第2話
私の妹、りあんの発達が驚くほど早いのは私が一番よく知っている。もしかしたら私と同じギフテッドかも知れないということも、感じている。五歳で二桁掛ける二桁の暗算ができること、小学校五年生までに習う問題を楽々とこなせること。
私と一緒だ。そう思った時には、鳥肌が立つほど色々な感情が湧き出てきた。その中心にあるものは、不安。私のように学校に馴染めなくて辛い思いをするかも知れない。それが背中にのしかかってきて、苦しくなるかも知れない。もしかしたら…と気付いた三年前、私は自分のことのようにそれが苦しかった。
今私は、十三歳。小学三年生の頃に学校に行かないという道を選択して、今に至る。
りあんに幸せになってほしい。それが姉として、家族としての心からの願い。
「おはよう!れいん、りあん」
夏休みに入り、二人とも段々と体内時計が狂ってくる頃。私たち二人は、朝七時という、今に至っては夜中の時間に、ママに起こされた。
「こんな早くになに?ママ」
私は寝ぼけた頭でそう言った。
「れいん、今日は病院の日だよ。ついでにりあんも連れて行こうと思って」
びょういん…。病院。
「あ、忘れてたっ」
私はそう言って、上半身を勢いよく起こす。ママの目がこっちに向く。
「ごめんママ、すっかり忘れてたの」
「大丈夫よ。今からマッハで着替えれば間に合うよ」
ママはそう言って、にっこりと笑った。
「マッハってなに?」
いつの間にかりあんは起きていて、朝早々私に疑問を投げかけてきた。二段ベッドの二階から降りて、私は着替えに取り掛かる。
「マッハっていうのはねー速くってこと」
お母さんが私の代わりに答える。でも、その答えじゃ、りあんは満足しないだろうなあなんて思いながら私は着替える。
「れいん、マッハってなに?」
やっぱり。仕方なしに私は手を動かしながら答える。
「高速で移動するものの超音速の速さを表す単位だよ。マッハ1って言ったら、一時間あたり1224㎞移動できる速さ」
りあんの顔を見るために後ろを向くと、りあんはこっちをじっと見つめて考えているようだった。ママはというと、感心したような顔で私を見ている。ママの顔を見ようと思ったわけではないので、すぐさまクローゼットに向き直って、服のセットを上下決め終えてから、私は着替えに取り掛かる。
「超音速?」
りあんがそう言ったので、私は自分の説明に超音速についての説明を入れていなかったことに気づく。
「あぁ、超音速…、音速っていうのは、音が空気中を伝わる速さのことで、マッハ1と同じ。超音速って言ったら、マッハ1.2から5のこと」
私は涼しげなTシャツに腕を通してから、また、後ろを振り返ってりあんの顔を見ようとした。少し難しかったけど、わかったかなあ、と思いながら。
しかし後ろでは、ママがりあんに服を着せようとしていて、りあんはあさっての方向を見て考えている、という変な場面が繰り広げられていた。
「りーあーんっ、服着て」
頑張っているママには申し訳ないけど…と思いながら、私は「ちょっと待ってあげたらすぐ着ると思うよ」と言った。
ママは私の顔を見て、
「りあん、わかってるのかなあ」
と言った。困ったような顔で。
私はこういう時、少しママに腹が立つ。「わかってるのかなあ」ってなに。分かろうとして今考えてるんでしょ。私は、いつもそう言いたくなる。
着替え終わった私は、りあんの隣に行き、ママに服をもらってから隣に座った。ママは、「ご飯作ってるから急ぎなさい」と言って、部屋を出た。
「なるほど」
ママが出て行ってすぐに、りあんは言った。
「分かった?」
「りあん、マッハで着替えれないんだけど」
りあんは私の顔を見て、真顔でそう言った。
「ぐふっ」
面白くて、私は吹き出してしまう。その後少し笑ってから、
「マッハは無理よね」
笑いの後味が残ったまま私はそう言って笑いかけた。私が笑っているところを見て笑いが移ったのか、隣で、りあんまで笑っていた。
「まあ、挑戦でマッハやってみる?」
私はふざけて言った。
「やってみるー!」
りあんは楽しそうに両手を上げた。
「よっしゃ、マッハいくよ。パジャマ脱いで」
私がそう言うと、りあんはパジャマをズボズボ、と脱いだ。
「よーいっ」
りあんが笑顔になる。服にギリギリ手が触れそうなところで静止している。
「どんっ」
瞬間、りあんは服を掴んで、腕を通して、頭を出して。短パンを履いて、靴下を履いた。
「イェーイ!マッハ!」
「あ、ズボン反対」
私はりあんの背中側に紐がついているのを見て、そう言った。りあんは、はっはっはっはーと、変な笑い方をしてから、短パンを脱いで、履き直す。
「マッハです」
りあんはそう言った。
一旦ふーっと息を吐いてから、
「マッハの説明思い出してみ?」
私は意地悪くそう言ってやった。
「マッハ………」
りあんは小さくそう呟いたかと思うと、
「全然違うやんか!」
突然大きな声を出して、お腹を抱えて笑い出した。うわっはっはっ、わははっ。
なんだ、その変な笑い方は。それに釣られて私も笑って。
「早くしなさーい」
その頃一階のリビングでは、ママの声が虚しく響いていたのでした。
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ありがとうございました
このお話書くの楽しいです
(・◇・)/~~~
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