魔王を倒した勇者の息子に復讐する八人の悪堕ちヒロイン's
音喜多子平
堕ちたる竜騎士
第1話 旅人を出迎える勇者の息子
「メロディア、ご馳走様」
「今日もおいしかったぜ。また明日な」
「いつもありがとうございます!」
僕は笑顔でお礼を述べる。屋台を出ていく五人ほどの屈強な体つきをした騎士や戦士は常連さんで、このあたりに屋台を持ってくると必ずと言っていいほど食べに来てくれる人たちだ。
ここはクラッシコ王国の一角。
敵からの攻撃を防ぐ外壁の間近にある通り道だ。この辺りは防衛の観点から昼夜に限らず兵士たちが駐屯している施設がたくさんある。僕の屋台の主な客層はそんな兵士たちだった。
「ま、今日はこんなところかな」
最後のお客さんが帰った後、僕はちゃちゃっと屋台とその前に出していたテーブルの片づけを済ませ帰路についた。
あと少しで日を跨ごうかという時間帯だ。真夜中の時間帯は営業している飲食店は限りがあるから狙って屋台を出しているのだ。
この国の法律的に十四歳になれば、どこかに雇われ働いて生計を立てるには問題のない歳になる。しかし月夜の時刻に一人で屋台を切り盛りするには些か不用心だ。いくら兵士たちの多い通りと言っても限度があるし、そもそも労働可能な年齢とは言えども、十四歳の僕には一人での営業が許可されるはずがなかった。
しかしながら、僕は許されている。
もちろんそれには訳があった。要するに特別扱いを受けているからに他ならない。
常連たる兵士たちも、営業許可を出した国の役人も僕が悪漢に襲われても問題ないと思っている。
この国にとって、それだけ僕は特別視されているのだ。自分の言うのもアレだけどね
まあ、より正確に言えば僕の父親がなんだけれど。
僕の父であるスコア・ハルモニアは勇者なのだ。
伝説の聖剣に選ばれた父は今からおよそ二十年ほど前に前人未踏の魔界を制覇し、世界を恐怖で覆わんとしていた魔王を見事に討伐することができた唯一無二の人間だった。
そんな人の息子だからこの特権階級が許され、それに甘んじて商売をしているというのが種明かしだ。
ガラガラと屋台の車輪の音が夜の王都に響く。
やがて王都の道は屋台ごと外壁の門を通り、草原へと出た。本来であれば面倒くさい手続きや通行税を払わないと出入りはできないが、守衛たちは労いの言葉を掛けこそすれ引き留めることはしない。もはや顔パス状態だ。
何故、こんな夜遅くにわざわざ安全な王都を離れるのか。
理由は簡単だ。僕の家は外壁と騎士たちに守られている王都の外、昼間でもうっそうとして獣や魔物の出る森の中にあるからだ。
もっと小さかった頃は城下町で暮らしていたのだが、勇者とその家族を目当てに連日訪れる旅行者や野次馬たちに嫌気がさし、父が郊外に居を移したのだ。その甲斐あってわざわざ襲われるリスクを背負ってまで物見遊山に来る輩は少なくなった。
確かに凶暴な動物や魔物は多いが、僕や父さんにとっては何の問題もない。父の剣の才能を受け継いでいるし、幼少から武魔両道の英才教育を施されてきたからだ。自慢する気はないけど並大抵の冒険者では相手にならない。
強いて言えば毎度屋台を引いて往来するのが少々面倒という欠点もあるが、この屋台は僕の夢の一つだから決して苦には感じていなかった。
料理人、それも移動式の店舗で世界を周って色々な人々に料理を振るまう料理人になる。それが僕の夢だった。
僕が料理人になる夢を抱いたきっかけは父の冒険譚にある。魔王が住まう魔界までの道中に父である勇者スコアは、様々な国を練り歩いて仲間を募り、困窮する人たちを大勢救ってきた。
『その道中で一番つらかったのは空腹だ。だからお前にはお腹いっぱいにご飯を食べてもらいたいし、お腹が空いている人を助けるような男になってもらいたいんだ』
父は僕よくせがんだせいで語ってくれた冒険譚を、いつもそう言って結んでいた。父の思惑としてはそういう気概を持って育ってほしいと言ったつもりだったが、僕としてはとても素直に父の言葉を受け取っていた。
そうして物心がついた頃からひた向きに料理の腕を磨き、十四歳を機に移動式店舗のたたき台として始めた屋台も好評を頂いている。そろそろクラッシコ王国を出て他の国々を周りたいという欲求を抑えるのも難しくなってきていた。
だが夢を覚ますのはいつだって現実だ。
金銭的な事は採算がとれる計画が立てられているからどうにかなるが、それはあくまで僕が一人で営業する場合のこと。旅先での仕入れや食材の購入、経理等々の仕事を考えると何人かの手助けは必要不可欠だ。
しかし一人でも雇えば途端に人件費で立ち行かなくなる。かと言ってまさか賄いが出るくらいの報酬でついてきてくれる人などいる訳もない。
正しくあちらが立てればこちらが立たぬという状況のお手本のような事態だった。
「魔王討伐みたいに目的が一緒の仲間がいればなぁ」
かつて父である勇者スコアの魔王討伐の旅に同行していたというパーティの事を思う。そのパーティのメンバーだっていずれもが伝説級の英雄だ…会ったことはないが。
勇者の血縁である僕がかつての勇者のパーティに会えない理由。それは単純に全員が既に鬼籍に入っているからに他ならない。勇者スコアに同行していた八人の英雄たちは全員が魔王との戦いの最中に命を落としたという。
ただし、その事についてだけは父さんは頑なに口を噤んでいた。
意味深な表情を浮かべる父の面影を思い出している内にようやく自宅まで辿り着く。すると月と星の明かりに照らされるばかりの我が家の前に誰かがいる事に気が付いた。
全身をボロボロのローブで覆っている客人は、玄関の前に座り込んでピクリとも動かない。深くかぶったフードのせいで性別はおろか、人かどうかすら判断が難しい。不審な点しか見つからない状況。だがどれだけ怪しかろうと、世界を救った勇者の息子としてそれを無視することはない。ひょっとしたら道に迷った旅人が一縷の望みをかけてこの家に辿り着いたとも考えられるからだ。
そして、もし予想通りだとしたらきっとお腹を空かしているに違いない。僕は使命感を帯びてうずくまる客人に声を掛けたのだった。
「大丈夫ですか?」
「…あなたは?」
何とも透き通った女性の声だった。しかし覇気はなく、かなり弱っている印象を受けた。
「僕はこの家の者です。とにかく中に入ってください」
僕は旅人を助け起こすと肩を貸しながら家に入る。
するとフワリと花のような香りが鼻を掠めた。感じ取ったのはそればかりではなく、華奢なのに柔らかい体つき、特にローブに覆われて見えなかった大きな胸の感触が伝わってきた。
(バカ…不謹慎だぞ)
心の中で自分を諫めながら、何とか彼女を椅子に座らせたのだった。そうしたところ彼女のお腹がキュルルとなった。そして如何にも恥ずかしそうに言う。
「す、すみません。長い事何も食べていなくて…」
「ちょっと待っていてください」
パチンっと指を鳴らす。すると魔法で照明が灯り、暖炉に火がついた。僕は急いで台所に向かう。そしてまな板の前に立つと急ピッチで献立を考え始めた。
「…長い間食べていないって事は回復食の方がいいかな。肉や魚は控えて、代わりに合わせ出汁をたっぷり取ったスープにしよう。確か味噌があったからそれも使って…味噌と言えば豆腐も残っていたっけ」
と、ぶつぶつと独り言を呟きながら献立を作っていく。そして冷蔵庫から想定した食材を取り出すと手際よく調理を始めた。
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