第9話 難癖をつけられる勇者の息子
僕がそう言うとドロマーさんは慌てて引き留めてきた。
「待ってください。それでしたらアガタフホテルを久しぶりに使いたいです」
「アガタフホテル? 格安ビジネスホテルの?」
「はい。そこは二十年前の旅でも本当によく使っていました」
「へえ」
それは初耳だった。
「あそこはシステムさえ変わっていなければ、この村のホテルで一番豊富なアダルトチャンネルが見れます」
「結局そう言う話かよ! つーか何で知ってんだ!?」
「スコアが私達に隠れてコソコソ見ていたので覚えています」
「父さん………っ」
ドロマーさんを叱りつけようと込み上げてきていた感情が行き場をなくし、喉と胸の間に突っかかった。同時に八英女にそんな恥ずかしい場面をばっちり見られていたという事実を知らされて少なくない同情の念も沸いた。
しかし選んでいいと言った手前、無下にするのは僕の道義に反することだった。それにペイチャンネルくらいであればラブホに泊まるよりは遥かにマシに思えたので、僕は大人しくドロマーさんの案内でアガタフホテルに向かって歩き始めた。
するとその道中でドロマーさんが素朴な疑問を投げかけてきた。
「そう言えばなんですが、スコアと魔王様はどうして旅を?」
「色々と問題がありまして」
「問題?」
「形だけとは言え魔王を倒したことでこの世界には平和が訪れると誰しもが思っていたそうです。母さんの力で魔界は閉ざされ、魔物の侵攻は極端に少なくなりましたから」
「ええ。それは身に染みています」
「しかし実際にはそう簡単にはいかなかった。魔王と戦っていた時は手を取り合って戦う事は出来ていましたが、ムジカの国々は共通の敵がいなくなったことで今まで目をつぶっていた問題と直面しなければいけなくなったんです」
僕はあえて意味深に言ってみたのだが、ドロマーさんは察しが付いたようで別段テンションを変えることもなく淡々と持論を語った。
「戦争が勃発したのでしょうね。領土、食糧、宗教、政治と理由を考え始めたらキリがありません」
「流石ですね」
「その事は私達の時代にも危惧されていました。メロディア君と会う前にもこの世界の情勢は多少見聞きしましたから」
「魔王を倒した勇者という事でどの国も喉から手が出るほど父を欲していました。その立場を利用して自らが交渉役と交渉材料を兼ねてあちこちを周り、大規模な戦争の勃発を食い止めている…それが父が家にいない理由です。あと母さんにこの世界を見せてあげたいという理由もあるみたいですけどね」
そこまで言い切ったところで僕は嫌な気配を感じ取った。
実をいうとギタ村を訪れてる前から危惧してた事があった。そしてその嫌な予感がどうやら本当に怒ってしまったらしかった。そう思うと自然と僕の口から大きなため息が漏れた。
そして先ほどの話を掘り返す。
「ドロマーさんの指摘がムジカ大陸の全体的な問題です。それに加えて局地的な問題もあるんです」
「というと?」
「魔王軍と戦っていた頃は貴族や町村の自警団たちは魔物と戦うために多くの武器や腕利きを揃えていました。しかしご存じの通り魔物は勢力を大きく失っています。そのせいで武力と腕力を良からぬやり方で使って治安を乱す輩が増えたんです」
「ああ…後ろからついてきているような方々の事ですね」
流石は歴戦の竜騎士だと僕は思った。ふざけたことばかり言っているから忘れてしまいそうになるが彼女の実力は本物だ。それがちょっぴりだけ嬉しくもあったのだから我ながら単純なやっちゃ。
「けど世界を救った勇者の息子にちょっかいをかけますか?」
「僕は所詮勇者の息子でしかありません。クラッシコ王国を出れば親の七光りなんて消えかけの蝋燭よりも頼りないですよ」
そう言い終えた瞬間、僕たちは乱暴に呼び止められた。
振り向くと絵に描いたような腕に覚えのありそうなやさぐれた剣士と、映画に出てきそうなくらい分かりやすい悪人面の巨漢が立っていた。
僕たちが振り向くと巨漢がにやけた顔をさらけ出しながら歩み寄ってくる。そうすると後ろにもう一人が立っていたことに気が付いた。
そこにはこれまた辞典に載っているような、如何にも性格のねじ曲がっているような太った貴族のような男がいた。年齢の頃は僕より若干上くらいだが、不摂生が顔面からにじみ出ていて余程不健康に見える。
「ウチの坊ちゃんが来いと言っている。ついて来てもらおうか」
「…急いでるんですが」
「そりゃ好都合だ。そっちの姉ちゃんを置いて急いでどっかに消えな。ローナ家の三男、ヒカサイマ様が少しお話したいと仰ってる」
「…」
案の定か、と僕は自分の浅はかさを呪った。ギタ村の治安が悪い事は事前に知っていたし、中身はともかくドロマーさんはかなりの美人。いらぬトラブルを招く可能性は高かったのに対策を怠ってしまった。中身はともかく。
当然、少しその気になればこの場を脱することは造作もないが、トラブルを起こしたくないという思いの方が強い。
僕はちらりと横に目を向けた。
「メロディア君、どうしましょう。このまま連れていかれていやらしい事をされる流れです♡」
「語尾にハート付けんな」
ドロマーさんはひそひそ僕に耳打ちをしだす。
「ここは大人しく私を引き渡しましょう」
「そんな訳にいかないですよ。ドロマーさんを一人にできないし、あの人たちに危害を加えさせられない」
「そうはいってもああいう輩にはお灸を据えたいとも思うでしょう?」
「そりゃそうだけど」
「命までは取りはしません。こういう女を物としか見ていない男を懲らしめる必要があります」
「あなたが僕から逃げられても困るんですよ」
「安心してください。あんなに凄い○○を体の中に入れられたら、もう他の男じゃ満足できません。必ずメロディア君の元に戻ってくるとお約束します」
「主語を敢えて伏せるな。魔力と言え」
そんな二人のやり取りを見ていた貴族の坊ちゃんとやらが痺れを切らせたようにまくし立ててきた。
「おい! 何をごちゃごちゃ喋っている。女、さっさと僕について来い。僕を誰だと思ってるんだ!」
「ワオ。こんなテンプレな人いるんですね♡ うえへへ」
「アンタもテンプレ側だよ」
そう言い終わるとドロマーはわざわざメロディアの後ろに回り込んだ。
「お許しください。私には心に決めた人がいるのです」
「へっへ。そんなチビよりヒカサイマ様に可愛がってもらいな。あの人が飽きたらオレ達が遊んでやるからよ」
「そ、そんな…参考までに伺いますけどヒカサイマ様の元には何人くらいの護衛がいらっしゃるんですか?」
「オレ達みたいな腕利きが十人はいる。痛い目を見ないうちについてきた方が身のためだぜ」
するとドロマーは巨漢の手を掴むとわざと手を後ろに回させ関節を極められているように装った。すると芝居がかったセリフを飛ばす。
「お許しください。ああ、メロディア君。助けてー。十人もの飢えた獣たちが私を弄ぼうとしているー」
「え、え……え?」
巨漢は混乱している。そして手を引かれるままローナのところに、むしろ連れてこられたような形になっている。
しかしヒカサイマは全く気が付かず、満足そうに笑っている。
「ぐふふ。よくやったぞ、ヤッキム」
「え、あ…はい」
ドロマーさんを攫った一行は僕に捨て台詞を吐いて去っていく。角を曲がって見えなくなるまで僕は茫然と立ち尽くしていた。勿論ドロマーさんに対してだ。
「ここでついて行くヒロインってどうよ…」
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