第10話 交易都市アーカニア


 俺たちは三日間の旅の末、ついに目的地に到着した。


 ――交易都市アーカニア。

 

 この国でも有数の大きな街だ。

 その名の通り、各国からたくさんの交易品と人間が出入りするこの街は、活気に満ち溢れていた。


「わぁ……! すごいですよ、クロノさまっ」


 大通りを馬車で進んでいると、たくさんの出店が並んでいるのが見える。


 店先に並ぶたくさんの料理。

 漂うエスニックな香り。

 食欲が刺激され、腹の虫が空腹を訴えてくる。


 行き交う人たちは、それぞれ特徴的な服装をしていて、この街の多様性が一目で分かる。


 獣人に、ドワーフに、エルフにと、さまざまな種族の人たちが歩く街は、まさに交易都市という名に相応しい光景だ。


 隣に座るルナさんは目を輝かせながら、店先に並ぶ串焼きを見ていた。

 よし。俺もちょうど空腹だし、ちょうどいいな。


「ルナさん、よかったらなにか食べますか?」

「い、いいんですかっ? 食べたいです!」

「分かりました。それでは行ってきますね」

「お待ちくださいクロノさま、私が行って参ります」

「いや、ナナルさんはここで待っていてください」

「ですが――」

「すぐ戻りますから!」


 御者さんに馬車を止めてもらい、俺は街の喧騒に降り立つ。


 ジャリ、と砂を踏む音が耳に響く。

 軽く伸びをしてから、辺りを見渡す。

 

 ルナさんはドレスを着ているから、なるべくこぼれなさそうな食べ物にしようかな。


「おいあれ……」「男?」「そんなまさか」「いや、あれはどう見ても男でしょ」「なんでこんなところに男が?」


 何にしようか悩みながら露店を見ていると、辺りがザワザワとしていることに気づく。

 男だとバレないようにローブを被ってたのに、意味がなかったみたいだ。


 道ゆく人たちはみな立ち止まり、俺の周りに人混みが出来始める。


 ……ええい。行くしかないか。


「すいませーん、開けてくださーい!」


 人ごみをかき分け、焼き鳥を売っている露店に向かう。あれならこぼれなさそうだし、食べるのも簡単だ。


 それに、アーカニアの名物でもある。

 ジャンキーな味とコリコリ食感がクセになる、俺のイチオシ料理。ルナさんの口に合うといいが。


「すみません、その串焼きを3本貰えますか?」

「はい、いらっしゃ――って、男の人っ!?」


 店番をしている若い女性に声をかけると、目を白黒させていた。

 あまり驚かせるつもりはなかったのだけど仕方ない。


「ろ、6ゴルドになりまーすっ!」


 俺はぴったりの金額を手渡し、商品を受け取る。

 焼きたてで、香ばしい香りが食欲をそそる。


「お待たせしましたー」

「あ、ありがとうございますっ」

「クロノさま、おいくらでしたか?」


 馬車に戻り串焼きを二人に手渡すと、ナナルさんが財布を取り出し、俺にそう聞いてきた。

 

「いえ、これは俺からのプレゼントですので」

「ぷ、プレゼント……?」

「はい。ルナさん、アーカニアに来るのは初めてでしょう? その記念ということで」

「あ、ありがとうございますっ。この味、一生忘れません……!」


 そんな大げさな、とは思うものの、俺もそういう経験がある。

 小さい頃食べた縁日のタコ焼きの味は今でも覚えているし、失恋したあとに食べたチャーハンは砂の味がしたっけ。


「はむっ。……お、おいしいれす……!」

「本当ですね。初めて食べましたが、これはなかなか……」


 夢中になって串焼きを食べている二人を眺めながら、俺は馬車の外に意識を向ける。


 ……まだあの気配は付いてきているな。

 アーカニアに入れば撒けるかと期待したが、どうやらかなりしつこいようだ。


「ルナさん、タレが付いてますよ」

「ふぇっ? ど、どこですかっ」

「動かないで」

「んっ……!?」


 懐から取り出したハンカチで頬を拭うと、ルナさんはそのまま固まってしまった。

 

 その顔がどんどん赤くなっていく。どうやら照れているらしい。


 それを見ていたナナルさん。

 何をするかと思えば、自分で自分の頬をタレを付けはじめた。


「クロノさま、私も汚れていますよ」

「いや、今自分で付けましたよね……?」

「いえ、勝手に付きました」

「はいはい……」


 ナナルさんが俺に頬を差し出す。

 ……仕方ない。優しくその頬を拭ってあげることにする。


「んっ……♡」


 ハンカチが触れると、色っぽい声を出すナナルさん。

 

「ちょ、変な声出さないでくださいよ」

「……これは失礼。気持ちよかったもので」

「そうですか……」


 この旅のなかで、俺にとってのルナさんは妹のような存在になっていた。

 年が少し離れた妹。距離感にも少しずつ慣れてきたし、彼女も俺を信頼してくれている。


 だが、ナナルさんは別だ。

 年も近く、正直まだ緊張する。

 

 それに、そんな思わせぶりな態度を取られると、勘違いしてしまいそうになる。

 揶揄われているだけなのだろうが、ナナルさんの距離感はなかなか心臓に悪い。


 そうしてるうちに馬車は進み、宿泊予定の宿に到着した。

 このアーカニアでも有数の高級宿。さすがミスティライト家である。


 俺でもこんな宿には泊まったことがない。

 一泊どのくらいの値段なのだろう。想像もつかない。


「クロノさま、この宿は大きな露天風呂が有名みたいですよ?」


 宿のロビーに着いたとき、ルナさんがそんなことを俺の耳元で囁く。


「そ、そうなんですね」

「……ふふ。一緒に入りますか?」

「えっ」

 


──

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