第4話

 あれから私は何を先生に話したのか覚えていない。本当に集中できずに、六十分間のカウンセリングが終わった。

 りあんの知能検査も確か六十分で、少し待ったらすぐに会える。

 私は病院の長椅子に座って、なんとなくスマホを見る。そして、YouTubeを開き、『高校数学 極限』と検索をかけた。何本かの動画がヒットし、それを字幕で見る。一本の動画を丁度見終えたあたりで、りあんとママが戻ってきた。

「れいんー」

 りあんがくっついてきた。

「頑張ったね、お疲れ様。偉かった偉かった」

 知能検査の問題数は多いとママが言っていたことを思い出して、りあんを精一杯褒める。

「ママ、結果出た?」

 さっきまで割とドキドキしていたのだが、冷静に考えてこの子がギフテッドじゃない訳がないことが分かった。

「出たよ」

 ママがそう言って、結果の紙を私に見せてくれる。


『言語理解』 120 高い

『知覚推理』 98 平均

『ワーキングメモリー』 157 非常に高い

『処理速度』 134 非常に高い

『IQ』  138 非常に高い


「結構いい」

 私はママに紙を返しながらそう言った。隣でりあんが「これすごいー?」と聞いてくる。

「すごいすごい」

 私は笑ってそう言う。喜んでるなら、いいや、と思って。

「よし、じゃあいくよ、れいん。りあん、カウンセイリング室三ね」そう言ってママは、私の手を取った。

「え、どこに?」

 私は慌てて言う。

「知能検査よ。れいんはIQしか測ってないから」

「知能検査?私も?」

「そうだよ」

 お母さんはそう言うと、知能検査室、と看板がついている部屋の扉をノックしてから開け、私を押し込んだ。

「え、私だけ?」

「うん」

 ママはひらひら手を振って、ドアを閉めてしまった。私は反対側を向いて、お医者さんを見る。

「お願いします」

 若干引き攣っているだろう笑顔を作り、私は挨拶をした。

「傘木れいんちゃんね。よろしく。ここに座ってー」

 お医者さんに少し笑われてしまった感じがする。

「来てくれてありがとう。今から知能検査を始めるけど、大丈夫かな?」

「はい、大丈夫です」

 私がそう言うと、お医者さんがタブレットを持ってきて、私に渡した。

「ゆっくり考えても大丈夫だよ。真剣に解いてね」

「はい」

「じゃ、よーい、初め」

 すると、私の持っているタブレットの色が変わり、問題が出題された。

 捻くれた問題と向き合うこと約三十分。「解き終わりました」とお医者さんに声をかけて、次の指示を待った。

「お疲れ様でした。これで終了ね。結果はもうできるから、待っておいてください」

「はい」

 そして五分ほど待つと、先程のお医者さんが紙を持って部屋に入ってきた。

「はーい、結果です。お母さんいないけど、渡しとくね。少し説明したいところもあるから、それはお母さんが来てくれてからにしよう」

「分かりました、ありがとうございます」

 私はそう答えて、手元の紙を裏向きに机に置く。どうしても、見たくない。聞きたくない。しかし、そんな私を煽るように、冷房の風が当たって、ひら、と紙が宙に浮いた。すさ、と小さな音を立てて、紙が床に落ちる。

 表向きに。


『言語理解』 153 非常に高い

『知覚推理』 128 高い

『ワーキングメモリー』 149 非常に高い

『処理速度』 162 非常に高い

IQ 159 非常に高い


 私は紙を拾い上げ、机の上に置き、手で顔を覆う。

 本当に、泣きそう。歯を食いしばって、目をきつく閉じて。なのに、鼻の奥がつんとするような感覚は一向におさまってくれない。

 最悪。最悪最悪最悪っ。

 こんなのしなきゃ良かった。苦しい。辛い。


 産まれた時から私は普通じゃないって、

 みんなと違うって、

 みんなができないことを当たり前にできるって、

 みんなが当たり前にできることができないって、

 そんなこと言ってこれ以上傷つけないで。

 なのに、羨ましがられて。

 私が悪いみたいに扱われて。


 がちゃ、とドアの開く音がした。私は慌てて冷静を装う。「どうだった」ママは私に聞きながら隣に座った。「まあまあ」私は答える。

「はい、えーとまぁ、説明していきます」

 画面に私の記録が大きく映し出される。

「本当にすごくいい結果です」

 ママは画面をじっと見てから私に目を向けて「れいん…」と言った。

「1番いいのは、処理速度ですね。160台が出たのは、今回がこの病院初です」

「そうですか…」

 ママがそう相槌を打った。

「他も平均を大きく上回っていますし、IQも159ということで、非常に優秀です。が、知覚推理と処理速度を見てみますと…34の差があるでしょう」

「はい」

 そこでママと私は頷く。

「これは生活面で少し苦しいでしょうね。差が30あると生き辛いんです。さっき妹さんもここで受けましたが、あの子も差が59とかなり開いていましてね…平均以下と、平均以上でこれほどの差がある人のことを2eギフテッドといって、発達障害とギフテッドを兼ね合わせた人を指します」

 お母さんは無言で相槌を打った。

「学校には無理に行かないで大丈夫ですよ」

 お医者さんが言った。そして、私は数秒間思考が停止した。学校に無理に行かないで大丈夫ですよ。私は、ふっと緊張やなんやらが解けていく感じがした。

「そうですか」

 ママが言った。その後、笑顔で、私を見た。何を考えているのか全くわからなかったが、一応笑顔を返しておく。


「ではさようなら」

「さようなら、ありがとうございました」

 私は頭を下げた。そんなやりとりがあったのはあれから15分後くらいで、色々と助言などをして頂いた。

 ママと二人、知能検査室を出る。少し歩くと長椅子がたくさんある部屋に出た。

「れいんー!」

 ここが病院だと言うことに考慮したのか、ヒソヒソ話のような声で話しかけてくるりあん。

「お疲れ様ー」

 私はりあんに微笑みかける。

「結果見して!」

 りあんが私に手を伸ばす。でも、それを持っているのはママなので、

「ママ、私の結果りあんが見たいって」

と言った。

「ああ、はいはい」

 ママはそう言うと、ファイルから一枚の紙を出して、りあんに渡した。りあんは紙をじっと見て、「おーっれいんすごいっ!」と言う。

「りあんもすごいよ」

 私はそう返す。「ありがとう」と言いながらりあんは私に紙を渡して、「早くかーえーろ」と私の手を引いて歩き出した。

「待って、ママが受付でカード返してるからさ」

「おっけー」

 2人でママの方を見て待つ。ママは受付の人に頭を下げてこっちを見た。そして、少し走りながらこっちに来る。

「ママが走ってる」

 りあんが面白そうに、けけけっと笑った。また、変な笑い方。

「帰りまっせー、天才姉妹ども」

 ママはそう言って、笑った。


「れいん、今日は何するー?」

「何しよーか」

「ルート!ルートやりたい」

「ルートぉ? あぁ、数学の?」

「違う!迷路作りのやつ」

「あー、ゲームの」

「数学の方のルートって何?」

「あー、りあん、…2の2乗とかって分かる?」

「わかんない」

「じゃ、家で説明するから楽しみに待ってて」

「なんで! 今がいい」

「ややこしいから紙が欲しいの」

「家で絶対ね?」

「うん、絶対」


 私たちは、延々とそんな会話をしながら家に帰ったのでした。

 

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