第11話 堕ちたる守護天使と勇者息子
「うう…」
血塗れの女は腹部にダメージが残っているのか、腹を抑えながら起き上がった。そして見知らぬ天井を見て、混乱しているように言う。
「ここは…」
「お早うございます。お加減は?」
「! 貴様は…うぐゥ」
「大丈夫ですか?」
「触るな!」
血塗れ女は駆け寄ってきたドロマーさんの手を乱暴に振り払った。メロディアは一気に緊張した。武器は取りげているものの何をしでかすか分からない怖さがあるからだ。まあそれでもドロマーさんであれば無用の心配かも知れないが。
すると次の瞬間、この場の誰しもが予想していなかったことが起こった。血塗れの女がドロマーさんの名を呼んだのだ。
「…貴様、ドロマーか?」
「え?」
そう尋ねられたドロマーさん以上に僕の方が驚いた。世間一般では死亡したと認知されているドロマーさんの正体を一目見ただけで言い当てたという事は、並々ならぬ関係を持っていたことは安易に予想ができる。
ドロマーさんも同じような事を考えていたようだった。しかし彼女の場合、血塗れの女の前髪が邪魔をしていまひとつ記憶と照合できていない様子だ。
けれども服装や体格、声、仕草などからある程度の予想はつけられた。それでもあくまで予想だったのでドロマーさんももしかして、という前置きを置いた。
「もしかしてアナタ…レイディアントですか?」
「え?」
「ああ、そうだ」
レイディアントは乱れ髪を掻き上げるとふんだんに殺気を乗せた眼差しを向けた。服は血に染まり、髪や顔は泥で汚れている。それでも僕は不謹慎にも初めて見た守護天使レイディアントの絵画のような美貌に魅了されていた。
しかし冷静になってみると辻褄が合わない。
ドロマーさん曰く、守護天使レイディアントは八英女のうちで唯一消息が不明だった人物。そんな人物が何故二十年後の今になってギタ村の山林であんな非道な事をしていたのだろうか。考えれば考えるほど訳が分からない。
僕は言葉を見つけることができず、成り行きをただ見つめることしかできないでいた。
「何故、貴様がこんなところに」
「それはこっちのセリフですよ。魔界に入って散り散りになってから全く連絡が取れないんですもの。てっきり死んでしまったんだと思ってました」
「舐めるな。我はアレから一人でずっと魔族と戦っていた。」
「え? それなら何でお城にこなかったんですか」
「……貴様やスコアが捕まったと聞いて何度も魔王の居城へ向かおうとしていたさ」
「でしたらどうして…あ」
ドロマーさんはレイディアントが消息不明になった理由に予想が付いたような声を出した。
僕はこの中で唯一その理由に見当もついていなかったので二人に問いかけようとした。しかしそのタイミングで再び部屋のドアがノックされた。
「…」
何とも言い難いタイミングで話の腰を折られた三人の間に微妙な沈黙が流れる。僕は気まずそうな会釈を一つして、部屋の戸を開けた。
「あ。おかえり」
戸を叩いたのは老人の介抱と兵士団への報告を命令していた分身だった。しかも分身はパンが入った紙袋を抱えている。きっと兵士団の人たちが気を利かせて持たせてくれたのではないかと推測した。
すると部屋に入ってきた分身を見てドロマーとレイディアントの二人は素直に驚きを顔で表現した。
「ど、どういうことですか?」
「ただの魔法です。ちょっと複雑な術ですが」
そういうと魔法が解けてマントとパンの入った紙袋だけが残された。僕はそれを拾い上げると良いアイデアを思いついたので二人に言った。
「ちょうどよかった。軽く食べてお話しま―――」
だがそれを言い切ることはできなかった。
レイディアントがあろうことか部屋の中で聖化を行い、片翼を思い切り広げたのだ。闇に飲まれたような白い翼は文字通りに禍々しいオーラを纏った羽をマシンガンの弾のように射出してきたのだ。
僕は神懸った速さでドロマーさんを抱きかかえるとマントを拾い上げて咄嗟に防御に集中した。その甲斐あって羽によるダメージは全くなかったが、代わりにパンを失いレイディアントが次なる攻撃に転換する隙を与えてしまった。
「来たれ」
レイディアントがそう叫ぶと部屋の隅に立てかけていた槍が彼女の手に意思を持っているかのように飛んできた。その槍で素早くマントをはじき返すと、器用に僕とドロマーさんの首に柄を宛がい壁に押し当て身動きを封じた。両翼を開いたのは、二人が妙な動きをしたなら即座に射殺するという警告の表れだった。
壁や窓には僕が結界を施していたので傷ができることはなかったが、内装は戦争でも起きたのかと言わんばかりの惨状だ。
しかしそんな事など気にする余裕もないほどの迫力でレイディアントの詰問が始まったのである。
「我が問いに答えろ。妙な真似をすれば命はない」
「…」
壁に押し付けられた僕はただただ押し黙ってしまった。レイディアントは恐怖で声も出ないと思い込んだようだけど、僕の実力をよく知るドロマーさんは何か考え合っての事だろうと、あえて触れぬように振る舞っていた。
そして僕に代わって質疑応答の役を買ってくれる。
「質問というのは?」
「貴様らとそこに落ちている外套からは魔族の気配が漂ってきている。どういうことだ」
「…分かりました、お答えします」
そう言ってドロマーさんは僕にチラリと目配せをした。本当の事を話してもいいかと言う確認をしたかったのだが、僕は相変わらずレイディアントを見据えたまま動かないでいた。
なので仕方なくドロマーさんは嘘偽りなく真実を話す事にしたようだった。
「私から魔族の気配がするのは簡単です。あの時の奇襲攻撃の後、捕虜になった私は魔王様の手によって魔族に変えられたからです」
「…やはりか」
「おや? 予想していたのですか?」
「時折魔界で鉢合わせした魔族たちが口々にそう言っていたからな。八英女は我を残して全員が魔王の軍門に下ったと」
「ええ。その通りです。あなた以外は全員が捕らわれて、いずれもが魔族に変容してしまっています」
「……」
ギリッと歯を食いしばる音が聞こえた。それと同時に槍を持つ腕により力が籠められるのが分かった。
「ならこちらの子供は? 信じられぬかもしれないが我はこの子に不覚を取った。魔力は感じられるが同時に聖なる気配も漂わせている。何者だ?」
「この子はメロディア君と言います。アナタこそ信じられないかもしれませんが、メロディア君はスコアと魔王様の間にお生まれになった子です」
「な、何だと!?」
真実を告げられたレイディアントはこれ以上ないと言うほどに目を見開いた。そして僕を一瞥すると、その驚愕の感情は徐々にわなわなとした怒りへと変わっていくのが分かった。
「では…やはりスコアまでもが魔に堕ちていたという事か」
「ちょっと違いますね。詳しくは知りませんがメロディア君の話を聞く限り、どちらかと言えば魔王様がスコアに歩み寄ったような形です」
「同じこと。風の噂に聞けば魔王は見目麗しき女の魔族だろうじゃないか。情に絆され、戦うべき相手を見失い悪戯に悪を蔓延らせているだけだ! 最早スコアに義を語る資格などない。貴様ら共々我が裁きを下す」
と、レイディアントは自分が持てる最大限の殺気を放った。
流石のドロマーさんも形勢的にマズいと判断して僕に目を向けた。その時、ドロマーさんは何故ここまで僕が無言を貫いているのかを理解した。
僕もまた心のうちに怒りの炎を燃やしていたのである。そしてその熱を必死に抑えた声でレイディアントに問うた。
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