堕ちたる守護天使

第6話 城下町へ行く勇者の息子

 大よそだが自分の身に起こりうる出来事を予想した僕は、気を取り直して新しい事を考え始めた。知らず知らずのうちに何かの陰謀に巻き込まれてしまったようだが、それに備えるにしてもまずは当面の寝床の確保が優先事項だ。その為には…。


 ぶつぶつ思考を巡らせ状況を今後の事を考えのまとまると「よし」と、声を出した。


「よし。じゃあ城下町に行きましょう」

「クラッシコ王国のですか?」

「ええ。家を直すにしても、当面の寝床を確保するにしてもここじゃどうしようもありませんから」

「…わかりました。ひとまずスコアと魔王様にお会いできるのでしたら、何でもします…」

「ん? 今何でもするっていいましたよね?」

「はい! 言いました! 何でもします!!」


 ドロマーさんはそう言って嬉々として自分を覆っていたシーツを取っ払った。


「何で嬉しそうなんだよ」

「どうぞ、何なりと。何でもしますよ。うへへへ」


 涎を垂らしながらヤラシイ要求を期待する彼女を見ていると、幼い頃からの憧れにヒビが入るような思いがして僕は頭が痛くなってきた。


「ああ…憧れてた竜騎士ドロマーはこういうんじゃないのに。僕の中のイメージが崩れて行く…」

「アイドルに夢見ちゃうタイプの人でしたか? でも憧れのお姉さんがサキュバスになって自分を襲いに来るのもある意味男の子の夢でしょう?」

「いや僕の場合、サキュバスって単語は実母がちらつくので大して魅力的じゃないです」

「あーあ、結構な数の男子を敵に回しましたよ」


 僕はシーツを拾い上げると、再びドロマーさんに言った。


「で、何でもすると言ったドロマーさん」

「何でしょう?」

「服を着てください」


 例の勇魔合わさった笑顔を向けて言った。ドロマーさんはそれを受けて聖女と見紛うばかりの笑顔を返す。


「嫌です」

「なんでだよ!」

「サキュバスのアイデンティティに関わります。ていうか今だって別に全裸じゃないですよ?」

「ある意味全裸よりも恥ずかしい格好してるくせに。そんな下着みたいな格好で城下町を歩かせられるか!」

「そもそも今はこれ以外に服を持っていないです。あ、だったら城下町に行っても差し支えない服を買いに行きましょう」

「その服を買いに行く服がないって言ってるんだよ!」


 僕は大きなため息を一つ吐いた。そして一つ、母さん直伝の魔法を披露する。


「それに心配はいりません。服なら用意します」

「え?」

「ちょっと失礼」


 そう言って僕は手をドロマーさんの上に掲げた。ただ僕の背丈はドロマーさんよりも低いので必死に背伸びをしていた。プルプルと震える足を見てドロマーさんは小動物を愛でるような感情を覚えたような表情をする。


 黙ってれば美人なのに…。


 すると次の瞬間、パッとドロマーさんの服装が変わった。


「え? え? 何ですか今の。メロディア君、こんなピッコロさんみたいなことができるんですか?」

「母がドラゴボに嵌って作った魔法を教えてもらっただけですよ」

「ドラゴボって略さないで!」

「キレんな」

「…それにしても」

「今度は何ですか?」

「これ私が堕ちる前、ちゃんと竜騎士やってた頃に使ってた装備ですよね、レプリカですけど」


 しまった、と僕は後悔した。父から誰よりも正確な英雄譚を聞いている内に八英女に関してはオタクレベルで精通していた。過去のプロフィールや格好に至るまで空で言えるし紙に描けるほどであったのだ。


 竜騎士ドロマーの服装と思ったら無意識に彼女の竜騎士として活躍していた姿を想像してしまったのだ。


 しかも、それを悟られまいと取り繕うのが遅かった。


 ドロマーさんは如何にもこれから揶揄いますと宣言しているような笑みを見せた。


「ひょっとして…」

「…何ですか?」

「私のこと、結構調べてたりするんですか? そう言えばさっきも憧れの竜騎士なんて嬉しい事言ってくれましたし」

「…」

「沈黙は肯定と見なす!」


 叫んだドロマーさんは慣れて付きで鎧を外し始めた。


「何で脱いでんだ!」

「メロディア君は小さいからスコアとはできなかったおねショタプレイも…うへへ」

「おい止めろ。父親の性の話をちらつかせるな。14歳だぞ、思春期だぞ」

「思春期なら脱いで迫れば堕ちるっしょ! ほうら、憧れのドロマーお姉さんですよ」


 イカれた表情で迫ってくる淫乱なゾンビのような女を目の当たりにすると僕の幼少の頃からの幻想は完全に崩れ落ちてしまった。


 そしてもう一つ、母親直伝の魔法を披露する。


『服を着ろ』

「はうっ!」


 ドロマーさんは全身に電気が走ったかのようにビクっと体をのけ反らす。


 今使ったのは言霊という古代魔法の一つ。声に魔法を乗せてそれを聞いた者に命令を強制させる。特に相手が闇の眷属だと効果はより強くなる。


 そしてドロマーさんは魔王に洗脳を施され、魔力と快楽によって堕ちている。つまりはその魔王の素養を受け継いだ僕の言霊は何よりも強くドロマーさんの脳に響き渡ったはずだ。


 するとドロマーさんは半べそを掻きながら自らの意に反して脱いだ鎧をもう一度つけ始めた。


「うう…言霊で服を着せられるなんて屈辱です。それをエロ目的で使わないなんて…」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと服を着てください。午前中には城下町に行きたいんですから」

「はぁい…」


 やがて出かける支度が整った僕たちは一路クラッシコ王国の城下町を目指して歩き始めた。


 しかしメロディアとしては気乗りしないのは確かだった。城下町は嫌でも顔見知りが多くなる。もちろん、単純に親切心で接してくる人も多いけれど、親の意向に目がくらんで僕と接してこようとする大人もいるのが事実だ。個人的な価値観としてだけど親の権威を振りかざすというのはあまり気分のいいものじゃない。


 そういった意味でも森での暮らしは精神衛生上、とても都合がよかった。


 取り合えず数カ所に点在している外壁の門の内、最寄りかつ普段から一番利用している東側の関所を目指す。晴れの日だと凡そ30分程度の道のりだ。


 そこを目指す道中、僕はそう言えばと前置きをしてドロマーさんに話題を振った。


「そう言えばドロマーさん」

「何でしょうか?」

「すっかり聞きそびれてましたけど、他の八英女はどうなっているんですか?」

「もうすっかり堕ちてますよ」

「…ああ、そうですか」


 羨望していた八英女が生きていると聞いた時は驚きの中に喜びもあったが、今目の前にいるコレを見てしまうと嫌な予感しかしない。しかもいずれもが自分の事を逆恨みしているというのは案外悲しかった。


「ええ。見事な堕ちっぷりで原型留めてないですもん。まあ、どういう経緯で魔王様を心酔するようになったかは知らないですけど」

「え? そうなんですか? てっきり全員が母さんの力でサキュバス化されてるんだと」

「いえいえ。魔王様から直接魔力を注がれたのは私だけです。昨日も言いましたけど魔界についてすぐ私達は孤軍奮闘を強いられまして、それぞれが違う場所で魔王様に出会っているんです。まあそれでも魔王様の影響は大なり小なり受けてますから漏れなくエロくはなってますけど」

「…」


 最後の事はともかく、僕は昨日のドロマーさんとの会話を思い出す。するとふと気になる事が一つあった。


「あれ? 昨日は自分を除いて六人が生きていたとかなんとか言ってませんでした」

「ええ、言いました」

「計算合わないですよね? 残りの一人は…?」

「ああ、彼女だけは待てど暮らせど結局現れなかったんですよ。一応魔王軍を使って魔界を捜索したんですけど遂に足取りは掴めませんでした」


 それはつまり…その人だけは本当に亡くなっているという事か?


「一体、それは誰なんですか?」

「レイディアントです。『守護天使レイディアント』」

「!」

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