第8話 守るための力
オーガの気配に向かって全力で駆ける。
風を切る感覚。
こうやって走っていると、師匠に「夕暮れまでに帰ってこいよー」と山の中に置き去りにされ、全力で山を駆け降りた時を思い出す。
あのときばかりは師匠のことを嫌いになりかけた。
……まぁ、そのあと頭をヨシヨシされて許してしまった俺は本当にちょろいと思う。
だって仕方がないじゃないか。
師匠は美人だ。
性格はなかなかぶっ飛んでいると思うが、それも俺を思ってのこと……のはず。きっと、たぶん。
それに、男にも厳しいところは師匠らしくて好きなのだ。甘やかされ続けていたら、俺はここまで成長できなかったに違いない。
だから、俺は師匠に感謝しているし、尊敬もしている。……しているが、積極的に会いたいと思わないのは色々なトラウマのせいだろうか。
「あそこか……!」
そんな回想をしながら駆けること約1分。
オーガの群れを見つけた。
奴らは街道を塞ぐように立ち塞がっていて、その前には横転した馬車が。
そして――。
「ぐッ……!」
1匹のハイオーガと剣を交える一人の女性の姿。
ハイオーガが振り下ろした棍棒を剣で受け止め、ギィィンと耳障りな金属音が鳴り響く。
残りのハイオーガは彼女を取り囲み、ニタニタと笑みを浮かべている。
どうやら、ハイオーガたちはその女性をいたぶるのを楽しんでいるようだ。
ハイオーガの膂力は凄まじい。
ジリジリと剣が押され始める。
常人ならとっくに押し切られているはず。どうやら彼女はかなりの実力者のようだ。
だが、耐えきれなくなるのも時間の問題。
俺は足に力を込め、ハイオーガに向かって大きく跳躍する。
「うおおおおおおッ!!」
そのまま振り上げた剣をヤツの頭に振り下ろす。
俺の剣は、希少なミスリル鉱石を使った特別製。魔力を流すと切れ味を増す。
――切れないものなどない。
俺に気づいたハイオーガは棍棒で防御しようとするが無駄だ。
俺の剣を受け止めることは叶わず、頭から両断される。
「なっ……!?」
真っ二つに両断されたハイオーガを見て、その女性が驚愕に目を見開き――。
「大丈夫ですか!」
「――え? お、男ッ……!?」
――そして駆け付けた俺を見て、さらに驚く。
「怪我はないですか!?」
「あ、ああ……! ……って、どうして男がここに? それにその強さは……!?」
「話は後です! 俺がコイツらを倒します! あなたは馬車を守ってください!」
「……わ、分かった!」
甲冑に身を包んだ女性に、大声で呼びかける。
初めは俺が現れたことに驚いていたが、すぐに気を取り直し馬車へ駆け寄る。
冷静さは戦場で最も重要だ。彼女は優秀な騎士なのだろう。
横転した馬車は大きく壊されてはいない。
だがあの中には怪我人がいるはず。彼女に任せよう。
「グォオオオオッ!」
仲間を殺されたハイオーガの雄叫びが響き渡る。
並の人間なら、その声を聞いただけで恐怖に身がすくみ、動けなくなるほどの重圧。
だが、俺には効かない。
こんなもの、俺にとってはただの空気の振動だ。
「……さて、久しぶりに本気でやりますか」
俺は体内の少ない魔力を練り上げていく。
この世界の男は、先天的に魔力量が少ない。平均して女性の1割ほどの量だと言われている。
俺も例外ではない。魔力量だけでいえば、鍛えていない一般人よりも少ない。
そして、それは師匠もだ。
師匠は先天的な魔力欠乏症だった。
だが、師匠は諦めなかった。
師匠は血反吐を吐くような努力を続けた。
周りから馬鹿にされても諦めなかった。
自分の可能性を信じ続けた。
その不撓不屈の精神で、師匠は編み出したのだ。
魔力と、身体に眠る生命力を混ぜ合わせ、爆発的なエネルギーを得る方法を。
――それを師匠は【錬気】と名付けた。
少ない魔力で、最大の効果を得ることが【錬気】の極意。
それは俺にとって、唯一の可能性だった。
強くなるための、そして人々を守り抜く力を得るための。
「スゥー……」
目を閉じて深く息を吸い込み、身体に眠るエネルギーを感じ取る。
少ない魔力とそれを練り合わせていく。
するとヘソの下、丹田のあたりに熱が生まれるのが分かる。
生命力とは、いわゆる精力。そして
……そう。【練気】は、性欲をエネルギーに変換する技術。
この感覚。この高揚感。
鍛錬は続けているが、実戦で使うのは久しぶりだ。
「グォオオオオ!」
「危ないッ!」
ハイオーガが動き、俺に向かって棍棒を振り下ろす。
それを見た女騎士さんが叫ぶ。
その声を合図に目を開ける。
研ぎ澄まされた感覚。
――俺の目には、ハイオーガの動きがスローモーションに映っていた。
それは【錬気】の特性。
人間の脳は、普段3割しか使われていないと言われている。
【錬気】はそれを解放し、身体能力を限界まで引き出せる。
思考がクリアになる。
全てが見通せる。
――ここだ。
剣を横凪に振り抜くと、今まさに棍棒を振り下ろそうとしていたハイオーガが真横に両断され、ズルリと身体が地面に崩れ落ちる。
「え……? 一体、なにが……?」
女騎士さんの驚愕の声。
残りのハイオーガたちは一瞬怯んだように見えたが、すぐに俺に襲いかかってきた。
遅い。遅すぎる。
ハイオーガの攻撃を待たずに、俺はヤツらを駆け抜けざまに斬り捨てる。
――【一ノ型・
一瞬の静寂。
そしてヤツらの身体が崩れ落ちて、立っているのは俺だけになる。
「……つ、強い。いや、強すぎる……」
女騎士さんがポツリと呟いた声が、動く者のいなくなった街道に響く。
俺は一息ついてから、彼女の方に駆け寄る。
「大丈夫でしたか? お怪我は?」
「あ、ああ。私は大丈夫だ。だが――」
彼女の腕の中には、苦しそうに顔を歪めている女の子。
馬車の中から助け出したのだろう。
だが彼女の腕は曲がるはずのない方向に大きく曲がっていた。
骨折。それも開放骨折だ。早く治療しないと命に関わる大怪我。
「うぅっ……」
痛みに呻く女の子。
……これは、
「俺に任せてください。大丈夫です。これからやることは
「は、はい……?」
怪訝そうな顔になる女騎士さん。
「一体、なにを……?」
怪我をした女の子を身体を、女騎士さんから譲り受け、そして優しく抱きしめる。
そしてさっき練った残りの【錬気】を彼女の身体に流し込んでいく。
――【練気】は濃密な生命力でもある。
それを身体に流し込むと肉体が活性化し、怪我を治すことができるのだ。
だが、それはあくまで応急処置。完治させることはできない。……まぁ、師匠なら可能かもしれないが。
「ん、んん……」
「お、お嬢様っ!?」
しばらく練気を流しこんでいると、女の子が目を覚ます。
キョロキョロと辺りを見渡し、そして俺とばっちり目が合う。
長いまつ毛。クリクリとした瞳。
それが俺をじっと見つめている。
……待てよ? 女の子を抱きしめているこの状況。
もしかしてセクハラというやつではないか……?
そのことに気づいて慌てて離れようとするが、その前に彼女の口が開かれ、そして――。
「王子さま……」
「……え?」
「あなたが、わたしの王子様なのですね……♡」
──
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