第4話 反撃をする勇者の息子


「あの人は最後まで私達の言葉に耳を貸しませんでした。どれだけ快楽を与えても、反対に責め苦を続けても魔王様を討つ決意と覚悟を折ることはなかった。むしろ私達の方が折れそうでしたよ」


 僕は父親を思い出す。へらへらとしている顔の奥にはいつも只ならぬ気概を秘めているとは思っていたが、その感覚は間違っていなかったらしい。こんな状況にもかかわらず、僕の胸の中で父の株が一つ上がった。


 しかしドロマーはドロマーで過去を反芻したらしく、気が触れたように叫び出す。


「なんで、何でスコアは分かってくれなかったの!? こんなに好きなのに! スコアさえいればそれでよかったのに! 世界のために戦っても、他人のために戦っても何にもならなかったじゃない。無理やりだったけれどスコアと触れ合えた、しがらみに囚われていた八英女としての私では決してできなかったスコアに愛を囁ける、あの素敵な日々がどれだけ私を満たしてくれたのか、アナタに…アナタに分かりますか!?」


 僕を椅子ごと縛り付けていた触手の力がドロマーと呼応するように強くなる。椅子の木組みがミシミシと嫌な音を立てた。


「それなのにスコアは姑息な手を使って私達を退けて魔王様を討った……許せない……けれどももっと許せないのは、どこの馬の骨とも知らない女と結ばれて子供まで作ったこと。あんなに好きだったのに。愛してるって言ったのに…望むなら私の全部をスコアに捧げるつもりだったのに」


 それからしばらく間があった。はあはあというドロマーの息遣いだけを残して風の音さえも消えていた。


 やがて重々しく頭を上げたドロマーは真っすぐに僕の顔を見た。そして淫猥でいかにもよからぬことを企んでいる笑みを見せたのだ。


「本当はメロディア君を殺すつもりで来たんですよ。妻子を失えば、もう一度私を見てくれるかもしれないでしょう? けど、君にスコアの面影を見てしまいました。やはりあの人の子なのですね…だからメロディア君は私の眷属になってもらいます」

「眷属?」

「はい。性欲に溺れてエッチなこと以外は考えらないようにしてあげます。少し怖いかもしれないですけど大丈夫。私も最初は受け入れがたいものがありましたが、すぐに本能に忠実になる喜びに変わります。お姉さんに全部任せてください」

「…僕を眷属にした後、どうするつもりですか?」

「そうですね。手始めに隣に見えるクラッシコ王国でも二人で乗っ取りましょうか。国民をサキュバス化させて淫らな国に作り替え、それから先は…まあ追々考えますよ」


 それを聞いた僕は肺いっぱいに息を吸い込んだ。そしてそれを口から細く、長く吐き出した。


 話を大人しく聞くだけのモードから、戦うためのモードへ自分を切り替えたのだ。


「あなたの事情はわかりました。父さんを敵視する理由も、まあ理解の範疇ではあります。個人的な復讐で両親や僕を目の敵にするというのでしたらもう少し様子を見ようとは思いました。けど何の関係もないクラッシコ王国の人たちを巻き込もうとした発言は許せない。僕はたった今からあなたを敵と見なします」

「…どうぞ。明日には私の事をご主人さまと見なしていると思いますけど。ではお待ちかねの調教タイムにしましょうか」


 僕を捉えていた触手が粘液を分泌しながら、袖や裾や襟元から入ってこようとする。しかしその前に冷たく、そして強く言い放つ。


『放せ』


 途端に僕を椅子ごと縛り付けていた触手が命令に従ってパラパラと離れ、魔法陣の中に消えて行った。予想外すぎる出来事にドロマーは硬直し、狼狽を露わにする。


「え?」


 何かの間違いだと思いつつ、ドロマーは触手の再召喚を試みる。しかしどれだけ魔力を送ろうとも召喚は一向に成功しない。それどころか触手の方から呼び出されるのを拒絶しているようだった。


「な、何で…?」


 その時ドロマーは目の前にいた僕が身の丈に似合わない程のオーラを放っている事に気が付いた。傍目には少女にも見えるような僕には不釣り合いなほど大きく、そして凶悪なそれに彼女は見覚えがあったようだ。


 大方の検討は付くけど。


 ドロマーは恐怖による防御反応で腰の物に手を掛けた。サキュバスとしてではなく、竜騎士として相手をしなければならない程の相手だと本能が判断したのだろう。八英女の一角として名を馳せていた本来の実力に加え、魔王から注がれた魔力も加わってドロマーの力はかつてとは比べ物にならないほど強くなっているのは肌で感じられた。


 それなのにも関わらず、ずっとずっと年下の相手である僕に本気を出さなければならない状況が信じられないのは顔を見れば一目瞭然だった。


 袈裟切りに剣を振り下ろす。が、僕はそれを収納魔法で隠していた剣で簡単に防いで見せた。


「それはスコアの使っていた剣…!」


 魔王を倒すべく聖霊たちの祝福を受けた聖剣・バトン。もう必要がないという理由で、それを僕は父から譲り受けていた。


 かつては頼りになる武器の一振りであったかもしれない。だが魔王の眷属となった今、ドロマーにとっては脅威以外の何者でもないはず。案の定それを見た瞬間、ドロマーは目的を僕の調教から殺害に再変更したようだった。

 

 そう決意を固めたドロマーは姿をドラゴンへと転じる。最終奥義とも言えるこの変身したドロマーは、かつての勇者スコアを以てしても勝利を収めることができなかったと聞く。しかもドラゴンに変身した後もサキュバスの魔力は健在だ。尻尾や大翼、背鱗からは艶めかしい触手が生え、隙あらば僕を捉えんとうねうねと卑猥に動いていた。


 城のように大きな変身のせいで、森の中の住居はおろか外に置いていた屋台までもがほとんど壊わされてしまった。そしてドロマーは背中の翼を更に広げて自らの巨大さを誇張する。


 それに伴って気持ちも大きくなったのか、考えが少し揺らいだように見える。もしも僕が龍と化した彼女の姿を見て臆し背を向けて逃げ出したり、泣いて許しを乞うのなら命だけは助けてやろうとも思ったのだろう。気が緩んだのが容易く伝わってきた。つまりは…油断だ。


 しかし僕の取った行動はそのどちらでもない。ただただドラゴンとなったドロマーを見据えている。そしてぐっと足に力を入れたかと思うと思い切りよく跳躍して、ドロマーの喉元をめがけて攻撃を繰り出した。


 僕が攻撃したのは逆鱗と呼ばれる龍族固有の急所だ。


 ドロマーは急所に剣の柄が勢いよく当たった衝撃でその姿のまま倒れこんだ。森の中に地響きが伝わり、鳥獣たちが木々の奥で騒めく声が聞こえてきた。


「ぐ、ウウ…」


 ドラゴンとなった自分がまさか一撃で沈められるとはドロマー自身も夢にも思っていなかっただろう。そして気が付いたかもしれない。僕が生来持つこの底知れない力には見覚えがあると。


 しかしそれの正体がわからない…いや、分かりたくないというのが正しい心境だろう。


 声にならないうめき声を出しているドロマーに向かって、彼女が首を動かさなくても見えるように移動して言った。


「あなたは勘違いしています。というか、一つ重要な事を知らない」

「…?」

「女魔王・ソルディダ・ディ・トーノは生きています」

「っ…!」


 ドロマーは驚きを声にしようとしたが、喉が開かず息を漏らすばかりだ。


 僕は淡々と話を続ける。


「あなたの話から推察するに父はあなた方、八英女を封印した後に魔王ソルディダと対峙した。しかし剣を交えることはなかったと、そう聞かされました」

「ど、して…」

「二人は互いの存在を認識はしていましたが、実際に顔を見合わせたのはその時が初めてだった。そして命からがら玉座に辿りついた時、勇者は魔王に、魔王は勇者に……一目惚れしたそうです」

「…は?」

「二人は剣を捨てて話を始めた。争う理由を無くした二人は魔界を出て人間界に戻ってきました。一応は勇者の体裁を保つために、魔界の入り口を封印し魔王は勇者によって討たれたことにしたそうです。以後二十年の間、ひとまずばれてはいないようですね」


 そう言えば魔界の門が堅く閉ざされていた事をドロマーは思い出した。いやそれよりも気にするべきことは他にある。


 僕の話からドロマーの中に一つの推論が生まれたようだ。そしてそれは恐らく当たっている。


「まさか、メロディア君の母親…スコアの結婚相手と言うのは」

「はい。魔王ソルディダです。僕は勇者と魔王の間にできた子供です」


 僕は証拠と言わんばかりに彼女の逆鱗を突いた剣を見せた。


 それは魔王の愛剣・メトロノーム。僕が今しがた語った話に信憑性を持たせるには十分すぎるアイテムだ。


「いや、それって…」


 最愛の人と敬愛する魔王が結ばれていたという受け入れがたい事実が、ドロマーの頭の中を交錯する。そして導き出された結論は。


「逆NTRやん…」


 ドロマーは気絶した。それが受け入れ難い真実に打ちひしがれてしまったのか、はたまた逆鱗を突かれた痛みに耐えきれなくなったのかは僕にも分からなかった。

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