第7話 ドキドキ膝枕
次の日。
「それでは出発いたします。私が留守の間、家のことは任せましたよ、マリナ」
「はい。いってらっしゃいませ、ルナお嬢様」
旅の準備を終えた俺たちは、屋敷に用意された馬車に乗り込んだ。
俺とルナさん、そしてナナルさんが乗り込む馬車が一台。そしてその前後を2台の馬車が走ることになっている。
前の馬車は危険を察知するための魔導士が乗り込み、後ろの馬車には旅に必要な荷物が積み込まれている。
本来ならもう少し大規模な旅団になるそうだが、今回は俺がいる。
護衛は最低限で、ということだった。
それだけ信頼されているということだろう。
その期待に応えられるよう、頑張らないと。
アーカニアまでは、馬車で約三日間の道のりだ。
進む街道は比較的安全だが、今回の旅は、【月蝕の魔醒】の期間と被っている。
普段より危険が多いのは間違いない。気を引き締めないと。
「クロノさま、もっと肩の力を抜いてくださいませ」
隣に座るルナさんが俺を見て言う。そんなに緊張が顔に出ていたのだろうか。
「……そうですね。まだ道のりは長いですもんね」
正直言って、魔物に関しては問題ない。
この辺りの魔物なら負けることはないだろう。
俺を緊張させているのは……そう。
一緒に馬車に乗っている二人の女性の存在なのだ。
ルナさんは隣に、そしてナナルさんは向かいに座っている。
大きなぬいぐるみを抱えているルナさんは、昨日に比べて表情がとても柔らかくなった気がする。
馬車からの景色を見て、年相応にはしゃぐルナさんは本当に可愛らしい。
そして向かいに座るナナルさんは、そんなルナさんを見て優しく微笑んでいる。
なんて和やかな空間だろうか。癒される。
「ほら、見てくださいっ。すごく大きな風車ですっ」
「そ、そうですね」
「ルナさま。あちらにも大きな川がありますよ」
「わぁ……!」
そしてそれとは別に気になることがある。
……ルナさんの距離感だ。
彼女は俺の手を握ったり、膝の上に乗ってきたり、肩に頭を乗せてきたりとやりたい放題。
いや、気を許してくれているのは嬉しい。
だがナナルさんもいる手前、あまりくっつくのはどうなのかと思わなくもない。
しかし、そのことを指摘するのも……。
旅は長いし、ここで気まずくなるのは避けたい。
「ふぁぁ……」
そんなことを考えていると、ルナさんが大きなあくびを一つ。
「ルナさま。はしたないですよ」
「あ……ごめんなさい」
そのことをナナルさんに嗜められ、ルナさんがしゅんとする。
昨日はあまり眠れなかったのだろうか。
正直、俺も緊張してあまり眠れなかった。
すぐ眠れるように訓練してはいるものの……。まぁ昨日はイレギュラーだった。仕方ない。
「眠かったら眠ってくださって大丈夫ですよ。まだ先は長いですから」
「ふぁい……」
ついにルナさんはウトウトし始めた。その目はトロンとしていて、今にも寝てしまいそうだ。
「ルナさま。クロノさまに膝枕などしてもらってはいかがです?」
「えっ」
「ひじゃまくら……。ふぁい、よろしくおねがいしましゅぅ……」
フラフラと揺れていたルナさんの頭が、俺の膝に着地する。
それを見たナナルさんは、グッと親指を立てていた。
「すぅ……すぅ……」
は、はやっ……。
ルナさんは光の速さで夢の中へと旅立ってしまった。
こうなっては下手に動くこともできない。
ルナさんのふわふわの髪が俺の膝の上で揺れているのを、ナナルさんは楽しそうに眺めている。
「ふふ。ルナさまにとってクロノさまはお兄さんみたいなものなのでしょうね」
「そ、そうなんですかね?」
「はい。これほど他人に気を許しているルナさまは初めてです。それこそ、今は亡きクロードさまくらいのものでしょう」
そんな話を聞かされては、俺はもうじっとしていることしかできない。
すやすやと眠るルナさんの顔を見る。
安心しきったその寝顔。
次第に俺の心も癒されていく。
ま、まぁ添い寝もしたことだし? 俺はもう大人だし? この程度のことでキョドったりはしない――。
「んんっ……。クロノさま……」
――なんてのは童貞の幻想で、俺の手と背中と額に汗が流れ始める。
胸はドキドキと高鳴り、呼吸が苦しい。
……お、落ち着け。こういうときは素数を数えろとラブコメマンガから教わった。
2.3.5.7.9.11.13.17.19……。
あ、あれ? 9って素数だったっけ……?
「クロノさま、落ち着いてください。そんなにプルプルされてはルナさまが起きてしまいますよ」
気付かないうちにプルプルしていたみたいだ。
い、いやこれは武者震いだからね?
そんな風に格闘することしばらく。
5キロメートルほど先に、強い気配を見つけた。
「……ナナルさん。ルナさんをよろしくお願いします」
「はい……? ちょ、クロノさま……!?」
俺はルナさんを丁寧に抱え、ナナルさんに預けてから馬車を飛び出した。
「……く、クロノさま? どうされたのですかっ?」
前を走る馬車に追いつくと、斥候を任されていた魔導士の一人が驚いて俺に声をかける。
「ここから5キロメートルほど先に、魔物がいます!」
「ご、5キロメートル先……?」
「先に行って、倒してきますね!」
「ちょっと!? ってはやっ!?」
俺は魔力を足に集中させ、全力で駆ける。
先頭を走っていた馬車がどんどんと遠ざかっていき、すぐに見えなくなる。
この気配……恐らくオーガだ。
それも10体ほどの群れ。
討伐難易度は高くない。中級冒険者数人で倒せるくらいの強さ。
だが今は【月蝕の魔醒】。その危険度は跳ね上がっている。
それに気になることもある。
オーガは群れを作る魔物ではない。
……何かがおかしい。急がないと。
─
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