第8話 ドラゴンに跨る勇者の息子
「よう、メロディア」
「タナカさん。こんにちは」
タナカさんは僕の屋台のお得意さんだ。クラッシコ王国の下級兵士で城壁付近の防衛任務を担当している。本当に気さくなおじさんで仕事を除いても親交がある人だった。
「ちょうど良かった。隊長に言われてメロディアのところに行こうと思ってたんだ」
「え? 僕の家にですか?」
「ああ。伝言を頼まれてな。ちょっと難しそうなクエストが発生したんだ」
「…聞かせてください」
兵士団が直々に持ってきたクエストに僕は思わず身構えてしまう。そしてタナカさんはおもむろにそれを話し始めた。
「最近になってギタ村周辺で妙な事件が起こっていてな。調査をお願いしたいんだ」
「妙な事件とは?」
「あの辺りには山賊や盗賊団のアジトが多いだろ? そういう輩が次々と襲われて負傷しているんだ。死人もかなりいるらしい」
「…仲間割れとか縄張り争いとかではないんですか?」
「いや、どうも違うみたいだ。赤い服を着た魔物が出るって目撃情報がいくつも寄せられている」
「赤い服…」
「それでも犯罪者が減る分にはありがたい話だったんだが、ギタ村や他の町村に住人にも被害が出てきてな…先発調査を行うに当たってお前さんの名前が出たんだよ」
僕の実力や経歴はクラッシコ王国では周知の事実だ、自分で言うのもなんだけど。だからこそ僕は様々な特権を得る代わりに兵士団や騎士団、国の公的な仕事に人手が足りなくなるとこうして助力を依頼されるのだ。
今はこちらとしても緊急事態だったのだが、こうなってしまっては仕方がないと僕はその依頼を受諾することにした。むしろ遠征なら公費で宿泊代が出るので丁度いいかも知れない。
「わかりました。早速調査に行ってみます」
「え、すぐに? いいのか?」
「ええ。どのみち店は開けられないんです。報告ついでに伝言をお願いできますか?」
僕はドロマーさんの事を伏せつつ、昨晩襲撃を受けて家と屋台が半壊してしまったことを伝えた。するとタナカは呆れたように笑った。
「なんだ? また魔物かバカな冒険者の腕試しにでも巻き込まれたか?」
「ま、そんなところです」
「わかった。修理業者は手配しておくよ。クエストの件よろしくな」
そう言い終わったタナカさんは我慢をこらえきれなったのか、じりじりと僕の横にいる絶世の美女に視線を移す。
「ところで…そのどえらい美人はどちら様?」
「あ…えっと」
僕は何と説明するべきか迷ったが、そうしている内にドロマーさんが自分で自分の素性を明かした。
「初めまして、クラッシコ王国の兵士様。私はドロマーと言う一介の剣士でございます。故会ってメロディア君の仕事の手伝いをしております。お見知りおきを」
「は?」
僕は至って普通の…いや自分が思い描いていた竜騎士ドロマーのような立ち振る舞いとオーラを発する彼女の様子に驚いてしまった。
タナカさんもタナカさんで気高さに気圧されてしまい、しどろもどろになっている。
「あ、どうも。タナカです。よろしくお願いします……ん? ドロマーってまさか」
「ふふ。ご想像にお任せいたします、タナカ様」
そう言ってドロマーさんは朗らかに笑った。反面タナカさんは恋に落ちたような顔になった。
◆
タナカさんからクエストを聞いた僕達は来た道を引き返した。瓦礫をどければ数日間の旅支度は整えられる。ドロマーさんの用意は現地で調達すればいいと考えていた。
それよりも僕は彼女に聞きたくてしかない事があった。
「ドロマーさん。さっきのあの態度はどういう心変わりですか?」
「どうもこうも、人と会う時は真面目にしろって命令があったじゃないですか。その後のご褒美目当てです」
やっぱりそういう事か。まあ、しかし人と会う時だけでも猫を被ってくれるというのなら良しとすべきかと僕はよく分からない妥協をした。
「これからどうします?」
「うーん。ギタ村に向かいつつ行商人でも通りかかるのを祈りますか。歩きでも二日あれば着けますし。電車はバスは金銭的に無理ですし」
僕がそう言うとドロマーさんは意味深に笑ったのだ。
「ふふふ。メロディア君、一つ忘れてはいませんか?」
「何をです?」
「これですよ」
言うが早いか、ドロマーさんは昨日と同じくドラゴンの姿へと変わった。陽の光の下で見ると昨日よりも大きさがよく分かる。そして艶めかしい触手もよく分かった。正しく悪堕ちしたドラゴンだと思った。
「ギタ村でしたら一時間もかかりません。乗ってください」
「なるほど」
軽い返事をした僕だったが実は人知れずテンションを上げていた。ドラゴンに乗って空を飛ぶ事に憧れを持っていたからだ。というかこのくらいの年の男の子であれば、ほとんど全員が夢見る事の一つだろう。むしろ大人であってもいつかの実現を心に秘めている者が多いだろう。
騎士団からの要請でドラゴンと戦ったことは二度ほどあるが、いずれも野性の暴れ龍で乗るどころか手なずけることもままならなかった。
自分で言うのもあれだけど、僕の実力であれば暴れ龍とは言え無理に押さえつけることもできる。しかしその後に飼うとなればバカが付くほど高い飼育料が発生するので泣く泣く退治したのだ。
さらに言えば彼にとってドロマーは初めてできたムジカリリカ人の知り合いだった。小さい頃は父と共にムジカリリカ人の背に乗って空を飛んだこともあるそうだが、正直一切の事を覚えていない。
つまりはこれが生まれて初めてドラゴンに乗る体験と言って差し支えない。
ドロマーさんに言えば彼女は怒るかもしれないが、ドラゴンに乗れるという事実はサキュバスのお姉さんが誘惑に来るよりもよっぽどわくわくと心躍るシチュエーションなのだった。
「それじゃ…遠慮なく」
「はいどうぞ。私は男の人に乗るのも乗られるのも大好きなので」
「今、感傷に浸りたいんでちょっと黙ってください」
著しく気分は悪かったが、それでも空の旅は想像以上に快適で心躍る体験そのものだった。
それからはドロマーさんの目算通り一時間程度でギタ村に辿り着くことができた。
ギタ村は村と言う名前がついてはいるものの、実際は十を超える貴族の屋敷が存在し商農の両面から見て重要な交易地となっている。その為に村の敷地も広く、傍目には都市と呼んでも差し支えない程の発展ぶりを見せていた。
かくいう僕もギタ村には数えるほどしか訪れた事がなかった。
クラッシコ王国の城下町も決して狭いわけではないが主な産業は鉄鋼業。活気こそあるかもしれないが、ギタ村に比べると華やかさは天と地ほどと言ってもいいだろう。だから来る度に人の往来に圧倒されていた。
しかしドロマーさんはそのような様子を一切見せない。そればかりか懐かしむように言った。
「相変わらずの活気ですね」
「ドロマーさんは何度か来たことが?」
「ええ。ここはどの国や土地に行くにしても中継点になる事が多かったので。スコア達と数え切れぬほどに訪れました」
それを聞いた時、僕の中に妙案が浮かんだ。
「でしたら思い出の店とかないんですか? 宿でも酒場でもここまで飛んでくれたお礼に一軒くらいでしたら選んでもらって構わないですよ」
「本当ですか? でしたら一つ思い出の宿があるのですが」
「!」
僕はそう聞いて少しワクワクした。腐っても目の前にいるのは勇者スコアと共に数々の冒険譚を残してきた八英女の一人。ひょっとしたら父からは聞くことのできなかったエピソードがあるかもしれないと思ったのだ。
そうして僕は期待に胸膨らませてドロマーさんについて行った。
後悔した。
「ラブホじゃねーか」
「思い出の場所です」
「嘘をつくな。ギタ村に来ていたのはサキュバスになる前だろ。こんなところを使う訳がない」
「その通りです。あの頃の私はむっつりでしたから、いつかスコアと来てみたいと妄想するくらいしかできませんでした。甘酸っぱい思い出です」
「そんな乳酸発酵した甘酸っぱさは求めていない。もういいです、宿は僕が探します」
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