第32話 ドラゴンの倒し方
霧の中で過去の映像を見せられていた俺は、ドラゴンの一声によって現実の世界へと引き戻された。そして漸く身体が動かせるようになったと同時に口を開く。
「んんっ…………あぁ……。何かさっきまで寝てたみてぇに身体がだるいぜ」
俺は大きく伸びをして肩を回した。すると余程心配してくれていたのか、視聴者達が一斉にコメントを流し始める。
: スウェおじ生きてたんか!!
: 急に止まるからびっくりしたわ……
: 心配させんなよな……!
「心配させちまって悪かったな。だが、俺は大丈夫だぜ。ちょっとばかし過去の記憶を見せられていただけだからよ」
俺は意外にも優しい一面を見せる視聴者達に詫びを入れると、霧の中で見たものを説明した。
: てことは、さっきの霧は精神攻撃か何かか?
: 俺、過去の記憶なんて見せられたら黒歴史過ぎて病みそう……
: 尚、それは現在も継続中である
: それをくらってもなお、余裕の表情なのはスウェおじだから?w
「いやまぁ、過去なんてのはとっくに乗り越えたからよ。20年も前の事だしよ。それより――――」
俺は視聴者達のコメントに返答しつつ、未だ湖の中で悠々とこちらを見ているドラゴンに目をやった。
「テメェはいつもあんなもんを人間に見せてんのか?」
『そうだ。精神的に苦しんだ人間の味は格別でなぁ。あれを知った次の日からはこの方法で
「趣味わりぃなぁ……。しかも調理って。人間は食材じゃねぇぞ」
ドラゴンの趣向は全く理解出来ない。俺は不快感を募らせる。
『まぁ良い……。精神的に苦しまないのなら、身体的に痛め付けてやるまでのことよ』
「へっ……。そっちの方がわかりやすくて助かるぜ」
ドラゴンは翼や首を大きく動かしこちらを威嚇。対して俺は首を鳴らし余裕の笑みを浮かべていた――――が、それは見せかけであり、内心はどうやってコイツを倒すかを必死に思案していた。
――やべぇ……!
物理的に戦うのはやりやすくていいけどよォ、実際のところドラゴンってどうやって倒すんだァ……?
視聴者の反応的に、今んとこ誰も倒した事ねぇって感じだったし、愛華も唯もいねぇんじゃマジで俺に教えてくれる人が誰もいねぇ……。
: いよいよ……か(ごくり)
: どうやって倒すんだろ……?
: そもそも正攻法を知らんw
: だよなぁ。ドラゴンと遭遇したこと自体、多分今回が初めてだからな
: いや、マジで神回過ぎんだろ……
配信を観ている視聴者達にも異様な緊張が走る。そして遂に、俺の目の前にいたドラゴンが動き出す。
「…………っ!? 長ぇ……!?」
湖に浮かんでいるとばかり思っていたドラゴンの胴体は思っていた以上に長いものだった。
そして、どういう原理かわからないが水面から身体を伸ばし高さ10メートル程の位置から俺を見下ろした。
『クックック……。覚悟は決まったか?』
「……何のだよ?」
『我に食われる覚悟だ……!!』
「ンなもん、はなからねぇーよ!!」
俺がそう答えた瞬間、ドラゴンの頭は急降下。その速度は公道を走る車のソレを優に超えていた。
: は、速いっ……!
: これ、肉眼で見たらもっと速いだろ……
: 受けるか? 躱すか?
: 躱すに決まってんだろ。こんなのトラックに突っ込まれるよりえぐいぞ
「くっ……!」
視聴者のコメントにもあるように、コレに当たれば死ぬ事は確実。俺は、尋常ではない速度で突っ込んでくるドラゴンを間一髪のところで躱した――――が。
『クックック……。――――【
「…………っ!?」
ドラゴンはそう唱えると、口から白い霧を生成。現れた霧は俺の周りに円を描くように囲んだ。
: なんだなんだ?
: 一瞬で霧に囲まれちゃったぞ
: 大丈夫か、スウェおじ……!?
: ミラージュってことは鏡か?
「なるほどなァ……」
鏡――――視聴者のコメントがヒントとなり、俺は瞬時に理解した。
俺を囲む霧をぐるりと見渡せば、一面に俺の姿が
「この霧……鏡なのはわかったけどよ、なんの意味があんだ?」
俺は首を傾げる。そして、ひとまず鏡面を殴ってみる。
――――ふわっ……
「んだァ……? やっぱ霧で出来てるから割れねぇのかァ?」
刹那――――突然、霧で出来た鏡の中から八つのドラゴンの頭が現れた。
「…………っ!!」
全方位からドラゴンの頭に囲まれた俺は逃げ場を失う。
: ドラゴンが八体……!
: 詰みじゃん
: でもこれ、鏡だろ?
――そうだ、これは鏡だ。つまりこの八つのドラゴンのうち、本物は一つだけってことだよな。
だが、その本物がどれかわからねぇ……。
これだけ囲まれてんじゃ逃げようがねぇし……どうする?
クソっ……こんな時にアイツらさえいりゃあよォ……!
「チッ……忌々しい霧だぜ……。ん……? 霧……?」
俺はそんな愚痴を吐き、本物かどうかもわからない霧の中のドラゴンを睨み付けた。そしてとある
「ふぅ……。やってみるか……。一か八かだ……!」
: 顔付きが変わった……?
: 何する気だ
: 攻略法がわかったのか!?
: だとしたら、さすおじ過ぎるぜ……
そして俺は両手を大きく広げ、つま先立ちになり、そこへ全神経を注いで力を込め、そのまま身体をぐるぐると回転させた。
: 何だよそれwww
: ダセェwww
: タケ〇プターかよwww
: でも待って……。回転速度、えぐくね?
: ん、マジだ……
: 待てスウェおじ! そのまま続けたら飛ぶぞ……!?
コメント欄は沸きに沸いた。それもそのはず、【ランダムダイス】の効果で俺の回転速度は人知を超えていた。
「うぶぶぶぶぶぶぶ……はや……すぎ……」
――がぁッ……!
しっかりしろ、俺……!
ぜってぇ意識は飛ばすな……!?
頼む……これでこの濃い霧が晴れてくれれば……!
俺はとんでもない遠心力に必死に耐えながらひたすらに回り続けた。
時間にして一分も満たない。その僅かな時間で、鏡をも作り出した白い濃霧は完全に消え去り、本物のドラゴンが姿を現した。
: 出た! 本物だ!
: すげぇ! スウェおじすげぇよ!
: よくやった! もういいぞ、スウェおじ!!
: 止まれ!
視聴者達は歓喜。俺に回転を辞めるようコメントした。しかし――――
「うぶぶぶぶぶぶ……止まれ……ねぇ……!」
: なにぃぃぃぃ!!??
: ええええええ
: そりゃあこんだけの勢いで回ってたら、止めるのにもそれ相応の力がいるだろ……
: やはり幼卒……
: あっ……
: 言ってる場合か! このままじゃガチでスウェおじ、飛んで行くぞ!?www
: 笑ってんじゃねぇよwww
人智を超えた回転速度。そして遠心力。それらに必死で耐えていた俺だったが、流石にもう意識が飛びそうだった。その時――――
――――バゴォンッ……!
とんでもない音を伴い、俺の足元の地面が割れた。そして俺はそのまま"人間ドリル"さながら、地中深くへと沈んで行った。
: ええええええ
: そっちぃ!?www
: 帰ってこぉーい!www
: てか、回転するだけで地面割れるとかどんだけ……
: いや、ここ湿地帯ダンジョンだから地盤が緩いんじゃ……
『クックック……。カーッハッハッハ……! 何をしているのだ貴様!? 霧を晴らしたのは見事だったが、地に穴を掘って楽しいか? ハッハッハッ!』
ドラゴンは高笑いを浮かべ、未だ回転が止まらず地中を掘り進めていく俺を嘲笑した。
: スウェおじ、大丈夫か……?
: あの速度と遠心力だぞ……。意識なんてとっくに……
: スウェおじの伝説はここで終わってしまうのか……?
: 嫌すぎるんだが……
: (絶望)
視聴者達は絶望していた。ドラゴンは勝利を確信し高笑いを浮かべていた。そんな中、突如として水が流れる音が部屋の中に響き始める。
『…………?』
: えっ、なんの音?
: 水じゃね?
: あー、湿地帯だしな
: 今もドラゴン、湖にいるしな
: いや、でもなんかスウェおじが掘った穴に水溜まってきてね?
: マ?
突然聞こえ始めた水の音。それにドラゴンも視聴者達も困惑していた。そしてその間も俺が掘った穴には水が溜まり続け、遂には地表にまで溢れ出しドラゴンがいる湖と一体となった。
: やば……水の量凄いな……
: さすがは湿地帯ダンジョンだな
: このままいったら部屋全体が水に沈むんじゃね?
: まぁそれでもドラゴンは余裕だろうけど……
: てかスウェおじ、息してる……?
: いや、もう流石に……
視聴者達にも諦めムードが漂う中。事態は急展開を迎える。
「あばびばばばびば…………」
部屋全体に水が溢れてきても尚、俺の回転は止まっていなかった。
そしてその回転は大量の水に対し、巨大な渦を発生させた。
『…………!?』
: やべぇ……! めちゃくちゃデカい渦が!?
: さすがのドラゴンも渦に流され始めてる……!?
ドラゴンは驚愕していた。束の間、その長すぎる身体は巨大な渦に流され始め、遂には身体全体が渦に巻かれ物凄い勢いで回り始めた。
: す、すげぇ……
: これがドラゴンの倒し方か……
: いや、違うからwww
: まるで洗濯機だな
: それやめな?
: その構文は某アニメみたいだなwww
ドラゴンが渦に飲まれ目を回している現状を受け、視聴者達に活気が戻った。そして次第に渦の回転は弱まり、ようやく俺は解放され水面に仰向けで浮上した。
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