第25話 四天王・東雲 唯
齋藤からの要求――――"ダンジョン配信を行う事"を快諾した俺は翌日、約束の時間である22時に埼玉にある川越ダンジョン前に来ていた。
「ふふっ。東京から出ただけなのになんだか旅行気分だねっ、おじさん!」
薄暗いダンジョンの前。その雰囲気にそぐわない、やたらと楽しげにしている愛華がくるっと振り返り笑いかけて来た。
「はぁ……。で……? 何でテメェがいるんだ?」
「何でって、電車に乗って一緒に来たでしょ?」
「そん時から……いや、何だったら駅にテメェがいた時点で
「何でよ!?」
俺の問いに対し語気を強める愛華。そんな彼女は俺の最寄り駅に、何故か俺より先に着いて待っていたのだ。
「何でよって、そりゃあ俺が聞いてんだよバカ。……そもそもテメェは今回の配信に参加しなくていいはずだろ?」
「そんなことないわ! じゃあ何で昨日、私もあの場に呼ばれてたのよ!?」
「知るかよンなもん……。齋藤はテメェのこと、俺の保護者だとでも思ってんじゃねーのか?」
「何で私がおじさんの保護者なのよ!? 普通、逆でじょ!?」
こうして俺と愛華がいつもの様に不毛な言い争いを繰り広げていると、そこへ一人の小柄な女性が近付いて来た。
「やぁやぁ、新人探索者諸君。本日、君達の教育を担当する――――」
「――――あれ、あなた四天王の……確か
そしてその小柄な女性は腰に両手をついて偉そうな態度で口を開いた――――が、すぐに愛華が彼女を四天王の一人である"東雲唯"だと気付き話を遮った。
「あん……? このチンチクリンが四天王だァ?」
「ゲッ……。あんた達は一昨日の……!?」
愛華に名前を言われた事で我に返った唯は、驚いた様子を見せた後、すぐさま俺達に背を向けてしまった。
「ん? どうしたんだ?」
「東雲さん? 大丈夫ですか?」
俺達が声を掛けるも、当の本人は返事もせず背を向けたままだった。どうやら何か独り言を呟いているようだ。
「えええええ……。アタシが教えるのってこの人達ッスか……!? 聞いてないっスよ……。アタシはただ新人に配信の仕方を教えるよう言われただけなのにぃ……。だいたい教えるのがこの二人ならちゃんと先に言っとけって話ッスよ……。あんっのクール気取りの齋藤めぇ……。今度会ったらガチで殴るっスからね……」
何やら込み上げてくるものがありそうな唯は、俺達にギリギリ聞こえないくらいの声量でブツブツと独り言を呟いていた。
「なぁ……おい。大丈夫か?」
いつまでも背を向けている唯に対し、俺は声を掛けた。すると唯はくるっと振り向き、驚いた様子を見せた後、取り繕った笑顔で口を開く。
「えっ……! あぁ! 大丈夫ッス! 何の問題もないっスよ!」
「そう? 何か凄く動揺していたようだけど……?」
「問題ないっス!
「それ、全部同じ意味だろ……」
愛華は先の唯の姿を見て、怪訝な表情を浮かべていた。すると唯は親指を立てて同じ意味の言葉を三連続で言い放った。俺がそれに呆れていると、唯は突然自己紹介を始めた。
「まぁそれはそうと……。アタシの名前は東雲唯って言うっス! 歳は18っスけど、一応四天王とか呼ばれてるっス。よろしくっス!」
「私は東條愛華です。歳は東雲さんと同じ18です。よろしくお願いします」
「俺は一ノ瀬翔だ。歳は29だからおじさんじゃねぇぞ――――」
「――――えぇー! 愛華っち同い歳っスか〜!? 嬉しいっスー! 全然タメ語でいいっスよー!」
唯に続いて愛華、俺の順に自己紹介をしたが、二人が同い歳だった事が起因して、完全に俺の自己紹介は流されてしまった。
「い、いやさすがにそれは……。私はC級で、東雲さんはA級の上に四天王ですし」
「いいっスよ、そんなのはー! アタシは愛華っちって呼ぶっスから、愛華っちもアタシの事を唯って呼んで欲しいっスー!」
「わ、わかったわよ……。ゆ、唯……」
「キャー! 可愛すぎるっスー!!」
何やら大盛り上がりを見せる唯は愛華とわちゃわちゃし始めた。俺はもう完全に声を失い蚊帳の外だ。愛華は困った様子で俺の方を見ているが、もう知らん。
そんな状態が暫く続いた後、唯は俺の顔を見て我に返り、配信について話し始めた。
「…………ちょっとはしゃぎすぎたっスかね。では気を取り直して配信について教えていくっスね! ……って愛華っちは既に配信をやってるっスよね?」
「私は一応やってるわ。今回教えてもらうのはおじさんの方よ」
「あぁ、なるほど! 翔おじさんの方っスね!」
「翔おじさんだァ……!? わざわざンな言いにくい呼び方しなくてもいいだろ……!」
そして、今回教わるのが愛華ではなく俺だとわかると、翔おじさんなんていう変な呼び方をして唯はこちらへ向き直った。
「じゃあまぁ、翔さんにしておくっス。で、翔さん。配信についてはどのくらいご存知で?」
「正直、全然知らねぇよ。こないだ聞いたのはDマネーってやつ。あとはコメント機能があるくらいか?」
「なるほどっス。それだけ知ってたらまぁOKっス!」
俺は唯の問いに素直に答えた。すると唯はふんふんと頷くと、笑顔で親指を立てた。俺はそんな彼女に慌ててツッコミを入れる。
「えっ、いいのかよ!?」
「まぁ正直、今の配信はドローンが勝手に撮影してくれますし、画角とかも自動で調整してくれるっスから、特別やる事とかも無いんスよ。だから配信者はコメント拾いながら適当に喋って、モンスターを倒すだけっスね」
「そんな簡単なのか? それなら俺にもやれそうだな」
唯の話を聞くに、ドローンを飛ばして配信をスタートすれば後はいつも通り探索するだけのようだ。加えて専用のイヤホンを付ければコメントを自動で読み上げてくれる機能もあるらしく、それを聞いて話せばいいという事だそうだ。
――ていうかコイツ、えらくあっさり説明終わらせたぞ?
適当過ぎねぇか?
本当にこんな奴が俺の助っ人で大丈夫なのか?
俺がそんな事を考えていると愛華が他の注意事項について話し始めた。
「まぁあと気を付ける事と言えば、配信の切り忘れくらいじゃない? 私はした事ないけど、配信を切り忘れて大変な事になってる人も過去にいたからね」
「あぁ、あったっスねー! 最近は割とすぐ炎上するっスから翔さんも気を付けた方がいいっスよー!」
「あ、あぁ。わかった。配信の
――配信の切り忘れで炎上騒ぎとかもあんのか……。
今でさえ俺はネットのおもちゃにされてんのに、これ以上の問題は流石に避けてぇな。
気を付けよ……。
その後、もう一度軽く配信の流れを唯に聞いたところで俺達は川越ダンジョンの中へと入って行った。
◇
「あ、そうそう。この川越ダンジョンっスけど、渋谷ダンジョンと同じだと思っていたら痛い目見るっスよ!」
「はい……!? 何で今なのよ!?」
「何でそれを先に言わねぇ!? もうダンジョンの中に入っちまったじゃねぇか!?」
唐突に唯はとても重要な事を口にした。しかしそれは時既に遅しといった具合で、唯は俺と愛華から総ツッコミを受ける。にも関わらず、唯はヘラヘラとした表情をしていた。
「まぁお二人……特に翔さんの実力があれば何も心配はいらないっスよー!」
「今なにげに私の事を省いたわよね!?」
唯はそう言うと軽いノリで俺達のツッコミをいなした。愛華は唯に対しての接し方に慣れてきたのか、俺への対応と同様にキャンキャンと吠え始めた。
「つってもよ、俺の実力なんて大した事ねぇぞ? まぁ四天王のテメェがいるなら大丈夫だろうけどよ?」
「じゃあまぁそういう事でいいっスよ!」
「それで? 川越は渋谷とどう違うの?」
依然ヘラヘラとしている唯に対して愛華は重要な問いを投げ掛けた。すると唯は真面目な表情へと変わり口を開く。
「世界には色んなダンジョンがあるっス。場所によって色んな特徴があるんスよ! 例えば渋谷は"洞窟ダンジョン"。そしてここ川越は"湿地帯ダンジョン"っス!」
唯はそう話しながら一つ目の階段を降りた。そして俺達も後を追うように二階層へと足を踏み入れると、そこは唯が言った特徴通りの湿地帯が広がっていた。
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