第26話 川越ダンジョン
俺達が川越ダンジョンの二階層へと足を踏み入れると、そこには湿地帯が広がっていた。
「何だァ……!? 床がびしょびしょじゃねぇーか!?」
「ほんとだわ! それに何だか空気も渋谷より湿ってる気がするわ?」
「そりゃそうっスよ。湿地帯なんスから」
俺と愛華が初めて来る湿地帯ダンジョンに驚いていると、唯はやけに冷めた態度を見せる。その態度に内心イラッとしたのは愛華も同じだろう。そして俺達は更に下の階層へ向かう為、歩き始める。
「にしても歩きづれぇな……。そこら中、ぬかるんでやがるから足がとられてしょうがねぇ」
「それが湿地帯ダンジョンの特徴っス! 戦い辛いっスよぉ〜?」
少し歩いただけで既に靴の中まで水が沁みて来ていた。加えてぬかるんだ床は、いちいち沈んでまとわりつく為、歩く足を重くする。
俺がその不快感を口にすると唯はやけにニヤニヤとしながらそう言った。
「唯は何で少しだけ嬉しそうなのよ……? それより、ここに出るモンスターは渋谷とは違うの?」
「そりゃあそうっスよ! 環境が変われば、そこに生息するモンスターの種類も変わるっス!」
愛華はニヤける唯に緩めのツッコミを入れつつモンスターについて問うた。すると唯はハキハキと答えた。
「へぇ……そうなのか。例えばどんなのがいるんだ?」
「そーっスねぇ……。――――あっ! 例えばアレっス!」
俺は具体的なモンスターの種類を尋ねた。すると唯は少し考えてから辺りを見渡し、何かを見つけると指をさした。
俺と愛華はまんまと乗せられ唯が指し示す方へ目をやった。するとそこには全身に魚のような鱗を持ち、手足には水かきがある"二足歩行"のドラゴンが闊歩していた。
「ドラゴンだ……!! かっけぇ……。今時のドラゴンは二足歩行なんてすんのか!? やべぇ……」
俺は初めて見るドラゴンに目を輝かせて感動していた。男たるもの、人生で一度はドラゴンに憧れるものだ。
ガキの頃の筆箱や鞄なんかは全部ドラゴンの絵が書いてある物を選んでいた。あとこれは余談だが、健全な男は修学旅行のお土産で無駄に木刀を買いがちだ。
すると感動している俺を他所に、愛華はため息混じりに口を開く。
「はぁ……。おじさんってほんっと馬鹿ね……。あれはドラゴンじゃなくて"リザードマン"っていうB級指定のモンスターよ」
「ンだよ……ドラゴンじゃねぇのかよ」
目の前にいるリザードマンの説明を受け、俺は落胆した。初めて見たドラゴンへの感動を返して欲しい。
「アッハハハ! こんな浅い階層でドラゴンなんて出たら大変な事になるっスよ!」
「笑ってんじゃねーよ。――――でも確かにリザードマンなんてのは渋谷ダンジョンにはいなかったな?」
「そうね。確かリザードマンは水が多いダンジョンに生息するって昔読んだ"モンスター大全"に書いてあったわ」
俺の間違いを大いに笑う唯とリザードマンについて思案する愛華。
――モンスター大全だァ……?
誰が読むんだよ、ンなもん。
ンな物好きはダンジョン大好きっ子の愛華以外にいねぇだろ。
などと考えていると唯が嬉々とした表情で口を開いた。
「あぁ! それアタシも持ってたっスー! モンスター大全は勉強にもなるし、面白いからいいっスよね!」
――ここにもいたのか、物好きが……。
「そうよね。今では小学校の教科書にもなってるらしいわよ? 確か四年生くらいから習うんじゃなかったかしら?」
「確かに確かに! そのくらいだった気がするっス!」
「モンスター大全が教科書とは、この国も完全にダンジョンに支配されてんだな」
「そうは言うけど、おじさんも学校で習ってるはずでしょ?」
「いや、俺は10歳から学校には行ってねぇから知らん」
「あっ……。だから
「なるほどっス?」
「うっせぇわ……! ほっとけっての! あとテメェも納得してんじゃねぇ!」
俺が義務教育を受け切れていないことを告げると、愛華はわざと目を伏せて俺を小馬鹿にし、唯は首を傾げながら頷いていた。
――チッ……。しょうがねぇだろ……。
あん時は両親が死んだりと色々あったんだからよ……。
俺だって学校くらい行きたかっ……いや、ンな事ねぇか。
「まぁお喋りはこのくらいにして、そろそろモンスターを倒すっスか! リザードマンが集まって来たっスよ?」
俺が過去の事を思い返していると、唯がおもむろに口を開いた。そして辺りをよく見渡すと、あちこちからリザードマンが俺達の元へ集まり始めていた。
「B級指定がわらわらと……。俺と愛華はC級だぜ? 大丈夫なんだろうな?」
「ありゃ? 翔さんC級っスか? 私はてっきりA級スタートなのかと」
「A級スタートなんて聞いた事ないわよ。まぁC級スタートも聞いた事ないけど……」
「いや……ンなことよりリザードマンの事をだな……」
俺は自らと愛華のランクがC級である事、そして相手のリザードマンがB級指定である事を危惧した。
しかし何故か話は俺のランクについてへと脱線していった。
そして俺が話を戻そうと口を開くと、唯が漸く説明を始めた。
「まぁ何にせよ大丈夫っス。リザードマンは足に水かきがあるっスから湿地帯でも速く動く事が出来るっス」
「へぇ……それはちょっと羨ましいな」
「……そっスね。あとリーダー格の"ノーブルリザードマン"とかになると、剣とか槍を使ってくるっスね」
「俺の話を適当に流してんじゃねぇよ……」
「いや、それよりB級のリザードマンに少しは怯みなさいよ? それにノーブルはA級指定だし……」
俺と唯はリザードマンをあまり脅威に感じていなかった。そんな中、愛華だけは格上であるリザードマンやノーブルに少しだけ臆していた。
――まぁB級指定のリザードマンとかA級指定のノーブルぐれぇだったら何の問題も無いだろ。
なんたって今日は四天王の唯もいるしな。
「大丈夫だぜ、愛華。リザードマンもノーブルってやつもミノタウロスより弱ぇんだからよ。何も心配いらねぇって」
「そ、そうだけど……」
「まぁ
「あぁ……?」
俺は愛華を元気づけようと声を掛けた。愛華は未だ暗い顔をしている。その横から唯は真面目な表情で集まってきたリザードマンを見つめていた。
「残念ながらB級指定でも束になって来られたら流石に手を焼くっス。しかもここは湿地帯。一筋縄ではいかないっスよ……!」
唯はそう言うと戦闘を開始。両手を広げて天井から氷のつららを次々とリザードマンへ落としていく。
「ちょ、ちょっと……!! 戦闘開始の合図くらい出してよねっ!?」
「まったくだ……! 愛華はとにかく怪我すんなよ!」
――おぶって帰るとか死んでもごめんだからな……。
「わかってるわよ! でも……いざとなったら守ってよね……?」
「あぁ。任せろ。俺が必ず守ってやる」
――まぁガキを守るのも大人の仕事だからな。
唯が戦闘を開始してから数秒。俺と愛華がそんな話をしていると、唯がこちらに振り向き口を開いた。
「あのぉ……。お熱いところ悪いんスけど、ちょっと手伝ってもらえないっスか? 流石にこの数を一人では厳しいっス」
そして唯は突然、とてつもなく見当違いな事を言い放った。
「べ、別に熱くねぇわ!」
「…………。そうね。そろそろ私もやるわ! ――――【
俺が必死に否定したのに対し、愛華は少しの沈黙の後にスキルを行使。腰元に下げていたマジックバッグから数本の投げナイフを取り出し、リザードマンへと投げていった。
「おぉー! 愛華っちのナイフ凄いっスねぇ! 命中したリザードマンが痺れて動けなくなっちゃったっス!」
「まぁね! これでも一応探索者になって三年だからね!」
愛華が放った投げナイフは見事にリザードマンへ命中。ナイフの効果を受けたリザードマン達はたちまち身体が麻痺し、行動不能になっていく。
それを見た唯は大はしゃぎ、愛華は自慢げだった。
「ンだよ……俺だけ必死に否定して馬鹿みてぇ……。さてと、俺もいっちょ加勢すっか! ……って、ちょっと待て。今日の俺のサイコロって――――」
俺は愛華に続いて戦闘に参加しようと前を向いた――――が、今朝発現したサイコロについて思い返す。
――今日のサイコロは青いのが一つ。文字はP。
出た目は確か……2だったか。やっぱ青は駄目だな。
えっと……。てことは、俺のパワーが単純に二倍になるっつう事だから、初期値の10に2をかけて……20か……。
うん、ゴミだな!
「わりぃ、二人とも! 0時になるまで二人で何とか頑張ってくれねぇか? 流石に20は話にならねぇ」
「「はぁ……!? ふざけんな……!!」」
俺は戦闘を続ける愛華と唯に対して両手を顔の前に合わせて謝罪した。それはもう誠心誠意で。
しかし二人は顔だけをこちらへ向け、
それでも俺は微動だにせず、ひたすら戦い続ける二人を見守り続けた。その後二人は集まってきたリザードマン達をなんとか一掃した。
因みに戦闘が終わった後、俺が両の頬にビンタをくらったのは言うまでもない。
そしていよいよ、俺の初配信の時間が差し迫っていた。
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