第2話 おもてなしする勇者の息子

 客人は椅子に座ったままだったがそわそわとして落ち着きがない。キョロキョロと部屋を物色するように眺めている。不安の表れか、それとも家人が子供と見くびってよからぬことを考えているのか。


 そんな事はどちらでもいい。僕にとって肝心なのは彼女がお腹を空かせているかどうかなのだから。


 そうしているうちに豆腐の味噌汁は完成した。胃に負担を掛けないように必要最小限の調理しかしていないから早々に出来上がった。しかし調理の速さに反して味は一級品である。食材に『豆腐屋の倅の俺が異世界に来たから大豆製品で無双する屋』の豆腐、通称・【無双豆腐】を使っているからだ。


 この世界には異世界から転生転移をしてくる者、いわゆる「異邦人」が数多く存在する。彼ら異邦人は往々にして理外の能力や知識を持っていることが多くムジカ大陸に多くのパラダイムシフトを齎し、生活文化を一変させてきた。


 僕にとっては生まれた時からある食材だし目新しさを感じないが、老齢の人には味噌や豆腐などという食材は革命的だったそうな。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 旅人は受け取ったスープの器を宝石のように大事に手に持った。一口、二口と飲み進めて行くとか細く呟く。


「美味しい」


 そして早々に食べ終わると申し訳なさそうにお代わりを所望した。


 僕がおかわりを寄そう為に台所に向かうと、旅人は隙をついてまた部屋の中をキョロキョロと見回している。流石にもう問い質した方がよさそうだった。


「気になりますか?」

「え…?」

「何かを探しているようだったので」


 旅人はお代わりの入った器を受け取ると口をつける代わりに僕の質問に答えた。


「ここは勇者様のお宅ではないのですか?」

「いえ。正真正銘、勇者スコアの住まいです。もっとも今は旅に出ていますが」

「旅…失礼ですが、貴方は?」

「勇者スコアの息子でメロディアといいます。父は不在ですが歓迎しますよ」


 そうか、目的は父だったか。


 僕は妙に納得した。


 満身創痍とは言え、少なくとも森を抜けこの家に辿り着ける程度の実力を持った冒険者。ともすれば自分ではなく父が目当てなのは当然だろう。僕の知り合いなどはクラッシコ王国の中にしかいないが、父は全世界の名だたる王族貴族にまで知り合いがいる。冒険者の知り合いともなれば尋常ではない程の数がいることだろう。


「本当だったんですね。スコアに子供が生まれたというのは…」

「え?」

「メロディア君は…おいくつですか?」

「十三、いえ先月に十四歳になりました」

「そう、ですか」


 旅人は再びスープに口をつける。しかし今度は啜るというよりも一気に飲み干してしまった。ボクはもう一度お代わりを持ってこようかと提案したのだが、それは旅人に断られてしまった。


「少しお話させてください」

「ええ、僕でよければ。どこまで父の代わりが務まるか分かりませんが」

「いえ大丈夫です。たった今ここを尋ねた理由がメロディア君になったので」

「え、僕ですか?」


 そして旅人は食事の際にでも深くかぶっていたフードを取り、初めて素顔をさらした。


 王室の装飾を思わせるような銀色に輝く髪とあるサファイアを思わせるかのような青い瞳。


 そしてその二つの織りなす面持ちは皇女皇族を通り越し、女神と言われても納得してしまうほどの美貌だった。僕はこれほどまでの美人の知り合いのいる父を少し見直した。


 思わず固まってしまった僕に向かって旅人は少しだけ口角を上げて尋ねてくる。


「どうかしましたか?」

「いえ、その…お綺麗だったので、つい」

「ふふ。ありがとうございます。でもメロディア君も可愛らしいお顔ですよ」


 旅人は褒めたつもりだったかもしれないが、僕はムッとした。


 同世代に比べれば低い身長、赤と言うよりも桃色に近い髪の毛、メロディアと言う男らしくない名前、そして女の子と言っても通用しそうな可愛らしい顔はどれもが僕のコンプレックスだったから。


 そんな思いが態度に出ていたのか、旅人は慌てて訂正をした。


「あら、怒らせてしまったかしら。ごめんなさい」

「…いえ。慣れっこですから」

「よかった。あなたと仲良くなりたいのに嫌われては元も子もないもの」


 笑う旅人の顔は美しくも、可愛らしくもありつい照れてしまった。そして紛らわせるために無理に話題を変えた。


「父のお知り合いなんですよね」

「ええ。とてもお世話になりましたし、私も大分お世話をしましたよ。ふふふ」

「どこかの街で逗留した時のお話ですか?」


 旅人は首を横に振った。


「一緒に旅をしていました」


 そう言った彼女の言葉に大きな疑問をもった。父が共に旅をしたのは後にも先にも魔王討伐のために集った八人だけのはず。それ以外では従者の一人も連れた事がないと他でもない父が断言していた。


 見も知らぬ旅人と父の言葉では、流石に父親の事を信じてしまう。きっと何か勘違いをしているか、もしくは誇張して言っているのだろうと僕は当たり障りなく彼女に確かめた。


「父は魔王討伐の為に結成したパーティ以外では共に旅をしていないはずです。失礼ですが何か勘違いをされていませんか?」

「いえ。本当に一緒に旅をしていましたよ。スコアとの冒険の日々は今でも忘れられません」

「…あ。ひょっとして魔界から帰還した後のお話ですか?」


 もしそうだとすれば納得だ。僕が御伽噺で聞かされていたのはあくまでも魔王と戦う前までの冒険譚。それが終わってから今日までにおよそ二十年の月日が流れているし、僕が生まれてからの歳月を差し引いても、与り知らぬ六年の歳月もあった。その間に共に旅をした者がいたとしても不思議はないと思った。


 しかし、それはいとも容易く否定されてしまう。


「それも違います。私は魔王様を倒すべく、勇者スコアと旅をしていました」

「で、ですから。それはあり得ませんよ。父…勇者スコアと旅をしたのは伝説の【八英女はちえいじょ】だけ。それ以外にはいないはずです。僕は父からそう聞かされていますし、歴史本にもそう記されています」


 少々ムキになって僕が反論をすると旅人はくすりと上品に笑った。


「その通りです。ですから私がその八英女の一人なのですよ」

「な……!」


 メロディアは今度こそ言葉を失った。


 そして旅人は驚きのあまり立ち上がってしまったメロディアにもう一度座るように言った。


「お座りくださいませ。キチンとお話いたします」

「本当に、八英女なんですか?」

「はい。申し遅れました、私はドロマーと申します」

「!」


 その名を聞いた時、驚いたのか興奮したのか僕にはよく分からなかった。少なくとも心臓がはねて早く脈打ったことだけが事実だ。


 彼女が今、口にしたドロマーという名は確かに父と共に魔王と戦った八英女のうちの一人だ。


 ◇


 竜騎士・ドロマー。


 西の小国、ムジカリリカ出身の竜騎士。小国ながら歴史は古く、ムジカ大陸で最初に建国された国とも言われている。人口も国の面積に見合ったように少ないが、ムジカリリカ人を侮る者はこの大陸には存在しない。


 ムジカリリカ人は龍族の末裔だ。


 人の姿とドラゴンの姿の両方を取ることができる。しかもお国柄と言うべきか、はたまた龍の血のせいとも言うべきか、非常に義に厚く公明正大な者が多い。龍の戦闘力と義の心を兼ね揃え、有する深い歴史と相まって輩出した英雄の数を数えていては日が暮れてしまう。


 ドロマーはそのムジカリリカの中で女だてらに歴代以上の名声を得た人物として語られている。単純な戦闘力では神の加護を賜った勇者スコアを以てしても互角かそれを凌ぐという者もあるくらいだ。


 伝説級の八英女の中で最も憧憬を持たれる存在かも知れない。


 かくいう僕だって八英女の内、一番誰に憧れているかと問われれば散々に悩んだ挙句、ドロマーに票を投じるくらいに彼女の英雄譚に聞き惚れていたのだ。

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