サマー・タイム・プレゼンター
白と黒のパーカー
第1話 サマー・タイム・プレゼンター
「走れそりよ~アレのように~雪のふふんを~歩く麻薬~」
「やめろやめろやめろ。どう考えたってその歌詞はおかしいでしょ!? プレゼントを待つ笑顔の子供たちがそんな歌を歌いながら僕たちを待ってたらいくらなんでも気持ち悪いですって!」
「あそう?」
唐突だが僕たちは今とても焦っている。え? 二、三行前の会話のどこに焦りがあるんだって? 締め切りがやばいと精神状態が限界になってなんかハイになるアレと同じだと考えてもらえるとありがたい。
と、そんな無駄なことを考えている暇はなく、僕たちは今クリスマスにプレゼントを贈りきることのできなかったサンタさんの埋め合わせをしている途中なのである。
なのであるのだけれども、現在前回のクリスマスからちょうど半年後の六月二十四日。俗にクリスマス・ロスタイムと呼ばれる日の午後二十三時ちょうどである。
......おわかりいただけただろうか。そう! もう時間がやばい! どうしよう!
あ。そこ、サンタさんなんて居ないだろうって心の中で思ったでしょ? いやわかるんだよね~僕たちにはそういうの。だって一応サンタグループの一員だから。
......補欠だけど。何なら僕はトナカイだけど。
ま! とにかく今は僕たちがサンタさんが配るはずだったプレゼントを託されて地上の世界を走っているのだけれど、二十五日の午前零時までにプレゼントを配りきるという任務に間に合わないかもしれない危機的状況ということだけを理解してくれるとありがたい。
「なぁ、巡。なんで俺たち毎年頑張ってサンタ昇格試験に臨んでいるのに受からないんだろうな?」
「それはまぁ、毎回毎回試験開始日ギリギリまで寝て過ごして、前日に焦って僕に泣きついてくるからじゃないすかね? あと僕は”一応”現役のトナカイなんで万年準サンタのアンタと同じにしないでください」
「冷たい!? 相棒がまるでシベリアの雪のように冷たいわ!」
「三田さんシベリア行ったことないでしょ。アンタみたいなノロマの補欠サンタは辺境の国日本のそのまた小さな島の中に一人いるかいないかの子供くらいにしか届けたことないじゃないっすか」
「ぐはっ! 相棒がチクチク言葉で俺の心臓を貫いてくる......」
まずサンタは一応免許制度が採用されている。十二月二十三日、つまりクリスマスイブイブの日に試験は行われ、そこで合格すれば晴れて現役のサンタとしてクリスマスに子供たちの枕元へプレゼントを届ける仕事に就くことができるのだ。
合格できなければ準サンタとなり、現役サンタの補佐として良い子と悪い子調査、そして良い子は何をプレゼントしてほしいのか。また、悪い子にはどんな更生プレゼントを贈るべきかの選定の仕事が割り振られる。確か僕が去年送り届けたサンタさんが担当していた悪い子へのプレゼントは、イタリアの子供に漢字ドリル二百冊だった気がする。それは意味があるのかと疑問に思ったものだが、その子は将来日本で通訳の仕事をすることを潜在的に夢見ているらしい。
潜在的にということは今現状そんなそぶりは全くないということなのでやはり嫌がらせの面は大きい。
話は戻るが準サンタにはもう一つ大きな仕事がある。
それは現役サンタが届けきることのできなかったプレゼントを何としてでもカバーして送り届けることである。
そう、どこかで聞いた話だと思う。今現状の僕たちのことである。
本来ならば十二月二十五日の午前零時。クリスマス当日に間に合わないと感じるや否や三田さんのような準サンタたちに声がかかるのだが、前回は......まぁ、ちょっとしたミスによってクリスマス内で配りきることができなかったのだ。
それにより現役サンタたちの中で急遽会議が行われ、現役の中で一番長くそして一番偉いサンタさんである、サンタ・ノ・オジサーンの鶴の一声によってなんと半年後の六月二十四日の深夜、クリスマス・ロスタイムにもう一度プレゼントを送り届けることが決定したのだった。これを『サマー・タイム・プレゼンター』作戦という。
「だが! 巡くんよ。俺たちが今回のミッションを見事クリアすることができたのならば現役サンタに特別繰り上げしてくれるそうじゃあないか!」
「今現状、かなりの遅刻でそれすらもやばいすけどね」
「そうそうそれだよ、トナカイである君は俺を安全に且つ迅速に目的地まで送り届けることが仕事だろう? それなのになんだって僕たちは今車に乗っているんだい。下界の乗り物は危ないし、ほら今みたいに渋滞に巻き込まれる可能性だってある」
「......はぁ、そんなこと分かってますよ。でも仕方ないでしょ! 前回の仕事で僕が何をやらかしたのか知らないわけじゃ......ないんでしょ」
「そ、それは......」
そう、去年プレゼントを配りきることができなかったのは僕がとんでもないミスを犯したからだった。
そもそもトナカイの役割とは現役サンタさんのサポートとして空飛ぶソリを巧みに操り安全且つ迅速に目的の子供たちのもとへプレゼントを贈り届けることなのだ。
去年の僕は初めてトナカイとして現役サンタさんをソリに乗せることが決まり、浮かれていた。
子供のころから憧れていたサンタさんと一緒に仕事ができること、精鋭揃いの空飛ぶソリの
それらが合わさって僕は大事なことを忘れていたのだ。何よりも大事な、子供たちの笑顔。
僕は青い顔をして去年の出来事を思い返す。
今年初めてサンタさんの相棒として選ばれた僕は喜び勇んでサンタさんを乗せ東奔西走駆け回った。タイムリミットは子供たちが寝静まる午後二十二時から午前零時までの二時間ほど、その中で選ばれし現役サンタとトナカイのコンビは世界中の子供たちにプレゼントを送り届けなければならない。
そういうこともあって僕は少し焦っていたのだろう。時刻は午後二十三時五十九分タイムリミットまであと一分を切ったところ。時間はギリギリに見えるが残りはあと一人だけだったので何とか間に合う計算だった。
ヨーロッパ辺りを飛んでいた僕は次の子供の場所が日本だとサンタさんに聞き、急いで飛んでいく。
初めての仕事で間に合わないなんてヘマをやらかすわけにはいかない。背中に冷たい汗をかきながらソリを東へと全力で走らせる。
もうすぐクリスマスを迎える風はとても冷たく、手綱を握る手は緊張か寒気かひどく震えていたことを今でも鮮明に覚えている。
《二十三時五十九分三十秒》およそ三十秒ほどで日本にまでたどり着いた僕たちは急いで最後の子供の家を探す。《五十秒》汗が目に入り痛むが瞬きをしている暇が惜しい。《五十五秒》刻一刻とタイムリミットが迫る中......見つけた。
残り五秒の間に全てを終わらせることに必死になった僕はしっかりと家の中を確認することを怠った。そう、怠ってしまったのだ。
サンタさんのルールとして子供たちの笑顔を守るために、その存在を知られてはならない。現役サンタどころか準サンタですら当たり前のように知っている一番大切なルール。もちろんトナカイだってそんなことは知っていた。
だが僕は、あろうことか子供が起きているという可能性を失念していたのだ。
そこからは一瞬だった。先に子供が起きていることに気づいたサンタさんがソリから飛び降りて僕の前に飛び出して体当たりで止めたのだ。
僕に初仕事で重大なミスを起こさせないために自分の体を犠牲にしてまで。
全身から血の気が引く音が聞こえた。指の先の震えが止まらないのはきっと寒さだけのせいではないだろう。
震える体を何とか動かして、ソリとぶつかりボールのように撥ね飛んで行ったサンタさんへと近づく。
体をくの字にまげ冷や汗をかいているサンタさんは一言『こ、腰をやっちまったわい』とホホホと笑っていた。
全然僕は笑えない、引き攣った口角とハの字に曲がった眉、目じりからは涙が溢れ出し今にも胃の中のものをすべて吐き出してしまいそうになる。なんとか彼のもとへとたどり着き青い顔をしているサンタさんの状態を確認していく。
サンタさんはただの人ではない、だからこそ高速で走るソリにぶつかったところでそう簡単には死なない。それほどまでに頑丈な体を持っていることは知っていたが僕の相方だったサンタさんはもう引退間近の古参のサンタだった。だからこそ腰を強かに打ち付けた彼は死なないまでもそこから一歩も動けずうずくまり続けている。
涙で視界はぶれ混乱が頭の中を満たしていく。
僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだどうしようどうすればプレゼントは子供はサンタさんはどうすれば......僕は死んだほうがいいのではないか?
混乱した頭は簡単な方へと思考を誘導する。
『馬鹿者! 子供たちに夢と希望と更生を与えるサンタとトナカイが簡単に自分の死を考えるな!』
ビクリと肩を震わせて昏い思考が止まる。焦点の合わなかった目が確かにサンタさんを捉える。
彼は痛みに顔を顰めながらもとても強い意志を持って僕を見つめていた。
厳しい顔をしていたが次の瞬間にはいつもの柔和な顔つきへと戻し、僕の頭を撫でる。
『いいかい、巡。君はまだトナカイとしての仕事を始めたばかりじゃ。だから今はわからないかもしれないけれど、ミスは誰にだって起こるものなんじゃ。じゃからそこまで責められるようなことではない。まぁ急に言われてもすぐには切り替えられんかもしれない。それでも今は無理やり自分を納得させておきなさい。それで心が落ち着かなくてもいい。これから先しばらくはトラウマになっていてもいい。でもいつかはそんな自分を許すことができる。そんな日が来るまで今の悔しさは胸にしまっておきなさい。それを乗り越えた君はとても強くなれるはずじゃ』
正直僕には乗り越えるなんて無理だと思ったが、何度も頷く。
時刻は十二月二十五日午前零時五分。クリスマスを当に迎えていた。
こうして僕の初のトナカイとしての仕事は失敗に終わった。
僕は去年の手痛い失敗を思い出し、吐き気を覚えて口に手を当てる。
「お、おい大丈夫かよ」
「......大丈夫ですよ。全く、準サンタの三田さんに心配されるなんてあーあ二年目にしてトナカイ引退っすかね」
「お、お前なぁ。ったくまあでも、お前の気持ちも分らんでもない。前回のクリスマスでソリでのやらかしにタイムリミットの超過。心が折れるってのはまさにそんな経験をしたときだろうな」
ズケズケと人の触れられたくないことに踏み込んでくるこの人はやはり苦手だ。
万年現役サンタにもなれず、だからと言ってそれに対して何か対策をとるでもない。ただ僕とこの業界に入ったのが近いというだけで何かにつけては助けて~助けて~とすがってくるだけのでくの坊。正直なところ僕が前回のトラウマをこの先払拭できるのかは今回のクリスマス・ロスタイムという奇跡的なこの機会にかけるしかないのにも関わらず。その相方が寄りにもよって落ちこぼれのサンタクロース擬きである
「なぁお前、今すっげぇ嫌味なこと考えてたろ」
「......いいえ」
「その少しの沈黙はほとんど答えてんだよ」
ただまぁ、この人の楽天的な性格に少しだけ助けられているところもある。軽口のたたき合いに持ち込むことで僕の気分を出来るだけ去年の失敗へと向かないようにしている......のか? いや、さっきは抉りこんできたような気もする。やはり苛立ちが勝ってきた。
「お前はさ、この先万年補欠の俺と違って何年も何年もトナカイを続けていくんだろ?」
「ええ、そのつもりっすよ」
「これから先もずっとこんな形で逃げんのか?」
「......は?」
この人は......!? 今この状況で僕を煽ってくる意味が分からない。
殴られたいのかこの人は。
運転に集中しながらもバックミラーを使って隣に座る三田さんの顔を盗み見る。どうせへらへらしているのだろうと思えば、意外に真剣な顔でこちらを向いている。
バックミラー越しに見ることを予見していたのか鏡越しに目が合う。
「お前は去年確かにソリに乗って。それで事故を起こした。確かに怖かったろうと思う。でもお前は! 俺と違って優秀な人間だ。下手すればサンタよりも数が少ないトナカイに選ばれるような精鋭なんだ。それがなんだ。たった一回のミスでしょぼくれちまうなんておかしいだろ!」
「さっきから! 聞いてればなんなんだよアンタ。自分も言ってる通りずっと補欠で毎回の試験もやる気が感じられない、そのくせ前日にはいっつも僕に泣きついてくる、そんなアンタと僕じゃあ責任の重さが全然違うんだよ! 自分でもわかってんだろ馬鹿!」
「馬鹿ってなんだよ! 俺だってこのままじゃダメだって思ってるよ。だから今回のチャンスは絶対にものにしなきゃいけないんだよ! お前だって気持ちはおんなじはずだろ」
「いいや、アンタは分かってない。さっきからアンタ気付いてないのか知らないけど自分のことを下げるような物言いが多いんだよ! 自分が一番自分を信じてやらなきゃダメだろうが! 何が万年補欠だ、俺と違って優秀だ、だよ。アンタの同期たちがどんどん現役サンタに合格していく中一人だけ落ちこぼれて行って、それでもへらへらと効いてないアピールして。誰に向けてかっこつけてんだよ! そもそも試験に落ち続けてる時点でかっこよくないんだから諦めて泥臭く頑張れよ!」
「ぐっ......お前ほんっと人の嫌なところを突くのが上手いやつだよこの野郎! ああもう分かった。じゃあ最終手段だ車から降りろおおおお!」
「ちょ、ちょっと正気かアンタ馬鹿!?」
言い合いになった挙句、激昂した三田さんが運転中の僕の胸倉をつかんで車から押し出した。ちょうど渋滞から抜けて車通りも人通りも少ないところを走っていたからよかったものの、一歩間違えれば大事故になっていた。
運転席の扉をぶち壊しそのままの勢いでコンクリートに背中から押し倒される。
慣性の法則によっておもいっきり背中を擦り、ぐうっと声が漏れる。
いくら僕たちが普通の人間ではないからといって無茶苦茶しすぎだ。
流石に我慢の限界が来た僕は、押さえつけてくる手を膂力に任せて弾き、上半身のバランスを崩させる。よろけた三田の顔面に思いきり頭突きをぶち当てる。
「ぶはっ! お、お前。容赦がないにもほどがあんだろ!」
「いきなり車から突き落としてくるアンタもたいがいだろ!」
鼻からぼとぼとと血を流しながら、僕に馬乗りになっていた三田がよろよろと離れていく。相当ダメージを食らったのか目の焦点が右へ左へと定まっていない。
かくいう僕も頭突きをしたは良いもののバカみたいな硬さの顔面にぶつけた頭が割れるように痛い。目元に何か垂れてきたと思えば、どうやら額のあたりを切ったようで血がとめどなく流れ出てきている。
「く、くそ! どんだけ固い顔面してんだよあんた」
「それはこっちのセリフだ馬鹿石頭!」
言葉は少なく、頭を二、三度振った三田はまた僕に向かって左拳を振りかぶる。
急いで目にかかる血を袖で拭い去り、大ぶりな相手のパンチを止めるため、懐に潜り込み伸びきる前の腕をつかむ。 思わぬ僕の行動に焦った様に腕を引こうとするが、それを許さない。その後隙に空いていた左腕で何度も何度もボディブローを打つ。相手を殴るときにガードを怠るのは素人のやることだ。バカめ!
相手の肋骨を殴りつけることに夢中になっていた僕は次の瞬間に後頭部に強い衝撃を受けて顔面ごと地面に倒れこむ。
常人離れした防御力の三田は、僕に肋骨を数本折られながらも、今度は僕の後頭部に向かって思い切り頭突きをしてきたようだった。
倒れこむ地面がじわじわと温かく濡れていく。恐らく僕の折れた鼻からとめどなくあふれ出る鼻血だろう。真っ赤なお鼻のトナカイさんってか? ぶっ殺してやる!
もはや自分の状態を確認するほうがダメージを確実にさせるような気がして、それらを全部無視して気合だけで立ち上がる。
「お、おまえぇ。にゃかにゃかやるじゃないか」
「アンらこそ、その気力をもっと試験に注ぎ込めらいいんじゃらいですか」
お互いの顔面が血まみれでいろんなところが折れている。もはや二人ともが呂律が回っていない。そんな状況で次が最後の一発だと共通の予感が二人の感情を一つにさせる。
「巡ぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「三田ぁぁぁぁぁぁぁ!」
猪突猛進。まさにそんな言葉が当てはまるほどに直線的、だからこそ最も避けにくい突進を三田は選択した。準とはいえサンタという常人離れの肉体から放たれるそれは一刻の猶予も与えずに僕を叩き潰す......はずだった。忘れてはいけないのが僕だってトナカイだ、常人ならざる反応速度で相手の攻撃を読み取り僕は体を捻りながら飛び上がっていた。三田の突進が迫る中そのまま横に一回転し、勢いをつけて飛び後ろ回し蹴りを彼の顔面にぶち当てる。
だが三田の突進の勢いを完全に殺すことはできず、お互いが反対方向に数メートル吹き飛んだ。
「はぁ......はぁ......中々、やるじゃねぇか」
「はぁ......はぁ......アンタこそ」
「時間、何時だ今」
「あ? 何時って時間なんてどうでも......ってああああああ!」
急いで現在の時刻を確認すると二十三時五十九分。奇しくも前回と同じ時間だった。
「......あと一分っす」
「じゃあ、やるっきゃねぇな。トナカイ、ソリの準備しろ。今しがた俺の肉体の強度は確認したろ? あとはお前のその化け物じみた反応速度と視力で子供が眠っているかを確認するだけだ。簡単な仕事だぜ相棒」
「さ、三田さんあんたまさかそのために? そ、それよりもソリの準備なんてしてきてないっすよ!」
まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので勿論ソリの準備はしていない。サンタ協会に連絡したとて今からでは間に合うはずもない。
駄目だ。せっかく少しだけ三田さんと分かり合えた気がしたってのにな......今度は僕のせいで彼を現役サンタにするチャンスを不意にさせるなんて。
「おいおい、なぁに下向いてんだよ! 子供たちに夢と希望と更生を届ける俺たちサンタとトナカイが諦めちゃあ示しがつかねぇだろうよ」
「で、でも......また僕の所為で失敗を......」
また失敗を繰り返すのかと涙が溢れ出す僕の頭を三田さんが優しくなでながら、空を指さす。つられて見上げた僕は信じられないものを目にした。
「ホー、ホー、ホー、泣き虫のトナカイ君は何をお望みかな?」
「......へ? サンタ・ノ・オジサーン!? な、なんだってここに? あなたはこの前のクリスマスの時に僕が......」
「おいおいおい、お前そりゃねぇだろ。このお方は俺のお祖父さんなんだぜ? 普通の防御力のわけねぇじゃねぇか」
「......は? 三田さんのお祖父さん? え? あ、あ!? サンタ・ノ・オジサーンとサンタ・ノ・ナツキってこと!?」
正直この短い間に衝撃の展開が何度も来ているため理解が追い付いていない。
けど、それでも、僕はもう選択を間違えない。とにかく遮二無二、我武者羅、無茶苦茶、もう言葉なんてなんでもいいからとにかくやるったらやるんだ! 巡!
「そ、ソリを! ソリを僕に貸してくださいませんでしょうか?」
「......うむ。よい顔をしておる。真、自分で決めたんじゃな」
「はい、もう僕は失敗を恐れません。なにがなんでも三田さんと、いえ、相棒とクリスマスプレゼントを最後の子供に送り届けて見せます!」
「よい返事じゃ。それではワシの乗ってきたソリを持っていけーい!」
「お、おいおい、いいのかよお祖父ちゃん」
「そ、そんな恐れ多い」
僕たちは偉大なサンタ協会のリーダーであるサンタ・ノ・オジサーンのソリを借りるということに一瞬だけ面食らったが「特別じゃぞ?」というおちゃめなウインク付きで許可されては引き下がるわけにもいくまい。
時刻は二十三時五十九分五十秒。あと十秒で勝負を決める。
「それでは行ってきます」
「行ってくるぜ」
「行ってきなさい! 『サマー・タイム・プレゼンター』たちよ」
早速ソリに乗り込んだ僕たちはサンタさんの返事を待たずに子供のもとへと向かう。
音速を超えついには光速を超えようかというところで前回の家にたどり着く。
あと五秒。視界は明瞭。電灯はついておらず子供の布団は胸までかかっている。
安らかな寝息と穏やかな瞼を閉じた相貌は間違いなく寝入っている。
あとは相棒を信じるだけ。
「いけぇぇぇぇぇ、相棒!」
「おうよ!」
サンタクロースはプレゼントを枕元に置く際、体を透過させ壁を抜けることができる。その能力は本来サンタ昇格試験に合格しなければ得られないのだが、三田と巡の二人のひたむきな精神をサンタ協会は今、サンタクロースと認めた。
超速度で壁を透過しベッドの真横へ無音の着地。そして子供の頭を一撫でしてから祝福を祈り枕元へとプレゼントを置く。
その瞬間に時刻は午前零時を迎える。クリスマス・ロスタイムが今終わった。
何とか間に合ったと二人して安堵し、帰る準備をしていると後ろから声がかかる。
二人ともビクリと肩を震わせてゆっくりと振り向いた。
「ねぇ、お兄さんたち何してるの?」
「お、お兄さんたちはね。あ、そ、そうだ!『サマー・タイム・プレゼンター』だよ」
「さまー......んたー?」
「そ、そうだボウズ。『サマー・タイム・プレゼンター』だから、怪しいものじゃないんだぜぇ。ほら、良い子にしてまだ夜だからもう一回眠るんだ」
「えーーっとうん! わかった! サンタさん! おやすみなさい!」
「「おう! ってサンタさんじゃ、ねぇぇぇぇ!」」
こうして僕たちの起死回生の大作戦『サマー・タイム・プレゼンター』は成功で幕を閉じたのだった。
サマー・タイム・プレゼンター 白と黒のパーカー @shirokuro87
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