第30話 ミストドラゴン


 俺は開かれた扉を抜け、川越ダンジョン50階層にあるラスボスの部屋へと入った。

 部屋の中はひんやりとした空気が流れており、異常な程に白く濃い霧が辺り一面を包んでいた。



「で? ラスボスってのはどいつだ? まさかこの霧と戦えってんじゃねぇだろうなぁ!?」


 俺は霧の中に向かってそう叫んだ。そして俺の耳には配信を観ている視聴者の声が響いていた。



: ラスボス部屋に入ってもスウェおじ節は健在だなwww

: さすおじw

: あーもうこの神回いつまで続くんだよ!(歓喜)


「ったく、テメェらは他人事だと思ってよォ……。まぁ実際、他人事か――――ん……?」


 そんな独り言を呟いていると、濃霧の中に薄らと黒い影が確認出来た。それには視聴者も気付いたようですぐさまコメントが流れ始める。

 


: うーん……影だからよくわからんけど、何かデカくね?

: デカイ身体にデカイ羽? 翼? みたいなの無い?

: しかもこの濃い霧な。これもラスボスの仕業なら凄いのがいそうだな

: てかお前ら真剣に考察してるけど、誰も見た事ないモンスターの可能性だってあるんだからな?w

: 確かにwww


 視聴者達はあくまで他人事。

 霧の中にはとんでもなく強いモンスターがいるかもしれないというこの状況で、ヘラヘラと笑っているようだ。


「本当にテメェらは、ふざけた連中だ……」


 俺はボソッとそんな事を呟いた。すると霧の中にいるソレ・・は、大きな翼をはためかせ一瞬にして霧を晴らし、その正体を露わにした。



「なっ……!? おい……。マジか……?」


 俺はそれ以上の言葉が出なかった。そしてドローンカメラがそのモンスターの正体を捉えた瞬間。視聴者達のコメントは一気に沸いた。



: ドラゴンだぁぁぁぁ!!!!

: ヤバすぎる! さすがにこれはヤバすぎるって!!

: ラスボスだからな。ドラゴンくらい出るだろうさ……

: ドラゴンって神話とかゲームの中だけの話じゃないの!?

: 実際目の前にいるんだからそういうことだろ……

: さすがのスウェおじもビビってるか……?


 俺の前に姿を現したのは、白くきらびやかに光る鱗を持ち、琥珀色の目に、大きな翼を持つドラゴンだった。そしてそのドラゴンは霧が晴れたと同時に目視出来た湖の中でこちらをじっと睨み付けていた。

 

 それを見た視聴者達のコメント欄は大盛り上がり。ただそれは、俺がドラゴンを倒せるか否かの話ではなく、ドラゴンの存在が確認されたことについてだった。

 そして俺はというと――――



「この部屋、湖なんかあったのか……。てかやべぇ……ガチドラゴンじゃねぇか……。クッソかっけぇぇぇ!!!!」


 ――――初めて正真正銘のドラゴンを目にして、死ぬ程テンションが上がっていた。


 

: 草

: やっぱスウェおじはスウェおじだったwww

: ブレねぇなぁwww

: てかこのドラゴン、なんて名前なんだろ?

: 霧を発生させてるし、そういうのゲームとかでは"ミストドラゴン"って言うよな


「ミストドラゴン……!?」


 ミストドラゴンという言葉に俺のテンションは天を穿ち、思わず声が漏れた。


 

: 声でかwww

: どんだけドラゴン好きなんよw

: で? どうやって倒すん?

: そりゃあ、スウェおじだぜ?

: グーパンだろ

: ムリムリwww


 俺が初めて見るドラゴンに感動している間に、視聴者達はドラゴンの倒し方について話し始めていた。だが、俺の考えは違った。



「何言ってんだテメェら! ンなカッケェドラゴンを何で倒すんだ!?」


: は?

: は?

: はぁ!?www

: じゃあどうすんのw


「飼うに決まってんだろうが……!」


: 馬鹿だwww

: それはさすがに無理だと思うぞ……

: パチンコばっかりしてたら脳って焼き切れるん?

: かもしれんな……


 俺の発言を受け、視聴者達は困惑。その後、またしても俺をバカにするムーブが始まった。



「俺は正常だ! 初めて見たカッケェドラゴンを倒しちまうなんて勿体ねぇだろ!」


: え、スウェおじって幼卒?

: 何だよ幼卒ってwww

: 聞いた事ねぇよwww

: あかん、パワーワード過ぎるwww


「何がおかしいんだテメェら!?」


 俺は気が付くと、とんでもない威圧感を放つドラゴンを前にして、次々とコメントを送る視聴者達と夢中で話していた。

 すると――――



『貴様……。先から黙って聞いていれば、我を倒すだ、飼うだと抜かしよって……』


 突然、部屋の中に低く野太い声が響いた。



「も、もしかして……。今、喋ったのはテメェか……?」


: いやいや。それはないって

: 会話出来るモンスターなんて聞いた事ない

: 流石にアニメの見過ぎだわ

 

 俺は恐る恐る下からドラゴンの顔を覗き込み、そう問うた。視聴者達はそれを一斉に否定していたが、俺の問いに答えるようにドラゴンは口を開く。

 


『そうだ。我はドラゴンぞ? 貴様らの言語なんぞ、一度聞けばすぐに話せるわ』


「やっぱり……!!」


: キェェェェェァァア!! シャベッタァァァ……!!!

: 嘘だろ……?


 

『何だ? 貴様、我が話すと嬉しいのか?』


「当たり前だ。俺はドラゴンが好きだからな!」

 

: マタシャベッタァァァ……!!!

: 聞き間違いじゃないな……

: これはさすがに喋ってるわ……

: さすがはドラゴン。上位存在だな


 俺はドラゴンと会話が出来た事に喜びを感じていたが、視聴者達はそうではなかったようだ。機会音声でもわかるほどに、若干引き気味だった。



『ふっ。我の元へ初めて辿り着いた人間が、よもやこんなふざけた奴だとはな』


「それは褒めてんのか? へっ……。だとしたら嬉しいじゃねぇか」


: 褒めてねぇよw

: どう聞いたらそうなるん?

: ドラゴンにテンション上がりすぎて思考停止してるじゃんw



『まぁそんな事はどうでも良い。それより貴様……。ここへ何しに来た?』


 和気藹々と話せると思ったのも束の間。ミストドラゴンは猛烈な圧を放ち、俺に問い掛けた。


「あぁ、そうだったな。――――わりぃんだけどよ、愛華と唯を返してくんねぇか? あとついでに他の探索者も。テメェなんだろ? このダンジョンで探索者を攫ってんのは?」


 俺はドラゴンの問いに答えるように、この場へ来た目的を話した。すると部屋の中にドラゴンの笑い声が木霊する。



『クックック……。貴様……。我に攫った人間を返せと申すのか? 面白い奴だ』


「何も面白くねぇよ。ただ俺には……アイツらがいねぇと困んだよ。…………新人だからな」


 俺を嘲笑うドラゴンに対し、俺はうつむき加減でそう返した。そしてその言葉は俺の中にあった本心だった。


: 言うじゃん、スウェおじ

: なんか今のかっこよかったね

: 最後に新人だからって言うのもいいよな

: で、ドラゴンはどう出る……?

 


『そうか。安心しろ。今日攫った二人はまだ生かしてある。――――だが。以前の人間を返す事は出来んな』


「あ……? 何でだ?」


『クックック……。わからんのか……? 我が食ったのだ。全部な……!』

 

「…………っ!」


 川越ダンジョンが抱える問題――――探索者不足。そして囁かれる人が突然消えるという噂。

 これらは全てこのミストドラゴンの仕業であり、愛華と唯以外の探索者達は皆、無惨にも殺され、食われた後だった。

 俺は驚愕し、言葉を失った。


: まーじか……

: ドラゴンて人食うんだ……

: 狩りの仕方も霧を使ってやってたりして、人間くらい頭も良いよな

: 他の探索者には悪いけど、ここはあいきゃんと氷ちゃんが無事だった事を素直に喜ぶべきか……


 視聴者達もいつものおちゃらけた調子ではなくなり、言葉だけでも伝わる程に沈んでいる様子だった。



『どれもこれも実に美味だった。また食いたいものだ……クックック。ん……? どうした人間よ? もしや怒っているのか?』


「はぁ……? 別に怒ってねぇよ……。もう食っちまったもんはしょうがねぇ。俺がどんなけ喚き散らそうが戻ってはこねぇからな。それより……。愛華と唯は生きてんだな? だったら早く返せ。じゃねぇと次はキレんぞ……?」


 俺は人間を殺し、食うことをなんの躊躇いも無く話すドラゴンに対し恐怖と怒りを感じていた。

 しかしそれは人間も同じで、俺達も動物を当然のように食らう。ダンジョンの中では食物連鎖のてっぺんが変わるだけの話だ。弱肉強食の世界。それがダンジョンなんだ。


 気が付けば視聴者達のコメントも止み、皆が愛華と唯の無事を祈り、ドラゴンの動向をうかがっていた。



『クックック……。残念だが、それは無理だ。なぜなら今日の飯はその二人だからな』


「何……?」


『そうだ。せっかく来てくれたのだ。貴様もついでに食ってやる……クックック』


 ドラゴンは完全に俺を見下し、下卑た笑い声を響かせながら俺の要求を断った。


 

「俺の事は別にいい……。煮るなり焼くなり好きにしろ。ただ……愛華と唯だけは返してもらう。それが出来ねぇならこの話はナシだ。俺はテメェを倒して二人を取り戻す……!」


『クックック……カーハッハッハッ! やれるものならやってみろ! 下等な人間風情が……! 三人まとめて食ってやる……!!』


 俺はいつまでも余裕の笑みをこぼすドラゴンを睨み付けながら再度、二人を返すよう求めた。

 しかし、ドラゴンは高笑いを浮かべてそれを突っぱねた。


 

 ――――プチン……


「もう今ので完全にテメェをペットにする気は失せたわ……。やってやらァッ……!!!」

 

 俺の中で何かが切れ、大きく口を開いて叫び声を上げながら、スキルにより加速した超スピードでドラゴンの元へ突貫した。

 刹那――――



『クックック……。迷いもなく突貫とはな。――――【追憶の霧リフレイン・ミスト】』


 ドラゴンは静かに笑い、そう唱えると白い霧を発生させた。そしてその霧はたちまち俺の身体を包み込んだ。


「カハッ……! ――――うっ……!?」


 そして、大きく口を開けていた俺は不覚にもその霧を思い切り吸い込んでしまった。その瞬間。俺の意識は途絶えた。



: えっ……?

: どうしたんだ、スウェおじ?

: 動きが止まったぞ……?

: てか、意識あんのこれ……?


『クックック……。じっくり調理してやるからな……』


 突然立ったまま動きを止めた俺に困惑する視聴者。そしてそれを見たドラゴンは不敵な笑みを浮かべていた。

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