称して部屋を出た。去り際にドロマーさんはヒカサイマに向かってウインクを飛ばすのが見えた。きっと朝の段階で指示通りにヒカサイマにだけはシャニスの状態を教えてくれたのだろうと僕は思った。
廊下に出た僕はシャニスさんの待つ部屋へと向かうヤタムさんの背中を見た。
きびきびと毅然とした態度で歩く彼女からは戦う前の戦士が放つ闘志に似たオーラが発せられている気がした。
だから僕も覚悟のレベルを一段階上げて事に臨むことにしたのだった。
◆
ヤタムは部屋に辿り着くと落胆した。シャニスが目に見えて疲弊して、とてもだらしない格好になっていたからだ。
(パパの調子がよりにもよって今日悪くなるなんて…どうして?)
そんな愚痴を何とか胸中に抑え込み、ヤタムはシャニスの着替えを手伝い始める。
「今日は大分めかし込むんだな。何かあったのか?」
「ふふふ。シャニス様のお誕生日ですよ。お忘れですか」
「…そうか。今日だったか」
「ええ。お子様方も全員お集まりですから。着替えて参りましょう」
「そうか…そうか」
シャニスの着替えを手伝いながら、ヤタムは心の底から今日という日が無事に終わってくれるように希っていた。
そしてシャニスが子供たちの待つ部屋に来ると空気が少しだけ堅くなった。それは偏にヤタムの底知れない執念が滲み出した緊張感からくるものだ。
子どもらは妙な雰囲気には気が付いたものの気のせいだという事にして、口々に父親にお祝いの言葉を述べ始める。
「お父さん。七十歳の誕生日、おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
「これを受け取ってください。私達五人からの贈り物ですわ」
「ほう…これは?」
「スビーナセ・ラシオ先生のお作りになった花入れです。」
それはシャニスが長らく執心していた陶芸作家の作だった。質素倹約を地で行くシャニスは芸術品を誇らしげに購入することはないが、スビーナセの作品だけは別扱いで大層な気に入り様を見せていた。
「ほう。これは中々いい。スビーナセ先生か…こんないいものを作る方がまだいたんだなあ」
まるで初めて名前を聞いたようなシャニスの物言いに五人は少々惑う。唯一、ドロマーから事前に一滴の真実を匂わされているヒカサイマだけが猜疑に満ちた目を向けてきていた。
「この動乱の時勢にのうのうと隠居生活をして、家の事を任せっきりにしているのは私も不甲斐なく思っているよ」
「何を仰いますか。お父さんが頑張ってこられたからこそ、領民たちはこのローナ家を信用してくれているのです」
「ええ。私達はローナ家に泥を塗らぬようにしているだけ。礎を築いたお父さんの功績とは比べるのも烏滸がましい」
「しかし…私だって正しい人間じゃない。だからこそせめて生き方だけは正しくしようと思っていた。アレは…アレは、何だったか。」
急にシャニスの雰囲気が変わったことにその場の全員が気が付いた。中でも一番冷や汗を掻いていたのは他でもないヤタムだ。そして急かすように言う。
「シャニス様。お祝いの席でそのように落ち込まれてはお子様たちも困惑してしまいます。料理も出来上がっているのですから、温かいうちにお召し上がりになってくださいませ。レイディアント様、お料理の準備をお願いいたします」
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