第27話 初配信
リザードマンを一掃し、俺の頬が赤くなってきた頃合いで唯は配信の準備を始めた。
愛華は配信機材一式を腰元のマジックバックから取り出し、俺に貸してくれた。
その後俺は自分のスマホでD-tubeのアカウントを作成し、愛華に借りたドローンを接続し宙へ飛ばした。
因みにアカウント名は"スウェットおじさん"に決まった。いや、
こっちの方が視聴者が集まるということらしい。何故かは知らないが。
そして配信の仕方をある程度教わり、全ての準備が整った事で、いよいよ俺の初配信が始まる。
◇
「よ、よォ……。これもう始まってんのか……?」
俺は恐る恐るドローンのレンズに顔を覗かせる。すると専用のイヤホンを通して視聴者の声が俺の耳に届き始める。
: よーっす
: ガチのスウェットおじさんで草
: 噂通りマジで始まったwww
: スウェットおじさん、見てるぞー
: 初回、事前告知無しで同接500超えてんの草なんだがwww
: 草
「あ? おい、愛華! コイツら何か"草"とか言ってんぞ? コイツら草なんか食うのか?」
「えー? 何言ってるのー? あいきゃんわかんないなぁー」
配信開始と同時にコメント欄から多数の"草"という言葉を聞いた俺は思わず愛華に声を掛けた。しかし愛華は一度だけ見た彼女の配信"あいきゃん"の時のようなぶりっ子をかましていた。
――コイツ……またそんなぶりっ子を……。
今は俺の配信中だろうが……?
そこまでしてキャラを崩したくないのか?
俺がそんな事を考えているのに対し、コメントは大いに湧き始める。
: 草なんて食わねーよwww
: いくらなんでもおじさん過ぎるだろwww
: え、てかあいきゃんいるの!?
: あいきゃん可愛すぎる……!
: それより今スウェットおじ、愛華って呼び捨てにしなかった?
: したね
: クソ羨ましいぞスウェットおじさんのくせに
: 死ねばいいのに
: やめろガチ恋勢 紳士たるもの感情を表に出してはならない(まじで羨ましすぎるだろ死ねカス)
愛華のぶりっ子のせいで俺への憎悪に満ちたコメントが止まらない。俺は戸惑っていた。
「え、あ……。えっと、どうすんだこれ……?」
: ガチでキョドってるやん
: やめてやれよお前らwww
: スウェットおじさん、こう見えて煽り耐性0なの草
: 荒っぽい口調と元パチプロという経歴で勝手に元ヤン認定してたが、何やら俺達と同じ匂いがするでごわすな
: それこそやめてやれwww
: そうかぁ……スウェットおじはチー牛だったかぁ
「ち、チーぎゅ……な、何だ?」
俺が依然戸惑っているとカメラの画角外から唯が腕を回していた。何かのジェスチャーのようだ。
「腕……? 回せばいいのか……?」
俺はそう言うと唯と同じように腕をグルグルと回し始めた。お察しの通り、俺の脳は思考を停止していた。
: 踊り出したんだがwww
: お前らのせいだからな!?www
: 腕の振りが甘いな。俺ならもっと上手くやれる
: 知らねーよwww
俺が突然踊り出したと勘違いした視聴者達はより一層コメントに熱が入り始める。そして未だ踊り続ける俺とぶりっ子をして中々話し始めない愛華を見兼ねて、唯が画角内に入り込み口を開いた。
「はぁ……。みんな? 愛華っちはともかくとして、翔さんは配信するの初めてなんスからあんまりいじめないであげて欲しいっス!」
: え、氷ちゃんじゃん……!
: 四天王まで連れてんのかよスウェットおじ……
: どういう関係?
: 両手に花だな
: 唯ちゃん、今日もツインテ似合ってるよ
: それな
: てかスウェットおじ、翔って名前なんだ
唯のおかげもあってか、何とか俺への辛辣なコメントの波は過ぎ去った。そしてようやく落ち着きを取り戻した俺は意を決して口を開く。
「あー。俺はスウェットおじさんだ。自分で名乗んのは何か恥ずいけど……。それより今日は川越ダンジョンを探索していくからテメェら、よーく見とけ? あと金がある奴はDマネーをよこせ」
: 完全ヒール口調だなwww
: いいぞスウェットおじー!
: 初配信でいきなりDマネー乞食で草
: てか、何で川越?
: 埼玉にパチンコ遠征してたんじゃね?
「あ? 川越のパチ屋は全然出ねぇから行かねーぞ?(※個人の感想です) 何で川越だっつう質問の答えは齋藤って奴がここに行けって言ったからだ」
: 最高幹部を呼び捨て……!!
: さすおじだなぁwww
: 最近川越は治安悪いらしいね
: そーなん?
次々と流れるコメント。俺はそれに何とか食らいつき答えていく。
「らしいなぁ。探索者が足んねーからってことで俺が駆り出されたみてぇだわ。人が集まらねぇのはギルドのせいだっつうのに、何で俺が客寄せパンダみてぇなことしなくちゃなんねぇんだよ」
俺は今更になって齋藤への不満が溢れ出して来た。それを口にするとコメント欄にも活気が溢れる。
: 媚びねぇなぁwww
: 配信で堂々とギルドの文句言う探索者とか見た事ないわwww
: これだけで神回だなwww
: コレ見てる上層部は本当に何とかした方がいいぞ
: 何とかした結果がコレなんだろ
: 川越がスウェおじのホームになりそうwww
「嫌だわ! こんな何もねぇ所、死んでもごめんだ!(※個人の感想です)」
: 草
: 言い過ぎwww
: でも何で川越ってそんなに探索者不足なの? 人口はそこそこいるよね?
: 噂では探索者が突然姿を消すらしいぞ
: んなアホな……
俺の個人的な意見を聞き賑わうコメント欄の中、突然不穏な空気が流れ始める。
「探索者が突然姿を消すだァ? ンなもんあるわけねぇだろ! なぁ? 愛華、唯!?」
コメントにあった妙な噂を聞き、俺はそれを小馬鹿にして愛華と唯に同意を求めた。すると――――
「正直、にわかには信じられないっスけど、最近行方不明の探索者が増えているのは事実っス。それが原因で探索者不足に陥っている事も……」
唯は暗い表情で俺の問いかけに答えた。噂の真偽はわからないが、行方不明者が増えているという事実はあるようだ。
そんな唯の言葉に続いて愛華も口を開く――――と思っていたのだが、彼女の声は一向に聞こえて来ない。
「おい、愛華! まさかテメェ、今の話にマジんなってビビってんじゃねーだろうな!?」
俺は愛華が噂にビビっているのだと思い、ニヤケ顔で彼女の方へ目をやった。
しかしそこには愛華の姿は無かった。
「は……? アイツ、どこ行きやがった?」
: え、あいきゃんいないの?
: あの噂ってガチなやつ?
: マ?
: 何か心做しか画面が白く見えね?
: それはお前のPCの画面が汚いだけ
: いや、ガチで白いって。なんか霧がかかってるっていうか……
コメント欄は騒然。俺はそれを受け、辺りを見渡した。すると確かに先程まで無かった霧が辺り一面に広がっていた。
「どうなってんだよ……? 霧が濃くなってやがるし、愛華もいねぇしよォ……!?」
「翔さん、落ち着いて下さいっス。でもこれが所謂、多くの探索者が行方不明になっている原因なのだとしたらヤバいっスよ……。緊急事態っス……」
俺は狼狽えていた。唯は冷静に辺りを観察しながらそう言葉を発した。
: えっ……。これマジにヤバいやつ?
: あいきゃんが霧に呑まれて消えたってこと?
: 最近俺の推しが川越に行ったきり配信してないのってまさかコレのせい?
: 何が起こってるんだ……?
コメント欄は更に騒然としていた。突然、霧が立ち込め、愛華が消えた事にひどく動揺しているようだった。
そしてそれは俺達も同じだった。
「どうすんだよ、唯!? 愛華は何処に行っちまったんだよ!?」
「わかんないっス……。でもこの霧が何か関係しているのは間違いないっスね。――――ひとまず配信を切りましょうか。そんな事、やってる場合じゃないっス」
「あ、あぁ。そうだな……」
: 確かにそれが正しい判断かもね
: ええええ。ここで終わり……!?
: 続きは気になるが、仕方ない
: うむ。甘んじて受け入れよう
俺は唯に言われた通り配信を止めるべく、コメントを拾うイヤホンを外し、愛華が消えた事にひどく動揺しながらも、スマホで配信停止ボタンをタップした。
: あーーれ? 配信が終わ――――らない?
: 一瞬切れたけどすぐ始まった……?
: 操作ミスか?
: 停止ボタン二度押ししたんじゃね?
: あー。【配信停止】→【配信開始】になったってことねw
: 事故じゃんwww
コメント欄が賑わっている事なんてつゆ知らず、俺はスマホをポケットにしまい唯に声をかけた。
「おい、唯。あのドローンはどうすんだ?」
「マジックバックは愛華っちが持ってるっスからアタシらが回収しても荷物になるだけっス。だから放置で大丈夫っスよ」
「後で回収しに来るってことか?」
「いや、追尾機能があるんで勝手についてくるっス」
「へぇ……ハイテクだなぁ。――――って、ンな事より! さっさと愛華を探しに行くぞ……!」
「そっスね。愛華っち、無事でいてくれっスよー……」
俺は未だ配信を続けているドローンを飛ばしたまま、唯と共に愛華の捜索を開始した。
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