近世界より
岩里 辿
第1話
『真夏』という言葉がぴったりな今日。私、傘木れいんは、いつも通り、妹のりあんと散歩をしていた。
「れいん、救急車が走ってるー」
私の兄弟、りあんがそう言って後ろを振り返る。ピーポーピーポー、と騒がしく音を鳴らしながら救急車がこちらへやってくる。
それを私とりあんは目で追いかける。
救急車が通ります、ご注意ください、と誰かの声をスピーカーで流して、他の車よりも一層速いスピードでそれは走ってきた。
「音が変わった。なんで?」
私達の横を凄いスピードで通り過ぎた救急車の音は、さっきよりも低い音を鳴らしていた。りあんは私の方を向いて、大きなくりっとした目でそう尋ねる。
「ああ、あれは」
私がそう言うと、りあんが「あれはー?」と、次の私の言葉を促してくる。
「ドップラー効果。音の周波数が変わる現象によって起きるの。私達との距離が近くなると、空気の波が押されて揺れる回数が増える。だから音が高くて大きく聞こえるんだよ。逆に小さくて低い音の時は、空気の波が遠くなって、揺れる数も小さくなる」
身振り手振りをできるだけ使いながら、五歳のりあんに分かりやすく説明する。りあんは、私の話を聞き終わって、
「りあんたちを中心にってこと?」
と言った。
「そう、聞いている人を中心に」
そう言いながら、私はりあんの手を引いて、歩道に入る。なんとなく、空を見上げると、今日はいつもよりも空が高いように感じた。
「飛行機雲だ」
りあんが、何かを発見したときに出す高い声でそう言った。隣を見ると、りあんも私と同じように空を見上げている。私は視線を空へと戻す。りあんが、空にある白い線をすーっと指でなぞる。
「なんで、飛行機から雲が出るの?」
また出た、りあんのなぜなぜ病。そう思うと、私は一人笑ってしまう。なぜなぜ病、私が勝手に命名した病名だが、りあんに相応しくてかなりいいと思っている。
「空の上の方が湿度が高いのと、温度が低いっていう条件が揃ったときに、温度が高い排気ガスが飛行機から出たら、その排気ガスに含まれてる水蒸気が、ちっちゃな水滴に変わって飛行機雲ができるの」
説明し終えてから、少し難しかったかなあ、と私は思った。りあんはあさっての方向を向いてから、
「排気ガスってなに?」
そう言った。
「排気ガスはー」
できるだけ簡単な言葉を選ぼうと思って、私は頭の中にある説明をりあん向けに改良する。
「排気ガスっていうのは、ガソリン…車が走るために必要なやつね。ガソリンとか軽油とか、そういう燃料になるものが燃えたら発生する気体のこと」
りあんの顔を伺いながら私は説明をする。人の話で「理解してる」と感じた時は頷くんだよ、と教えているので、りあんは私の話に頷いてくれる。
「それに水が入ってるんだね」
りあんは嬉しそうに言った。きっと理解できたのだろう。
「そうそう。二酸化炭素っていう、炭酸水に入ってるあのシュワシュワも入ってるけどね。主に水と二酸化炭素」
私がそう説明を付け足すと、
「あれ、二酸化炭素なんだ」
と、りあんは意外そうな顔をしていた。そうだよ、と私は言葉を肯定してから、ゆっくり歩き出す。
「れいん、だっこー」
まだ、私の歩幅で三歩くらいしか進んでいないのに、りあんは甘えた声で私に縋り付いてくる。
「暑いから嫌や」
私はそう言った。しかし、りあんは私から離れようとしない。
「あーつーいっ」
私はそう言って、道を駆け出した。後ろで、きゃはははっ、と声が聞こえる。まてー、れいん!とも。
「走った方がきっと暑いよっ!」
りあんは走りながらそう叫んでくる。仕方なしに私はゆるゆると走る速度を落として、後ろを振り返ってりあんを待つ。
「そんだけ元気に走れるのになんでだっこしなきゃなんないのよ」
私の目の前までぴょこぴょこと走って来たりあんに、私はそう言って頭を撫でる。
「あと三分頑張って歩けば家だよ」
「クーラー!扇風機!地球温暖化だっ、イェーイ」
そんなことを言いながらりあんはぴょんぴょん飛び跳ねて、私に抱きついてきた。
「地球温暖化やだよ〜だからこんな暑くなっちゃったんだ」
「節約節約っ!」
そう言ってりあんは私に親指を立てた。さっきまでクーラーだ扇風機だ言って、飛び跳ねてたくせに。私はりあんが面白くてつい笑ってしまった。
「帰ろう、りあん」
「帰ろ、れいん」
よくわからないが、りあんは私の言葉を反復する。その後は、れいん、れいんと、ずっと私の名前を繰り返し呼んできた。私は未熟な姉で、どうしても無視の仕方が分からない。
「れいんー?」
「なに?」
「好きーっ」
ずっと、それの繰り返し。
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読んでくれてありがとうございました
可愛い姉妹のお話です
( ^_^)/~~~
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