第31話 追憶


 気が付くと俺は、真っ白な霧に包まれた場所で一人、何かの映像を見せられていた。


 

「おとーさん! きょうもダンジョンいくの!?」

 

 ――何だこれ……?

 ちいせぇ時の俺……?

 てことは夢……か……?

 それともこれは、俺の記憶……?


 

「あたりめーよ! それが父さんの仕事だからなっ! あっ、そうだ! 今日は翔も一緒に来るか?」


「えっ! いいの!? いくー!」


 ――チッ……。馬鹿みてぇにはしゃぎやがって。

 行けるわけねぇだろ、テメェみたいなガキがよ……。

 てか、俺……ンな事言ってたのか。

 ダメだ……全然覚えてねーわ。

 


「――――ダメに決まってるじゃない……! 何を考えてるのよ渉さん! 翔を死なせる気なの!?」


「わーってるよ、志希。今のはほんの冗談だろ? ンな怒んなって。わりぃ、翔。母さんもああ言ってる事だし、さっきのはナシだ」


「えーー! なんでー! いいじゃん、おれもいきたいー!」


「ほら、もう……! 渉さんがダンジョンの事なんて教えるから興味持っちゃったじゃない! 私は翔にあんな危ない仕事をさせたくないの! 何度言ったらわかるの!?」


「わーったって……。ごめんて……。そんなブチギレんなよ……」


 

 ――そうだった……。

 親父はいつも俺にダンジョンの事を教えてくれたけど、その度におふくろはキレてたっけ……。

 でも、わりぃ、おふくろ……。

 俺は結局、探索者になっちまった……。



「はぁ……ほんとにもう……。――――はーい、翔ー。ご飯出来たわよー!」


「わーい! きょうのごはんはなにかなー?」


「おぉ、飯か。いつもサンキューな……って、げっ! おめェまさか……!?」


「今日のご飯はお母さん特製もやし鍋よ!」

 

 ――あぁ、そうだった。

 親父もおふくろも探索者でそこそこ稼ぎもあったはずなのに、何故か毎日質素なメシとボロアパートっつう貧乏暮らしをしてたっけか。


 

「えー! またこれぇー!?」


「文句言わないの!」


「志希、おめェ……。もやし鍋っつってもこれ、鍋にもやし入れただけじゃねぇか……。いくら節約つってもこりゃあやり過ぎだぜ……。俺達、割と稼いでんだからよ?」


「私達は探索者。いつ死んでもおかしくない職業なのよ。もしこの先、私達に何かあって翔が一人になっても生きていけるように、お金は少しでも沢山残しておきたいの」


「わーってるけどよ……」


 ――あぁ、そういう事だったのか……。

 ありがとな、おふくろ。その金、今も残ってるぜ。

 半分はパチンコにすっちまったけど……。

 でもよ、今も俺は五体満足で生きてんだ……!

 それでいいよな……?

 …………いや、よくねぇか。すまん。


 

 有り得ないほどの極貧生活。そんな中でも、親父の持ち前の明るさや、おふくろの優しさに包まれて俺は平和に、そして幸せに暮らしていた――――が、そんな平穏は俺の10歳の誕生日に突然、崩壊した。


 ◇


 目の前に映っていた映像が切り替わり、"あの日"になった。

 そして映し出されたのはいつものようにダンジョンへ行こうとする両親と、親父の足にしがみつき駄々をこねる10歳の俺だった。



「もういい加減離せ、翔! サッと行って帰ってくっから……!」


「やだやだ! 今日はおれの誕生日だろ! 一緒にパーティーするって言ったじゃんか!」


「ごめんね翔……。今日はいつもの探索じゃなくて、緊急司令。絶対に行かないといけないものなの……」


「それでもイヤ! とーさんとかーさんが帰ってくるまで、おれはこの手を離さない!」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ! お前がその手を離さなきゃ、俺達はダンジョンに行けねぇだろうが!」


「いーーーやーーーだーーー!!!」


「ううっ……。ごめんね……かけるぅ……」


「お、おい……志希、泣くなよ……。はぁ……。ったく……しゃあねぇなぁ……。――――【体力 ÷2】」


 ――親父のスキル……。

 俺のデコに指をあてて何か言ったか……?

 『体力÷2』……?

 ンだそりゃあ?


 

「わりぃな、翔……。早く帰ってくっからよ。帰ったらちゃんと、誕生日パーティーしような」


「ごめんね、翔ぅ……。愛しているわよ……。行ってくるね」


「と、とーさん……。かーさん……。行かない……で……」


 そこで映像は真っ暗になった。つまり、俺の記憶がここで途絶えたということだ。


 ――あぁ、俺寝ちまったのか。

 今思い出したけど、親父がスキルを使ったすぐ後、急に眠くなったんだよな。

 ンで……。親父とおふくろはそのまま……。



 ◇



 そして再び映像が映し出された。

 場所は変わらずボロアパートの一室。親父のスキルの効果が切れ、目が覚めたようだ。



「ん……いつの間におれ……。あっ! とーさん、かーさん!? ――――えっ、もう一時間も経ってる……。でもまだ追いかけたら間に合うかな……」


 ――何言ってんだ、こん時の俺……?

 親父達はもうダンジョンに潜ってる頃だろうよ。

 それより……こっから俺、どうしたんだっけ……。

 全然覚えてねぇな……。



「よし、追いかけよう……! そんで、直接文句言って一緒に帰る……! うし、決めた!!」


 ――馬鹿だろコイツ……って、コイツは俺か。

 つか俺、マジでこん時ダンジョンに行ったのか……?



 その後、映像に映る10歳の俺は、リュックサックにありったけのお菓子と飲み物を詰め、家を飛び出した。


 ◇

 

 そして場面は変わり渋谷ダンジョン前。10歳の俺は他の探索者に上手く紛れながら転移陣に乗り、ダンジョン内へと侵入を果たした。


 ――上手くやったもんだなぁ。

 つか、ダンジョンのセキュリティはどうなってんだ。

 10歳のガキが余裕で入れてんじゃねーか……!


 

 そんな俺のツッコミはさておき。場面はまたしても変わり、渋谷ダンジョン80階層へ。

 そこではスタンピードが発生しており、数多のモンスター達と探索者が凌ぎを削っていた。その先頭に親父とおふくろはいた。



「あっ……! とーさん! かーさん!」


 10歳の俺は親父達を発見するやいなや、真っ直ぐ彼らの元へ駆け出した。

 

 ――ば、馬鹿……!

 ンな事したら危ねぇだろ……!!


 現在の俺でもわかる程に危険な状況。そこへ何も考えず飛び出した10歳の俺は大声で親父達を呼んでいた。



「とーさん! かーさん!」


「はっ……!? 翔!? 何でおめェがここにいやがる!?」


「…………っ!? 翔!? な、な、何で!?」


 ――まぁそういう反応になるわなぁ……。

 二人ともガチでビビった顔してやがんな。


 そう思ったのも束の間。10歳の俺が夢中で走る後方にゴブリンロード二体が接近。射程圏内へ入ると手に持った棍棒を振り上げた。


 

「「翔……!!!」」


 俺の両親は俺の名を叫びゴブリンロード二体と俺の間に割って入り、俺を庇うようにロードに背を向けた。

 そして俺の顔を近くで見つめた二人は、こんな所へ勝手に来た俺を叱る事無く、笑顔で口を開いた。



「翔……強くなれよ。ぜってぇ強くなって、大事なもんを全部守るんだぞ」


「えっ……?」


「翔……。愛してる……。絶対……幸せになるのよ……?」


「…………?」


 刹那――――当時10歳だった俺の目の前で、俺の両親はゴブリンロードの棍棒により跡形もなく叩き潰された。そしてその場には、肉片や骨が一つも残らなかった。



「………………? とーさん……かーさん……? うぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ……!!!!!」


 当時の俺は叫び声を上げそのまま気絶した。その後、薄ら薄らと映像が動き、知らない人の声が次々と聞こえて来る。


 

「俺は今すぐこの子を病院へ連れて行く」


「はぁ!? ふざけんなや! 一ノ瀬さんらもおらんなって、アンタまでおらんなったらどないしてこの状況を収めんねん、三井さん!?」


「ちょっと、難波……! 今揉めてる場合!? いいから早くスタンピードを何とかするわよ!」


「わーっとるわ、白石! でもワイらだけじゃ……」


「志希さん……! 志希さぁぁぁんっ……!」


「さっきからうるさいのよ古賀! あなたも早く手伝いなさいよ!」

 

 そしてここで俺の記憶は完全に途絶えた。

 両親の死の瞬間を一部始終見ていたであろう四人の人物が誰なのかはわからない。

 だが、どうやら一番初めに話した人物がスタンピードを引き起こした原因であるようだった。


 ◇


 

 ――こんな記憶……すっかり忘れてたぜ……。

 いや、あまりのショックで記憶に蓋をしたんだろうな。思い出せねぇように固く……。

 それから俺は親戚の家に引き取られることになったなったんだっけか。

 こん時の記憶を失い、自暴自棄になった俺は学校にも行かず好き放題してたっけな……。


 

 そして映像が消え、白い霧に包まれていた俺はようやく口を開いた。


「で? 俺にこんなもんを見せてどうするつもりだ?」

 

 俺は霧の中でドラゴンに問いかけた。この霧も、俺の記憶を映し出した映像も全て、このドラゴンの仕業だと思ったからだ。するとどこからともなく、ドラゴンの声が聞こえ始めた。



『クックック……。何だ。そこまで精神は削られていないようだな』


「馬鹿にすんな。俺はもう大人だぞ? 確かにあん時は精神的に追い詰められてた。そりゃもう記憶を失う程にな」


『その記憶を思い出してもなお、何も思わなかったのか?』


「何も思わねぇつったら嘘になるけどよ。別に今俺があの四人を恨もうが、復讐しようが何にもなんねぇだろ」


『クックック……。強いのだな、貴様は』


「そうでもねぇよ。俺はどこまで行っても底辺のクソ野郎だ」


 そんな他愛もない会話を続けた後――――状況が一変する。



『ならば計画変更だ。我は精神的に参っている人間の味が好きなのだがな。まぁ良い……。貴様は我の手で葬り去ってやろう。起きよ……!』


「はぁ?」


 ドラゴンの声により、一瞬にして俺を包んでいた霧が晴れた。そして現実にいた俺の意識も覚醒した。



 

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